はじめて分子同定された植物細胞内感染性リケッチア
発表者
- 川舩 かおる(東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 博士課程1年)
- 野崎 久義(東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 准教授)
発表概要
生物の細胞内に別の生物が共存すること(細胞内共生)によりミトコンドリアが生まれ、動植物の真核細胞が誕生したが、その詳細は謎に包まれている。今回私たちは、1970年以来未解明であった緑藻類ボルボックス目の細胞内に共生するバクテリアの分子同定に成功し、世界で初めて植物細胞内に感染するリケッチア科のバクテリア "MIDORIKO"を発見した。リケッチア科のバクテリアは通常昆虫やダニ等の細胞内に存在しており、ヒトに感染すると危険な病原菌を含む。しかし、"MIDORIKO"は植物細胞に感染し、宿主に危害を与えることなく増殖していた。リケッチア科はミトコンドリアの祖先に近縁と考えられており、宿主の植物細胞とそんなに悪くない「まずまずの関係」で生育する"MIDORIKO"の発見は、今後の医学及びミトコンドリアの初期進化過程の研究に大いに役立つと期待される。
発表内容

図2:緑藻カルテリアとプレオドリナの細胞内共生バクテリアのリボソームRNA遺伝子を用いた分子系統解析の結果。植物の細胞内共生バクテリア"MIDORIKO"がリケッチア科に属することが示された。本研究の成果に基づく。

図3:(A)単細胞の緑藻カルテリアとその細胞内共生リケッチア科バクテリア "MIDORIKO"の模式図。(B) "MIDORIKO" (e, 矢印)が感染した緑藻カルテリアの透過型電子顕微鏡写真。文献5から転用。(C)カルテリアの明視野光学顕微鏡写真。通常の観察では共生バクテリア "MIDORIKO"を見ることはできない。4本の鞭毛は見えていない。(D) Cの蛍光顕微鏡写真。DNAを染色する蛍光試薬(DAPI)を用いたもので、"MIDORIKO"のDNA(白い三角)が見られる。葉緑体は自家蛍光で赤色を呈する。(E, F) "MIDORIKO"のリボソームRNAに特異的に結合して光るDNA断片を用いた蛍光染色(FISH;注5)。DAPI染色による"MIDORIKO"のDNA(Eの白い三角)のみが、FISHで特異的に光っているのがわかり(Fの白い三角)、植物細胞内でのリケッチア(図2)の存在が初めて確証された。"n" はカルテリアの細胞核。本研究の成果に基づく。

図4:単細胞の緑藻カルテリアの大きさ(細胞サイズ)と、その細胞内に存在するリケッチア科バクテリア"MIDORIKO"の数を比較したグラフ。カルテリアの全ての細胞に"MIDORIKO"の存在が見られ、その数はカルテリアの細胞が大きくなるにつれて増加する傾向が見られる。本研究の成果に基づく。
1. これまでの研究でわかっていた点
ヒトをはじめとする動植物の真核細胞の中には、ミトコンドリアという酸素呼吸をする細胞内器官がある。ミトコンドリアは、約20億年前にリケッチアに類似したバクテリア(真正細菌)が細胞内に共生したものに由来すると考えられており、真核細胞のミトコンドリアのDNAを調べると現生のリケッチアに近縁であることがわかる。一般に、ある生物の細胞内に別の細胞が長い間共存している状態を「細胞内共生」という。細胞内共生の代表的な例として、ダイス等のマメ科植物の根の細胞内に共生するバクテリア「根粒菌」があるが、根粒菌は植物に根粒という住みかを提供してもらう代わりに、宿主植物に根粒菌によって固定された空中の窒素を栄養源として利用できるという新しい機能を獲得する。このように、細胞内共生によって複数の生物が関わり合うことは、新しい機能の獲得による高次生命体への進化の大きな原動力となる。ミトコンドリアの他に、植物細胞の「葉緑体」も昔は別のバクテリア(シアノバクテリア)であり、細胞内共生によって細胞内器官(葉緑体)へと進化したと考えられている(図1)。
バクテリアの細胞内共生は真核細胞の起源と進化を解明する上で非常に重要な現象であるが、植物を用いたもので研究が進んでいるのは根粒菌とマメ科植物のような一部のものに限られていた。一方、緑藻類のボルボックス目(注1)には、細胞内にバクテリアが共生しているものの存在が40年以上前からボルボックスの電子顕微鏡による観察で知られていて(文献1)、この共生バクテリアのDNAをCsCl 濃度勾配超遠心法で分画する研究があり(文献 2)、ボルボックス以外の複数のボルボックス目で形態観察の報告はあったが(文献3-5)、共生バクテリアの種類や性質については不明のままであった。
2. 研究が新しく明らかにしようとした点とそのために新しく開発した方法
バクテリアの分類同定には、リボゾームRNA遺伝子配列を用いた分子同定(注2)が一般的に用いられるが、緑藻のような植物では葉緑体DNAにバクテリアとよく似たリボゾームRNA遺伝子が存在し、その量も多いため、沢山の葉緑体の遺伝子の中から未知のバクテリアの遺伝子を選り分けて解析を行うことは困難である。今回私たちは緑藻ボルボックス目の仲間のうち、単細胞で4本の鞭毛を持つカルテリア(文献5)の葉緑体のリボゾームRNA遺伝子に転移性のグループIイントロン(注3)が介在することを発見し、このイントロンの有無を利用してボルボックス目で初めて細胞内共生バクテリアの分子同定を行うことができた。過去によく似た細胞内共生バクテリアが発見されていた、群体性の緑藻プレオドリナにおいても(文献3)、この結果を用いることでバクテリアの分子同定に成功した。
3. この研究で得られた結果、知見
バクテリアのリボゾームRNA遺伝子を用いた分子系統樹の構築による分子同定を実施した結果、カルテリアとプレオドリナ、2種類の緑藻の細胞内共生バクテリアはリケッチア科(注4)に所属することが明らかとなった(図2)。リケッチア科に含まれるバクテリアは、ほとんどの種類が昆虫やダニ等の節足動物の細胞内に共生することが知られているが、今回私たちが発見したリケッチア科のバクテリア "MIDORIKO"は、節足動物ではなく植物細胞内に存在するという点でユニークである。"MIDORIKO"の植物細胞内での存在を確証するために、"MIDORIKO"のリボゾームRNAだけに特異的に結合するDNA断片を用いた蛍光染色(FISH;(注5))を行ったところ、緑藻細胞内のバクテリアだけが染色され、"MIDORIKO"に特徴的な桿菌状の形状が観察できた(図3)。リケッチア科と植物の共生関係は以前から疑われていたが直接の証拠は無く(文献6)、植物細胞の中にリケッチア科のバクテリアが感染していることを明らかにしたのは本研究が世界で初めてである。
2種類の緑藻、単細胞のカルテリアと群体性のプレオドリナは系統的に比較的離れているが、それぞれの細胞に共生している"MIDORIKO"同士は極めて近縁である。従って、これらの緑藻がリケッチア科バクテリアに感染して共生が始まったのは、進化的に見ると比較的最近であると考えられる。また、単細胞であるカルテリア宿主細胞の増殖を調べたところ、"MIDORIKO"を持っている株も正常に成長することがわかった。共生している"MIDORIKO"は観察した全てのカルテリア細胞内に存在が認められたことから、宿主のカルテリアが細胞分裂で増殖するとき、次世代に"MIDORIKO"がもれなく受け継がれるものと考えられる(図4)。以上の結果から、宿主の緑藻と共生する"MIDORIKO"はそんなに悪くない「まずまずの関係」であると言えそうである。
4. 研究の波及効果、今後の課題
リケッチア科に含まれるバクテリアの中には、ツツガムシ病を引き起こすオリエンチア・ツツガムシ(学名Orientia tsutsugamushi)や、日本紅斑熱の原因であるリケッチア・ジャポニカ(学名Rickettsia japonica)といった危険な病原菌もある。培養が非常に容易な緑藻類、特に単細胞であるカルテリアからリケッチア科のバクテリア"MIDORIKO"が発見されたことにより、リケッチア科のバクテリアによる感染と宿主細胞内での増殖のメカニズムの研究が進展することが期待される。
一方、リケッチア科のバクテリアは、ミトコンドリアの起源となったバクテリアに近縁であると考えられている。今回のリケッチア "MIDORIKO"は宿主の緑藻細胞に悪影響を及ぼさないことが判明したが、"MIDORIKO"の存在による宿主細胞への明確な影響は本研究では明らかにできなかったので、今後は"MIDORIKO"の宿主に対する具体的なメリットやデメリットを解析することが課題となる。「ミトコンドリア」は太古の昔にリケッチアに類似したバクテリアが宿主細胞に悪影響を及ぼすことなく共生した結果であることは間違いないので、今回の宿主の植物細胞と「まずまずの関係」を持つリケッチア"MIDORIKO"はミトコンドリアの共生進化の最初を知る重要な手がかりになることが予想される。
本研究は、東京大学大学院理学系研究科と東京工業大学、京都大学の共同研究で行われた。また、文部科学省の科学研究費補助金(基盤研究A、課題番号20247032、代表者 野崎久義;新学術領域研究「動植物アロ認証」、課題番号22112505、代表者 野崎久義)の支援を受けた。
参照文献
- Kochert G, Olson LW (1970) Endosymbiotic bacteria in Volvox carteri. Trans Am Microsc Soc 89: 475-478.
- Lee WSB, Kochert G (1976) Bacterial endosymbionts in Volvox carteri (Chlorophyceae). J. Phycol. 12: 194-197.
- Nozaki H, Kuroiwa H, Mita T, Kuroiwa T (1989) Pleodorina japonica sp. nov. (Volvocales, Chlorophyta) with bacteria-like endosymbionts. Phycologia 28: 252-267.
- Nozaki H, Kuroiwa T (1992) Ultrastructure of the extracellular matrix and taxonomy of Eudorina, Pleodorina and Yamagishiella gen. nov. (Volvocaceae, Chlorophyta). Phycologia 31: 529-541.
- . Nozaki H, Aizawa K, Watanabe MM (1994) A taxonomic study of four species of Carteria (Volvocales, Chlorophyta) with cruciate anterior papillae, based on cultured material. Phycologia 33: 239-247.
- Davis MJ, Ying Z, Brunner BR, Pantoja A, Ferwerda FH (1998) Rickettsial relative associated with papaya bunchy top disease. Curr Microbiol 36: 80-84.
発表雑誌
- 雑誌名:
- PLoS ONE(オンライン掲載日:2012年2月21日午後5時アメリカ東部時間(EST)(日本時間2月22日午前7時))
- タイトル:
- Molecular Identification of Rickettsial Endosymbionts in the Non-phagotrophic Volvocalean Green Algae
- 著者名:
-
川舩かおる(東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 博士課程1年)
本郷裕一(東京工業大学 大学院生命理工学研究科 生体システム専攻 准教授)
浜地貴志(京都大学 大学院理学研究科 生物科学専攻 日本学術振興会特別研究員)
野崎久義(東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 准教授)
Kaoru Kawafune , Yuichi Hongoh , Takashi Hamaji and Hisayoshi Nozaki
用語解説
- 注1 ボルボックス目
- 緑色の葉緑体を持ち水中に生息する緑藻のうち、ボルボックス目には鞭毛を持ち遊泳する種が主に含まれる。現在ボルボックス目には、クラミドモナスに代表される単細胞の生物や、ボルボックス、プレオドリナ、ゴニウムなどの群体性の生物が属しており、進化の一例として高校の教科書にも掲載されている。このうち、細胞内にバクテリアを持つものは1970年のボルボックスにおける発見を皮切りに、現在4種が報告されている(文献1〜5)。↑
- 注2 分子同定
- 生物の分類的位置や系統をDNA配列を用いて、既存の種のものと比較して推定すること。DNA配列としては、幅広い生物群で調べられているリボゾームRNA遺伝子を用いることが多い。比較としては、DNAデータバンクを用いた検索、系統樹作成がある。↑
- 注3 イントロン
- 遺伝子配列中に介在する、遺伝情報を持たない部位。遺伝子配列が実際に使用される際には除去される。転移性のイントロンも時々存在し、RNAそのものが酵素活性をもち、DNAから転写されたRNAが自分を伝令RNAから除去する。今回のグループIイントロンやグループIIイントロンが代表的な転移性イントロンである。↑
- 注4 リケッチア科
- アルファプロテオバクテリア綱・リケッチア目に属するバクテリアの1グループ。このグループのバクテリアは全て生きた生物の細胞外では増殖できないとされている。リケッチア科には、ツツガムシ病病原体オリエンチア・ツツガムシ(Orientia tsutsugamushi)や日本紅斑熱病原体リケッチア・ジャポニカ(Rickettsia japonica)等の病原性リケッチアも含まれる。多くは昆虫、ダニといった節足動物の細胞内に共生しており、そのうち病原性リケッチアはダニやノミの吸血によって人に感染する。真核細胞に普遍的な細胞内器官であるミトコンドリアは、リケッチア科に近縁なバクテリアの細胞内共生が起源であると考えられている(図1)。↑
- 注5 FISH
- 蛍光in situハイブリダイゼーションの略称。目的とするDNAまたはRNA配列と相補的なDNA断片を蛍光標識し、目的配列と結合(ハイブリダイゼーション)させた後蛍光顕微鏡で検出する技術を指す。目的の配列や、その配列を持つ生物のみを光学顕微鏡下で特異的に検出することができる。↑