2012/6/26

原子核の新型巨大共鳴状態を発見

発表者

  • 下浦 享(東京大学大学院理学系研究科附属原子核科学研究センター 教授)
  • 酒井 英行(東京大学 名誉教授)
  • 三木 謙二郎(元 東京大学大学院理学系研究科大学院生、
    現日本学術振興会PD研究員(大阪大学核物理研究センター))
  • 上坂 友洋(独立行政法人理化学研究所仁科加速器研究センター 主任研究員)

発表のポイント

  • どのような成果を出したのか
    原子核の新しいタイプの振動状態である巨大共鳴「荷電ベクトルスピン単極共鳴」を発見した。
  • 新規性(何が新しいのか)
    不安定な原子核三重水素をビームとして用いた核反応の測定・分析手法を確立し、新型の巨大共鳴状態「荷電ベクトルスピン単極共鳴」を発見した。
  • 社会的意義/将来の展望
    原子核の性質と相互作用に関する新しい知見を得るとともに、中性子過剰な不安定原子核への適用により、中性子星により近い状況下での地上実験で実現する道を開いた。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科附属原子核科学研究センターと理化学研究所仁科加速器研究センター等の共同研究グループは、新しい巨大共鳴状態(注1)を鉛核(208Pb)とジルコニウム核(90Zr)で発見した。今回、発見した「荷電ベクトルスピン単極共鳴」という状態は、1970年代から理論的に予言された荷電ベクトルスピン巨大共鳴の一部で、原子核がスピンを持った陽子と中性子で構成されていることを反映する特徴的な状態である。この状態のエネルギーは共鳴振動を引き起こす核力(注2)の性質に特徴づけられる。また、中性子星(注3)の構造にも関連しているためその発見が待たれていたが、他の巨大共鳴と分離する手法が確立されていなかったため、実験的に確定させることができなかった。

研究グループは、理化学研究所RIビームファクトリー施設で得られる不安定な原子核である三重水素ビームを用いた新しい実験手法により、世界で初めて荷電ベクトルスピン単極共鳴の存在を確定した。実験結果は、この共鳴振動を引き起こす力が斥力(反発力)である理論計算と一致した。今回の発見とそこで用いられた手法は不安定核を含めた様々な原子核に適用することにより、高密度原子核物質の性質や中性子星構造の解明への道を開くものと期待される。

発表内容

図1

図1:荷電ベクトルスピン単極共鳴の模式図。

図2

図2:実験装置。三重水素のビームを鉛およびジルコニウムの薄膜に照射し、荷電交換反応で生成されたヘリウム3(3He)を磁気分析器SHARAQで測定、分析した。

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図3

図3:原子核の励起エネルギーの関数として、反応の起こりやすさ(散乱断面積)を表したスペクトル。上段の赤色の領域が本研究で発見した荷電スピン単極共鳴を示す。下段は2種類の相互作用を用いた理論計算との比較を示す。

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背景

自然界の物質質量の大半を担う原子核は、陽子と中性子で構成されていて、球形に近い形状を持つ雨粒のような液体様物質である。この原子核を"叩く"と様々な振動が発生する。原子核全体が振動する状態を巨大共鳴と呼ぶ。このような振動のなかで、特に核力を媒介するパイ中間子(注4)が関わる荷電ベクトルスピン巨大共鳴は、1970年代からその存在が理論的に予言され強い興味を集めてきた。その基本波はガモフテラー共鳴と呼ばれ1980年代に発見され精力的な研究が進められている。その一方、その高調波である荷電ベクトルスピン単極共鳴は、他の巨大共鳴と分離する手法が確立されていなかったため、その存在を確定させることができなかった。

研究手法と成果

今回の発見は、東京大学と理化学研究所の包括的連携研究協定(2004年締結)のもと、東京大学大学院理学系研究科附属原子核科学研究センターと理化学研究所仁科加速器研究センターが共同で建設したSHARAQ(シャラク)磁気分析装置を用いた実験によりなされた。

理化学研究所仁科加速器研究センターの重イオン加速器施設であるRIビームファクトリーで得られたエネルギー9億電子ボルト (900MeV)の三重水素ビーム(3H)を、鉛(208Pb)およびジルコニウム(90Zr) の薄膜に照射し、荷電交換反応(注5)により生じるヘリウム3核(3He)をSHARAQ磁気分析装置で精密分析した。研究グループは、様々な巨大共鳴を多重極分解法(注6)と呼ばれる手法により同定・分離し、荷電ベクトルスピン単極共鳴の発見に成功した。さらに、得られた共鳴エネルギーの分析により、この共鳴を引き起こす核力が斥力(反発力)であることを明らかにした。また、微視的な理論計算によりその結果が再現された。

なお、この研究は、主として科学研究費補助金・特別推進研究 「発熱型荷電交換反応による時間的領域でのスピン・アイソスピン応答」(研究代表者・酒井英行)により実施された。

今後の期待

得られた荷電ベクトルスピン単極共鳴のエネルギーとその拡がりから、振動を引き起こす核力の性質が明らかになり、原子核物質中でのスピン密度波の伝搬速度が得られる。それにより、中性子星内部の高密度下で、通常状態からの相転移の結果生じるパイ中間子凝縮状態の性質に関する知見が得られると期待される。

今回確立した荷電ベクトルスピン巨大共鳴を発見する手法を、中性子過剰原子核へ適用することにより、中性子星により近い状況を地上で実現する道が開ける。多量の中性子過剰核生成能力を持つRIビームファクトリーがその研究拠点となる。

発表雑誌

  • Physical Review Letters 誌 オンライン版(2012年6月29日号)に掲載予定
  • K. Miki, H. Sakai, T. Uesaka, S. Shimoura, et al.,
  • "Identification of the β+Isovector Spin Monopole Resonance via the 208Pb and 90Zr(t, 3He) Reactions at 300 MeV/u"

用語解説

注1 巨大共鳴状態
原子核内の多数の陽子と中性子が関与する集団運動状態を巨大共鳴と呼ぶ。巨大共鳴の発現は量子多体系特有の現象であり、原子核の基本的な性質を調べるために用いられる。原子核が膨張・収縮を繰り返す振動状態を「単極共鳴」と呼ぶ。陽子群と中性子群の膨張と収縮が逆の振動状態を「荷電ベクトル単極共鳴」と呼ぶ。さらに、荷電ベクトルスピン単極共鳴状態では、スピン反転が伴っている。
注2 核力
原子核内の陽子・中性子を結びつけている力。湯川秀樹は、中間子論の発明により核力の記述に世界で初めて成功し、1949年にノーベル賞を受賞した。
注3 中性子星
10キロメートル程度の半径を持つコンパクト天体だが、太陽とほぼ同規模の質量を持つ。全質量の95%程度を中性子が担っており、巨大な原子核と見なされている。その構造には謎の部分が多く、内部では通常の原子核の数倍以上の高密度となっており、ストレンジ物質やクォーク物質の発現も示唆されている。
注4 パイ中間子
核力の起源を説明するために湯川秀樹が存在を予言した粒子で、その後パウエルらによって宇宙線の中に発見された。質量は電子の300倍弱であり、中間子の中で最も軽い。
注5 荷電交換反応
ビームの電荷が変化する原子核反応。最も知られている例は、陽子ビームを照射して中性子が生成される(p,n)反応である。巨大共鳴の研究によく用いられる。
注6 多重極分解法
異なる量子数を持つ巨大共鳴が示す角度分布が異なることを利用して、巨大共鳴を分離する手法。特に単極共鳴の分離に威力を発揮することが知られている。