2012/3/13

姿はまるで葉のような枝「仮葉枝」の進化の過程をはじめて明らかに

— 植物における独自な器官の獲得とその形の多様化のしくみを解明 —

発表者

  • 中山 北斗(東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 日本学術振興会特別研究員)
  • (現:京都産業大学 総合生命科学部 ポスドク)
  • 山口 貴大(基礎生物学研究所 植物発生遺伝学研究部門 助教)
  • (現:東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 特任助教)
  • 塚谷 裕一(東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 教授)

発表概要

生物学において、独自の器官の獲得やその形態の多様化の過程を理解することは中心的な命題のひとつです。アスパラガス(Asparagus)属が有する葉状の器官である仮葉枝(cladode)は、発生する位置からみて枝であるはずなのに、形はまるで葉のような姿のため、古くからその起源について議論されてきました。また、この仮葉枝は属内で形が多様化しており、どのような過程を経て多様化したのかも議論の的でした。今回私たちは、形態学的、発生学的、そして分子生物学的手法を用い、この仮葉枝の起源は枝であり、本来、葉ではたらく遺伝子群が枝に流用されたことで葉状の形となったこと、さらに、その流用された遺伝子群の使い方が変わったことで、仮葉枝の形が属内で変化したということを、世界で初めて示しました。以上の成果は、植物における独自の器官の獲得と、その形態の多様化の過程の一端を明らかにするものです。

発表内容

図1

図1:アスパラガス属植物の仮葉枝の配置および形の比較。

(A) アスパラガス属植物の各器官の配置と一般的な植物における配置との比較。仮葉枝は一般的な植物において枝ができる位置に生じる。今回は一般的な体制を示す植物として、シロイヌナズナを例に挙げた。(B), (C) アスパラガス属内における仮葉枝の形の違い。(B) クサナギカズラ (A. asparagoides)の仮葉枝。まるで葉のような姿をしている。(C) 食用アスパラガス (A. officinalis)の仮葉枝。食用アスパラガスの仮葉枝は棒状となっている。Barは1 cm。

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図2

図2:今回の結果から考えられるアスパラガス属の仮葉枝の獲得および形の多様化の過程を示した模式図。

アスパラガス属植物と一般的な植物の体制を模式的に示した。アスパラガス属では、枝に葉ではたらく遺伝子群が流用されることで仮葉枝ができ、加えて、進化の過程でその遺伝子群のはたらき方が変化することで、別の種では仮葉枝の形が棒状となったと考えられる。

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植物は知られているだけでも25~30万種と言われる程に数多くの種が存在し、その形は非常に多様です。この植物の形の多様性は、主に茎と葉、そしてそれらを作る芽からなる地上部の形の多様性と言い換えることができます。この地上部の形づくりのメカニズムに関する研究分野は、植物の中でもモデル植物を中心に特に進んでいる分野です。近年、モデル生物で得られた知見をもとに、生物の形の多様性や、それに関わる進化の過程を、分子生物学的手法を用いて明らかにしようとする進化発生学(Evolutionary Developmental Biology)が盛んになり、様々な成果が報告されはじめています。今回の報告も、その一つの典型例です。

アスパラガス属の植物は葉が鱗片状に小さく退化し、その代わりに枝を生じるべき位置に仮葉枝と呼ばれる葉のような器官をつくります(図1A)。まるで葉のような形をしたこの器官は、主たる光合成器官としての役割を担っているため、仮葉枝は見た目だけでなく、その機能も葉との類似点を有していると言えます。しかしまさに葉のようでありながらも、その生じる位置から判断すると枝であるということから、この特徴的な器官については、果たして本当に枝が変形したものなのか等、古くから植物形態学者の議論の対象となってきました。しかし、その結論は出ないまま、その進化の分子生物学的背景はおろか、詳細な発生過程も明らかになっていませんでした。

また、アスパラガス属内の違いに目を向けると、仮葉枝の形は種ごとに多様化しています(図1Bおよび1C)。そのため、アスパラガス属の仮葉枝は、植物における地上部の独自な器官の獲得と、その形の多様化の過程とを明らかにできる興味深い研究対象であると言えます。

そこで私たちは、独自の器官である仮葉枝の発生、およびその多様化の過程を理解することを目的として研究を行ないました。

まず私たちは、仮葉枝の発生過程を理解するために、属内で最も系統的に基部に位置し(注1)、基本となるクサナギカズラ (A. asparagoides)の仮葉枝の発生を調べました。その結果、仮葉枝の内部構造は葉のように表と裏で異なる分化をしていることが明らかになりました。また仮葉枝は、その発達中の細胞分裂のパターンで見ると、枝の場合と異なり、葉で見られるような細胞分裂パターンを示すことがわかり、形態学的および発生学的に仮葉枝は葉との類似点が多いことが明らかとなりました。ただし、維管束における木部と師部の位置が葉とは異なることから、葉そのものとは異なる器官であることも判明しました。

さらに私たちは、仮葉枝の発生の際の遺伝子発現パターンを調べました。その結果、仮葉枝では枝が発達するときはたらく遺伝子と、葉ではたらく遺伝子の両方が発現していることが明らかになりました。興味深いことに、仮葉枝で見られた葉ではたらく遺伝子の発現パターンは、葉で見られるパターンと非常によく似ていました。以上の結果から、仮葉枝という器官の起源は、まさに枝であり、その枝に葉の性質が付加された器官であることが明らかとなりました。

以上を踏まえて私たちは、アスパラガス属内における仮葉枝の形の進化を明らかにするために、形の異なる仮葉枝をもつ食用アスパラガス(A. officinalis)についても同様の解析を行ないました。その結果、食用アスパラガスの棒状(円筒形)の仮葉枝は、葉を平らにするための遺伝子のはたらき方が変化することで、棒状になっていると推定されました(注2)

以上のアスパラガス属2種を用いた、解剖学的、発生学的、そして分子生物学的な解析から、アスパラガスの仮葉枝は、葉の発生に関わる遺伝子群が枝に流用されることで、まるで葉のように平らになったのだと考えられます。さらにそれが、属内の種分化と進化の過程で、別の種では葉を平らにする遺伝子の使われ方が変化し、棒状の仮葉枝となったと考えられます(図2)。今回の研究は、植物における独自の器官の獲得とその多様化の過程を明らかにした極めて稀な例です。今後は、葉ではたらく遺伝子の仮葉枝における寄与をより詳細に明らかにすること、また葉ではたらく遺伝子群のうち、どれが仮葉枝の形づくりの鍵だったのか、などを明らかにすることが課題です。

近年の技術革新により、モデル生物以外の生きものについても、遺伝子レベルで詳細な研究が行なえる環境が整いつつあります。自然界を見渡すと、食虫植物の補虫葉や多肉植物の多肉葉など、多くの不思議なかたちが溢れています。今後は、今回の私たちの研究のように、そのような多様な形がどのような進化の過程を経て、いかなるメカニズムでその形に至ったのかを明らかにし、それらには何らかの共通の基本原理があるのかどうかといった点についても知見が得られることが期待されます。

本研究は、文部科学省科学研究費補助金(特定領域研究「植物メリステム」など)および日本学術振興会の研究助成を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
プラント セル (THE PLANT CELL)
タイトル
Acquisition and Diversification of Cladodes: Leaf-like Organs in the Genus Asparagus.
著者名
Hokuto Nakayama, Takahiro Yamaguchi, and Hirokazu Tsukaya
オンライン掲載日
3月13日にオンライン掲載されました

用語解説

注1
以前は系統樹上で分岐が古いものを「原始的」と言うこともあったが、現在は「基部 (basal)」という用語が広く使われる。例として、基部被子植物群など。
注2
複数のモデル植物を用いた解析の結果、一般的な植物において葉が平らになるためには、葉の表と裏が分化することが必要であり、その境界面が伸展することで葉が平面となることが示されている。つまり、平面であるから表と裏ができるのではなく、表と裏の区別ができてはじめて葉は平面となり得る。そのため、葉の表側あるいは裏側の分化に関わる遺伝子の発現が乱れる(あるいは無くなる)変異体などでは、表裏の境界面ができないために葉が平面とならず、円筒形(棒状)になることが知られている。私たちの研究で調べた食用アスパラガスの仮葉枝は、葉の裏側の分化を促進する遺伝子が仮葉枝の中で優勢になっていた(つまり仮葉枝全てが裏側になっていた)。そのため、仮葉枝の表裏の境界面ができずに棒状となったと推察される。