原子核の「歪(いびつ)な変形」の謎を解明
発表者
- 大塚 孝治(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 教授)
- 野村 昂亮(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 博士課程3年)
- 清水 則孝(東京大学大学院理学系研究科原子核科学研究センター 特任准教授)
発表のポイント
- 原子核の形には球と楕円がある。楕円の場合の多くは、断面をうまく切ると円になる「端正な変形」である。一方、どう切っても円にならない(つまり楕円になる)「歪(いびつ)な変形」のものもあるが、その発現機構は数十年来の謎であった。この謎を解明した。
- 有馬朗人とヤケロ(F. Iachello)によって提案された「相互作用するボソン模型」(注1)は、原子核の形に関する模型であり、その現象論的説明に大きな成功を収めた。しかし、原子核を構成する陽子や中性子から出発したミクロな描像との関係は部分的にしか解明されてなかった(OAI写像法(注2))。最近の東京大学での研究によって、この関係を確立させて同模型に基礎を与えた一連の成果の一つとして「歪な変形」の謎が解け、その描像が明らかになった。
発表概要
原子核の表面の変形は多数の陽子や中性子が関与する集団運動によって起こる。それは原子核物理学における最も基本的な課題の一つであり、また物の形は量子物理学全般に共通の重要な学術的意味を持つ。原子核の変形には、上に述べたように、端正な変形と歪な変形があり、図1に図解されている。原子核の「歪な」変形には、50年ほど前に提案された二つの模型があるが、どちらも実験データを説明できず、その姿は数十年来の謎であった。事情は「相互作用するボソン模型」も同じで、説明できないデータが多々あった。本研究では、歪な変形が起こるミクロなメカニズムを明らかにし、それによる「相互作用するボソン模型」の修正を示し、得られた理論結果の実験的検証を示した。本研究成果はフィジカルレビューレターズ誌に掲載される。
発表内容

図1:原子核の表面の変形。球形の原子核の扁長さが増すとアメリカン・フットボール型の回転楕円体に、扁平さが増すとみかん型の回転楕円体に変形する。これらでは、断面をうまく選ぶと円になることがあり、端正な変形と呼ぶことにする。二本の点線からのずれが「歪さ」に対応し、ずれが大きいほどより歪な形をとり、どの断面も円にならない。

図2:本研究の理論計算で得られた、オスミウム190原子核の励起エネルギーと、実験値の比較。特に下から二番目の2+励起状態から始まる2+, 3+, 4+, 5+, 6+のバンド構造に着目したときに、二体力までの旧来の計算(二体力のみ、右端)では実験データがうまく再現されず、三体力まで含んだ新しい計算(三体力を含む、中央の図)ではうまく再現される。

図3:いくつかの「歪な変形」をした原子核(陽子ペアの数と中性子ペアの数の積で区別できる)の励起エネルギーの差を示す。ボソン三体力を含んだ今回の結果はウィレット・ジャン模型で予想される値とダヴィドフ・フィリポフ模型のそれの丁度中間の値を示唆し、実験結果(黒の菱形)をうまく再現する。この性質は多くの「歪な」原子核に普遍的な性質であり、核子間に働く力のモデル(この場合は核子間力モデルAとBを用いた)によらない。
これまでの研究で分かっていた点
原子核では時間とともに表面が変形してブヨブヨと振動したり、楕円体に変形してクルクルと回転運動を起こしたりする。これらは原子核を構成する多数の核子(陽子と中性子)が参加するため集団運動と呼ばれ、個々の核子の間に働く核力の複雑さからは想像もつかない単純で美しい規則性を生じる。特に、原子核が安定的に楕円体として変形することは1950年頃に レインウォーター(J. Rainwater), ボーア(A. Bohr) 及び モッテルソン(B.R. Mottelson) が提唱し、1975年にノーベル物理学賞が授与された。このような変形の結果、南部が提唱した対称性の自発的破れ(注3)の一例として、回転運動が起こり、回転スペクトルとして多くの原子核において観測されている。このように、原子核表面変形の集団運動は学術的に非常に重要なテーマであったし、エキゾチック原子核(注4)に関する近年の研究の目覚ましい進展によっても大きな注目を集めている。
原子核の最も基本的な形は、図1に示されているように、
- 球、
- アメリカン・フットボールのような扁長な回転楕円体(プロレート変形)、
- みかんのような扁平な回転楕円体(オブレート変形)、
- そしてそのどれでもない「歪な」形
場合2と3は上で端正な変形と呼んだものであり、特に2は数の上で多数派である。
1950年代に、ダヴィドフ(A.S. Davydov)とフィリポフ(G.F. Filippov)は「歪な変形」はある決まった幾何学的な形をとるという模型(ダヴィドフ・フィリポフ模型)を提唱した。同じ頃に、ウィレット(L. Wilets)とジャン(M. Jean)は「歪な変形」とは特定の幾何学的な形状ではなく、様々な形状の重ねあわせである、という描像(ウィレット・ジャン模型)を提案した。
この研究が新しく明らかにしようとした点
「歪な変形」をする原子核の実験的に観測されるデータのほとんどは、ウィレット・ジャン模型、或いは、ダヴィドフ・フィリポフ模型のいずれを用いてもうまく記述できない。このように、原子核の「歪な変形」の理解は数十年来の課題として解決が待たれてきた。
本研究成果に至る歴史的な発展と最近の主要な成果
相互作用するボソン模型ではボソンの間の相互作用のバリエーションによって、原子核の様々な形を表すことができる。東京大学のグループは、相互作用するボソン模型が誕生した直後の1970年代後半から、そのミクロな基礎付け(陽子や中性子の多体系から導くこと)の研究を進め、OAI写像法(注2)などの成果を出した。しかし、ミクロな基礎付けの完成には至らなかった。その間に温められてきたアイデアに基づき、2008年になって、ミクロな基礎付けの新しい理論を出版し(関連論文1)、この模型を導出する包括的な方法を示した。基本的なアイデアは、原子核の形が変わることによる結合エネルギーの変化を平均場理論(密度汎関数法)の模型により計算し、それを適当に作られたボソンのコヒーレント状態(注5)に対応させることである。それにより、この模型のパラメーターがどの原子核に対しても導けるようになり、エキゾチック原子核(注4)を含む未知の原子核の構造を予言することも可能になった。2008年以降で、この模型に関する大きな進展の最初のものである。
第2の大きな進展は、2011年に出版された関連論文2である。相互作用するボソン模型は変形が大きい場合には適用できない、とボーアとモッテルソン(2人とも1975年ノーベル賞受賞者)によって批判された(1980年)。当時は激しい論争があり、発表者の大塚も加わっていたが、決着はしなかった。批判への回答が、30年という年月を経て、関係論文2でなされた。結論としては、(i) 批判の論点は正しく受け入れるべきである、(ii) それを乗り越えるように模型を導くことは、結合エネルギーを考える際に変形だけでなく回転運動への応答を考えることによって可能になる、(iii) その結果、この模型は大きく変形した場合に対しても有効である、となった。この論文では、当時本学のポスドクで現在は北京の中国科学院研究生院 物理科学学院の L. Guo 准教授も共同研究者であった。
この研究で明らかになった結果、知見
相互作用するボソン模型では2個のボソンの間の相互作用が原子核の性質を決める。一方、3個のボソンの間に同時に働く、ボソン3体力と呼ばれる力が原子核の歪な変形に重要な役割を果たし得ることは以前から知られていた。しかし、そのような力が正当化されるかどうかも、実は分かっていなかった。本研究では、ボソン3体力を陽子や中性子に働く力からミクロに導くことに成功し、その3体力の強さを計算し、その結果は実験事実を説明することまでも示した。「歪な変形」をした原子核は、従来知られてきた模型のいずれを用いてもうまく記述できなかったが、初めて明確で実験データにも合致する記述ができた。しかもこのことは普遍的なものであるということも明らかになった。
図2には、3体力をミクロな計算から求められた強さで入れることによって実験データが説明されるようになることを、オスミウム190 という原子核の例を示した。
ここから先はやや詳しい議論になる。いくつかの「歪な変形」をしている原子核(陽子ペアの数と中性子ペアの数の積で区別される)の励起エネルギー(注6)を計算し、特に重要なエネルギー同士の差を調べた結果を図3に示した。ボソン3体力まで含めた今回の結果によって、ウィレット・ジャン模型で予想される値とダヴィドフ・フィリポフ模型のそれの丁度中間の値であるという実験事実が理論計算で再現されている。一方、3体力を含まない(2体力までの)場合、この実験の傾向を説明する事ができない。さらに、「歪な変形」の原子核のこの性質は個々の核子の間に働く力(核子間力)のモデルに依らず、普遍的であるということも示された。
特記事項
2008年以降の研究の原動力である野村昂亮は、それらの業績により本学理学系研究科研究奨励賞を修士、博士の2回に渡って受賞した。
一連の研究は国際的な連携によるところも多く、主要な共同研究者は、本発表論文の共著者の一人であるD. Vretenar教授(ザグレブ大学、クロアチア)の他、M. Albers博士(アルゴンヌ国立研究所、米国)、P. H. Regan教授(サリー大学、英国)、L. M. Robledo教授(マドリード自治大学、スペイン)、R. Rodriguez-Guzman博士(ライス大学、米国)らである。
研究の波及効果
エキゾチック原子核に関するガンマ線分光実験に対して、重要な理論的予言を与える。我が国では理化学研究所のRIBF、海外では、アメリカの国立超伝導サイクロトロン研究所(NSCL)、ドイツの重イオン科学研究所(GSI)、フランスの国立大型重イオン加速器研究所(GANIL) などの大型加速器での実験にも関係する。また、原子核以外のメゾスコピック系の量子系への応用など、学際的な将来研究も期待される。
この研究は、科学研究費補助金(日本学術振興会)、基盤研究(A)23244049、特別研究員奨励費217368、クロアチア、MZOSのもとに行われた。
関連論文
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アメリカ物理学会 フィジカルレビューレターズ(Physical Review Letters)2008年、101巻、142501
タイトル:"Mean-Field Derivation of the Interacting Boson Model Hamiltonian and Exotic Nuclei"
著者:野村昂亮、清水則孝、大塚孝治 -
アメリカ物理学会 フィジカルレビューC ラピッドコミュニケーションズ(Physical Review C Rapid Communications)2011年、83巻、041302
タイトル:"Microscopic formulation of the interacting boson model for rotational nuclei"
著者:野村昂亮、大塚孝治、清水則孝、L. Guo
発表雑誌
- 雑誌名
- アメリカ物理学会 フィジカルレビューレターズ(Physical Review Letters)108巻、3月30日発行予定
- 論文タイトル
- "Robust Regularity in γ-Soft Nuclei and its Microscopic Realization"
- 共著者
- D. Vretenar(クロアチア、ザグレブ大学教授)、T. Niksic(クロアチア、ザグレブ大学助教)
- オンライン掲載予定
- 3月30日(金)午前0時(日本時間)
用語解説
- 注1 相互作用するボソン模型
- ボソンという仮想的な粒子の運動とそれらの粒子の間の相互作用によって原子核の形の運動を記述する模型である。数学的に解ける場合が、表面の振動や回転に対応するなど、見通しのよい理論になっている。1974年に有馬朗人(本学名誉教授、平成22年文化勲章での主要な業績の一つ)と、F. ヤケロ(イェール大学教授)により提案された。↑
- 注2 OAI写像
- 相互作用するボソン模型での仮想的な粒子であるボソンは、陽子のペア、或いは、中性子のペアの運動を表わしている、という理論。1978年頃の成果。OAIとは大塚(この成果を含む業績により平成3年西宮湯川記念賞)、有馬、ヤケロの頭文字である。ここで言うペアは、超伝導のBCS理論でのクーパーペアと似た意味を持つ。この対応関係(写像)により、ボソンの意味は明らかになり、原子核ごとにボソンが何個あるとするのがいいかが示された。一方、ボソン間の相互作用(力)を導くことは、その後の発展でも部分的にしか解明されず、全容解明は関連論文1,2を待つこととなった。↑
- 注3 自発的対称性の破れ
- ある対称性を持った物理系が、エネルギー的により安定な状態へと遷移することにより、元の対称性よりも低い対称性が現れる機構を、自発的対称性の破れと呼ぶ。現代物理学の根幹をなす重要な概念の一つとして知られる。今考えている場合では、原子核の変形により、球形からはよりエネルギー的に安定になり、一方、空間的には非等方的になるのが自発的対称性の破れとなる。それを回転運動により回復して、実験で見られる量子状態となる。↑
- 注4 エキゾチック原子核
- 通常の安定な原子核では陽子の数(Z)と中性子の数(N)はあまり大きくは違わない。N/Z比で最大1.5程度である。一方、それらの安定な原子核に中性子を加えていくと、短寿命で別の原子核に変わる不安定な原子核ができ、エキゾチック原子核と呼ばれる、寿命が短いので地球上で自然に存在する事はない。エキゾチックという意味は、天然にない、という事に加えて、NとZが大きく違いアンバランスがあるために、原子核の性質も安定核から 異なる事も意味する。これまでに、原子核の大きさや魔法数に違いがあることが知られている。↑
- 注5 コヒーレント状態
- ボソンという仮想的な粒子によって集団運動を表わすにあたり、各々のボソンはある共通の一つの状態をとる(凝縮する)ことがある。この時、ボソン系はコヒーレント状態になっているという。原子核が変形していると、コヒーレント状態が出来、それが回転したり、そこからの振動が起こるなどして、実際に観測される集団運動状態となる。↑
- 注6 励起エネルギー
- 原子核をエネルギーの低いある状態から、エネルギーの高い別の状態に遷移させるのに必要なエネルギーを、励起エネルギーと呼ぶ。↑