2012/1/31

植物の未分化細胞と器官原基とのコミュニケーションに関わる遺伝子を発見

— 継ぎ目のない籾(シームレスモミ)を生じるイネ変異体からの研究成果 —

発表者

  • 平野 博之(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 教授)
  • 田中 若奈(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 博士課程)

発表概要

植物には、メリステム(注1)とよばれる未分化細胞からなるドーム状構造体の中に「幹細胞」が存在し、植物の一生を通して維持されている。幹細胞は自己増殖により自分自身を維持するとともに、葉や花器官など(側生器官(注2))を作るための細胞を供給している。このメリステムと側生器官の原基(注3)との間には、情報のやりとり(対話)があると考えられており、これまでは、メリステムから側生器官への情報伝達が注目されていた。今回、私たちは、側生器官からメリステムへの情報伝達に関わる遺伝子を発見した。

発表内容

図1

図1:イネの花。tob1 変異体では、頴に全く継ぎ目がない(シームレス)。

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図2

図2:イネの花の発生初期の走査電子顕微鏡像。野生型ではドーム状の正常なメリステムが見られるが、tob1変異体ではメリステムが縮小している。

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植物の茎などの先端にはメリステムという未分化細胞からなる構造があり、植物の発生・形態形成はこのメリステムの機能に依存しています。メリステムの頂端部には「幹細胞」が存在し、メリステムの脇腹領域へ細胞を供給し、葉や花器官などの側生器官はこの細胞が分化することによって、発生・成長します(図1)。

側生器官の原基は分化し始めたあとも、メリステムからの情報によりその発生が制御されています。例えば、幹細胞と葉の原基との間を切断すると、葉は表側の性質を失い、裏側だけからなる棒状の器官になります。すなわち、メリステムから葉の原基へと表側の性質を決定しているシグナルが出ているわけです。この研究は20世紀の半ば頃に行われたものですが、最近になって、この情報伝達に関わる遺伝子もいくつか見いだされてきました。しかし、このシグナルの実体やそのシグナルのやりとりに関わるメカニズムは全く不明であり、未開拓の分野です。

今回、私たちは、分化しつつある器官原基からメリステムへの情報伝達があることを明らかにするとともに、それを制御している遺伝子を発見しました。この発見は、イネのtongari-boushi1(tob1)という突然変異体を手がかりとした研究が発展してきたものです。tob1 変異体ではイネの花にいろいろな異常が現れます。例えば、外穎や内頴(注4)は円錐状の器官になり、端が全くありません。この円錐状の器官があたかも「とんがり帽子」のような形状をしていることが、この変異体の名前の由来です。外穎や内頴は、イネが稔るとモミ(籾)になる部分です。したがって、tob1変異体では、継ぎ目が全くないシームレスモミが生じます。また、tob1変異体では、本来、1つしかできない花が2つ形成される場合もありました。さらに、詳細な形態観察や分子レベルの解析から、tob1変異体では、発生途中でメリステムが縮小・消失したり、その形態が異常となっていることが判明しました。したがって、TOB1遺伝子はメリステムの構造と機能を正常に維持するために働いていること考えられます。

この変異の原因遺伝子を単離した結果、TOB1遺伝子はYABBY遺伝子として知られている転写因子をつくる遺伝情報を持っていることが判明しました。またTOB1遺伝子は、外穎・内頴を含めて側生器官で発現していました。ところが、メリステムではその発現は全く検出されませんでした。突然変異体ではメリステムが異常となりますので、TOB1遺伝子は、発現していないところに影響を与えていることになります。したがって、この結果から、TOB1が発現している側生器官から、メリステムを正常に機能させるためのシグナルが発信されていることが強く示唆されます。すなわち、TOB1遺伝子は側生器官とメリステムの間のコミュニケーションに関わっていると考えられます。

これまでは、メリステムから側生器官への情報伝達に関わる遺伝子はいくつか報告されていますが、逆方向の情報伝達に関わる遺伝子に関してはごくわずかしか知られておらず、TOB1が2例目の遺伝子です。

今後、TOB1遺伝子の作用でどのようなシグナルが生じ、どのようにメリステムに伝わって、そこでどのように作用するのか?また、その作用に関わる遺伝子はどのようなものか?...など、解決すべき課題はたくさんありますが、メリステムと側生器官とのコミュニケーションのメカニズムの解明は、植物の発生・形づくりの理解に非常に重要であると考えられます。

(本研究は、文部科学省科学研究費補助金(特定領域研究「植物メリステム」)などの研究助成を受けて行われた。また本研究の一部は、独立行政法人産業総合技術研究所の高木優博士・光田展隆博士および農業生物資源研究所の市川裕章博士・間山-槌田智子博士との共同研究であり、この共同研究に関する部分は農林水産省「新農業展開ゲノムプロジェクト」からの委託を受けて実施した。)

発表雑誌

雑誌名:
プラント・セル (Plant Cell)
タイトル:
The YABBY gene TONGARI-BOUSHI1 is involved in lateral organ development and maintenance of meristem organization in the rice spikelet.
著者名:
Tanaka, W., Toriba, T., Ohmori, Y., Yoshida, A., Kawai, A., Mayama-Tsuchida, T., Ichikawa, H., Mitsuda, N., Ohme-Takagi, M., and Hirano, H.-Y. (2012).
オンライン掲載日:
1月28日(日本時間)

用語解説

注1 メリステム
未分化細胞からなるドーム上の構造で、茎や花序の先端に存在する。頂端部に幹細胞があり、幹細胞は自分自身を維持するとともに、ドームの腹側に細胞を供給する。この細胞から、葉や花器官などの側生器官が分化・発生する。
注2 側生器官
葉や花器官(おしべやめしべ)など、メリステムから形成される器官の総称。
注3 原基
将来ある器官になる予定ではあるが、まだ、形態的・機能的に未分化な部分。
注4 外穎、内頴
おしべやめしべなどの花器官を取り囲んで、保護している花の器官。稔った種子では、モミ(籾)に相当する。