2012/1/18

隕石の年代測定から液体の水が存在した小惑星の形成時期を決定

— 太陽系に水はいつから存在したか —

発表者

  • 藤谷 渉(東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 博士課程学生)
  • 杉浦 直治(東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 教授)

発表概要

新たに開発した分析技術を用いて、炭素質コンドライト(注1)という始原的な隕石に含まれる炭酸塩の正確な年代決定に世界で初めて成功した。分析した隕石にはかつて液体の水が存在した証拠があり、隕石の故郷である水を含んだ小惑星は太陽系誕生から約350万年後に形成したことが明らかになった。

発表内容

図1

図1:電子顕微鏡写真。中央のやや暗い色の鉱物が炭酸塩。視野は0.2 × 0.2ミリメートル。

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図2

図2:本研究で得られた炭酸塩の年代およびこれまでの研究との比較。これまでの研究では太陽系の年齢と矛盾する炭酸塩の年代(点線の丸)が得られていたが、本研究でその矛盾は解決した。本研究で分析した隕石に含まれる炭酸塩の年代は45億6340万年付近に集中している。

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背景

太陽系には小惑星(注2)と呼ばれる天体が無数に存在する。小惑星イトカワから微粒子を採取して帰還した「はやぶさ(注3)」の活躍はいまだ記憶に新しいところであろう。「はやぶさ」によって、地球に飛来する多くの隕石は小惑星が起源であることが明らかになった。炭素質コンドライトという一部の始原的な隕石は水や有機物といった揮発性の物質を含んでいる。小惑星内の水や有機物は地球の海や生命の材料になった可能性があるため、水を含む小惑星の形成と進化過程の解明は生命誕生の理解に不可欠である。

これまでの研究と問題点

炭素質コンドライトに含まれる炭酸塩鉱物(注4)(図1)は、小惑星内に水が存在する状況下で形成したと考えられており、放射性の元素である質量数53のマンガン(53Mn)を用いた年代測定が適用できる。マンガン-53は半減期370万年でクロム-53(53Cr)に崩壊するため 、炭酸塩にはマンガン-53起源のクロム-53が過剰に存在し、クロムの同位体比(53Cr/52Cr)が大きくなる。また、その過剰量はクロムに対するマンガンの量が多いほど(Mn/Cr比が大きいほど)大きくなる。 この関係を利用して、これまでに二次イオン質量分析計(注5)という分析装置を用いて炭酸塩鉱物の年代測定が行われてきた。

しかし、Mn/Cr比を決定するところが、この分析の最大の難関である。分析では、あらかじめMn/Cr比がわかっている試料(標準試料)を用いて未知試料(隕石)の分析値を較正する必要があるが、クロムを十分量含んだ炭酸塩が天然には産出しないためである。そのため、これまでの研究では分析値に大きな不確定性があり、中には太陽系の年齢(約45億6820万年)よりも古い年代値も存在する(図 2)。

本研究の独創的な点

そこで我々は、実験室内でマンガン、クロムの濃度が既知の炭酸塩を合成し、それを標準試料として用いる新しい分析技術を開発した。さらにその技術を用い、4種類のCMコンドライトという炭素質コンドライトに含まれる炭酸塩の形成年代を、東京大学大気海洋研究所に設置されている最先端の二次イオン質量分析計・ナノシムス(NanoSIMS)で分析した。

結果とその意義、今後の展望

その結果、CMコンドライトの炭酸塩の年代は、現在より約45億6340万年前に集中することを明らかにした(図 2)。これは、太陽系が誕生してから480万年後に相当し、これまでの研究で得られていた年代と比べて若い年代となっている。すなわち、太陽系の年齢よりも古くなるという上記の矛盾は解決され、太陽系初期において液体の水はこれまで考えられてきたよりも後に存在したということを意味している。さらに我々は、炭酸塩の年代に基づいて小惑星の温度変化を数値計算し、小惑星は太陽系誕生後350万年後に形成したことを世界で初めて明らかにした。

本研究の成果により、矛盾のない太陽系初期の年代学を築き、初めて水を含む小惑星の形成・進化に関する正しい時間的な描像を得ることができた。今後は様々な隕石に対して年代測定を行い、小惑星の形成期間が明らかになってくれば、惑星形成の理論に対して重要な制約となるであろう。また、「はやぶさ2(注3)」など将来の探査計画によって小惑星から水や有機物を含んだ汚染の少ない試料を持ち帰ることができれば、年代の情報と併せて、生命の起源と進化について重要な知見が得られるかもしれない。

発表雑誌

Nature Publishing Group
Nature Communications
"Evidence for the late formation of hydrous asteroids from young meteoritic carbonates"

W. Fujiya, N. Sugiura, H. Hotta, K. Ichimura and Y. Sano

オンライン掲載日:2012年1月17日

用語解説

注1 コンドライト
コンドリュールという球粒状組織を含み、太陽系最初期の状態を保存していると考えられている始原的な隕石。岩石が溶融する温度に達していない。化学組成から炭素質コンドライトや普通コンドライトなどに分類される。
注2 小惑星
惑星を作った材料のうち、惑星ほど大きく成長できなかった天体。ほとんどは火星軌道と木星軌道の間に存在する。
注3 はやぶさ、はやぶさ2
小惑星試料の採取(サンプルリターン)を主目標にした探査機。はやぶさは普通コンドライトに類似した組成の小惑星(S型)が、はやぶさ2では炭素質コンドライトに類似した組成の小惑星(C型)がターゲットとなっている。
注4 炭酸塩
炭酸イオン(CO32−)を含む化合物。本研究では方解石(CaCO3)や苦灰石(CaMg(CO3)2)を分析した。
注5 二次イオン質量分析計
試料表面に細く絞ったイオン(一次イオン)のビームを照射し、その衝撃で試料から飛び出してくるイオン(二次イオン)を分析する装置。ナノシムスはその名の通り、一次イオンを細く絞り、極めて微小な領域(1000分の1ミリメートル以下)を分析するのに特化した装置である。