2012/1/17

植物の免疫メカニズムを担う膜交通分子の発見

~トランスゴルジ綱の生理機能の解明~

発表者

  • 植村 知博(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 助教)
  • 上田 貴志(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 准教授)
  • 中野 明彦(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 教授/
    独立行政法人理化学研究所 基幹研究所 主任研究員)

発表概要

真核細胞に存在するトランスゴルジ網(trans-Golgi Network, TGN)という細胞小器官は、タンパク質の細胞内輸送の分岐点として重要な役割を果たしている。本研究では、植物(シロイヌナズナ)を材料にして、トランスゴルジ網に局在するSYP4という輸送制御分子の機能を解析し、SYP4が分泌経路と液胞輸送経路の双方を制御し、病原菌に対する抵抗性に関与していることを発見した。この発見により、植物の耐病性を向上させる開発技術への応用が期待される。

発表内容

図1

図1:トランスゴルジ網が制御する膜交通経路の模式図。真核生物の細胞内にはさまざまな種類の細胞小器官し、膜交通よって結ばれている。ゴルジ体、液胞などは一重の膜で形成される細胞小器官であり、膜小胞や細管を介して相互に内容物をやりとりしている。ゴルジ体に隣接する網目状の構造体は、トランスゴルジ網と呼ばれる細胞小器官である。植物細胞には、動物細胞には存在しない二重の膜で囲まれた葉緑体が存在している。

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図2

図2:Aシロイヌナズナの野生型ではほとんど生育できないうどんこ病菌(Erysiphe pisi )を感染させた植物。野生型に比べて(左側)、syp42 syp43 変異体では、うどんこ病菌の侵入と増殖を許し、うどんこ病の増殖が観察される(右)。写真のスケールバーは50マイクロメートル(1/20ミリメートル)。Bシロイヌナズナの野生型で増殖可能なうどんこ病菌(Golovinomyces orontii )を感染させた植物。野生型に比べて(左側)、syp42 syp43 変異体では、葉の黄化が観察された(真ん中)。葉の黄化は、植物の免疫応答に働くサリチル酸の合成遺伝子(SID2 )を欠損させることで回復した(右)。写真のスケールバーは1センチメートル。

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1. これまでの研究でわかっていた点

真核生物の細胞内には、さまざまな種類の細胞小器官が存在している。葉緑体やミトコンドリアといった二重の膜で囲まれた細胞小器官は、細菌の細胞内共生により生じたものであり、それぞれが独立して機能していると考えられている。一方で、小胞体やゴルジ体、液胞などは一重の膜で形成される細胞小器官であり、膜小胞や細管を介して相互に内容物をやりとりしている。この仕組みは「膜交通」とよばれ、タンパク質などの物質を細胞内の正しい場所へ輸送するために必須である。トランスゴルジ網(trans-Golgi Network, TGN)は、ゴルジ体に隣接する網目状の構造体で、小胞体で合成されたタンパク質がゴルジ体へ運ばれた後、最終目的地(細胞外への分泌や液胞など)に向けてタンパク質の選別を行う、膜交通において重要な分岐点となる区画であると考えられている(図1)。しかしながら、植物においては、トランスゴルジ網が固有の機能を果たす可能性も報告され、またその生理的な役割についても不明であった。

2. この研究が新しく明らかにしようとした点

膜交通においては、SNAREというタンパク質分子が、輸送小胞と細胞小器官膜の融合を担う実行因子としてはたらいている。それぞれの細胞小器官に特異的なSNARE分子が存在し、特異的な膜融合を制御すると同時に、細胞小器官のアイデンティティを規定していると考えられている。我々は、シロイヌナズナのトランスゴルジ網に局在するSNARE分子、SYP4の機能を解析することにより、植物細胞におけるトランスゴルジ網の役割を明らかにしようと考えた。シロイヌナズナにはSYP4が3遺伝子存在し、SYP41SYP42SYP43 と呼ばれている。これらの遺伝子のノックアウト変異体の表現型を詳しく解析し、トランスゴルジ網の細胞内輸送における役割、さらに植物の高次機能における生理的意義の理解を目指した。

3. この研究で得られた結果、知見

SYP41SYP42SYP43 のノックアウト変異体は、それぞれの単独変異では野生型に比べて目立った異常は示さなかった。そこで、これらを掛け合わせて二重変異体を作出したところ、SYP42とSYP43の2つの遺伝子がノックアウトされた変異体(syp42 syp43 変異体)では、植物の矮化(注1)が観察された。さらに、SYP41SYP42SYP43 の3つの遺伝子のノックアウトは致死となることから、SYP41SYP42SYP43 が重複して機能していると結論し、syp42 syp43 変異体を用いてさまざまな機能解析を行った。その結果、SYP4が、分泌経路と液胞輸送経路(注2)の両方を制御していることを証明し、トランスゴルジ網が実際に膜交通の分岐点として機能していることを明らかにした。

また、syp42 syp43 変異体では、ゴルジ体とトランスゴルジ網の形態が異常になっていた。この変異体をさまざまな環境ストレス下で育ててみているうちに、うどんこ病菌(注3)に対する抵抗性に異常があることを発見した。シロイヌナズナの野生型ではほとんど生育できないうどんこ病菌(Erysiphe pisi )が、syp42 syp43 変異体では顕著に生育可能となっていた。syp42 syp43 変異体では、分泌異常のためにうどんこ病菌に対する抗菌物質の分泌や細胞壁の厚化がうまくいかず、その結果、うどんこ病菌の侵入と増殖を許す結果になったと考えられる。一方、シロイヌナズナの野生型で増殖可能なうどんこ病菌(Golovinomyces orontii )をsyp42 syp43 変異体に感染させた場合には、今度は植物の免疫応答に働くサリチル酸に依存した葉の黄化が観察され、葉緑体の機能が損なわれていることが分かった。これらのことから、病原菌感染時には、トランスゴルジ網に局在するSYP4が何らかの形で葉緑体の機能を制御しているという、新たな細胞小器官間のコミュニケーションの存在が示唆された(図2)。

4. 研究の波及効果、今後の課題

本研究では、トランスゴルジ網に局在するSNARE分子であるSYP4の機能解析を通して、トランスゴルジ網が膜交通の分岐点として機能し、植物の免疫メカニズムを維持するうえで重要な細胞小器官であることを明らかにした。トランスゴルジ網の生理的意義については、これまで動物でも植物でも知見がなく、本研究成果は、細胞生物学的な視点からみても画期的である。また、トランスゴルジ網に局在するSYP4が植物の免疫メカニズムを担うという発見は、農作物の耐病性を向上させる技術の開発にも繋がるものと期待される。今後は、SYP4によって、どのような因子が分泌され、どのような因子が液胞に輸送されているかについての理解と、トランスゴルジ網がどのように葉緑体とコミュニケーションをとっているかについての、より詳細な解析が求められる。

5. 研究成果のもととなった研究経費

本研究は、東京大学大学院理学系研究科が中心となり、理化学研究所、Max Planck Institute for Plant Breeding Research(ドイツ)との共同研究で、文部科学省の科学研究費補助金(特別推進研究:110500000010)およびターゲットタンパク研究プログラム(110500000350)の補助を受け行われたものである。

発表雑誌

雑誌名:
米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)
タイトル:
Qa-SNAREs localized to the trans-Golgi network regulate multiple transport pathways and extracellular disease resistance in plants
著者名:
Tomohiro Uemura, Hyeran Kim, Chieko Saito, Kazuo Ebine, Takashi Ueda, Paul Schulze-Lefert, and Akihiko Nakano
オンライン掲載:
1月16日(月)予定

用語解説

注1 矮化
動植物が、その種の一般的な大きさよりも小形なまま成熟すること
注2 分泌経路と液胞輸送経路
真核細胞内のタンパク輸送経路で、小胞体で合成されたタンパク質は、修飾とプロセシングを受けながらゴルジ体に運ばれた後、トランスゴルジ網で選別される。トランスゴルジ網から分泌小胞によって細胞外に分泌される経路を分泌経路といい、液胞に運ばれる経路を液胞輸送経路と呼ぶ。
注3 うどんこ病菌
子嚢菌門(しのうきんもん)ウドンコカビ科の絶対寄生菌で、感染すると植物は葉や茎がうどん粉をかけたように白くなる。宿主となる植物よって異なったうどんこ病菌が存在するため、複数の種類がある。存農作物の重大な病害の原因となっている。