2011/12/14

LHC実験の最新成果

発表者

  • 浅井 祥仁(東京大学大学院 理学系研究科 准教授)
  • 小林 富雄(東京大学 素粒子物理国際研究センター 教授、アトラス日本グループ共同代表者)
  • 海野 義信(高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所 准教授)
  • 他アトラス日本グループ(注)

発表概要

ジュネーブ郊外にある欧州素粒子原子核研究所(CERN)(注1)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)(注2)は、ヒッグス粒子やテラスケール (1012電子ボルトのエネルギースケール)での新しい素粒子現象の発見を目的に建設され、2009年より本格稼働を始めました。 特にヒッグス粒子は、素粒子の質量の起源と考えられている未知の素粒子であり、世界中の研究者が40年の長きにわたって様々な実験で探索され、LHCでの発見に強い期待が寄せられています。

真空は実はからっぽなのではなく、ヒッグス場と言われる特殊な場に満たされており、その中を運動することで素粒子に質量が生じると考えられています。 世界最高エネルギーの加速器であるLHCでは、真空に満ちているヒッグス場を粒子として取り出し観測することを目指しています。 ヒッグス粒子の発見は、南部先生(2008年ノーベル物理学賞受賞)が提唱した「自発的対称性の破れた」状態に、我々が住んでいる世界があることを示す証拠であり、ビックバンから宇宙がどのようにして現在の多様な姿になったのかの謎を解き明かす鍵となります。

2011年にLHCは、順調に稼働し、二つの大きな実験グループ(アトラス実験(注3)とCMS実験(注4))は目標にしていた積算ルミノシティ(注5)1fb-1(インバースフェムトバーン)(注6)を大きく超えて、それぞれ約5fb-1のデータを収集できました。 両実験はこれらのデータをもとにヒッグス粒子の探索を進めてきました。 8月の国際会議で既に1~2fb-1のデータを基にした結果を発表し、ヒッグス粒子の質量の範囲を115-141GeV/c2 (注7)の狭い領域と476GeV/c2以上の領域に絞り込みました。

今回、アトラス実験とCMS実験それぞれが、全データをもとにした最新の研究結果を、13日22時(日本時間)よりCERNにおいて発表し、その後にCERNで記者会見を行うことになりましたので、それに合わせて、日本でも記者会見を開催します。 今回の会見では、両者の結果を合わせたものではなく、それぞれ独立に解析した結果を発表します。 両者の結果については、関係者も会見数時間前に初めて知る結果になります。 発表内容の、実験グループとしての統一見解は、会見直前に文章で用意される予定なので、それを和訳した資料を、皆さまにも会場にて配布させていただく予定です。

本会見では、第1部として、ヒッグス粒子の解説や成果の意義について、日本グループが独自に説明を行います。

第2部ではCERNのアトラス実験、CMS実験の最新結果セミナーと、それに続いてCERNで行われる記者会見の様子をリアルタイムで中継を行いながら、解説、日本語訳を加えます。

注)アトラス日本グループとは、アトラス実験に参加している日本の研究者グループのことである。 現在の参加メンバーは、次の15の研究機関に所属している:高エネルギー加速器研究機構、筑波大学、東京大学、東京工業大学、首都大学東京、早稲田大学、信州大学、名古屋大学、京都大学、京都教育大学、大阪大学、神戸大学、岡山大学、広島工業大学、長崎総合科学大学。 九州大学は、加盟申請中。

用語解説

注1 欧州素粒子原子核研究所(CERN)
ヨーロッパ諸国により設立された素粒子物理学のための国際研究機関。設立は1954年。所在地はスイスジュネーブ郊外。加盟国はヨーロッパの20カ国。 日本は、米国、ロシア等と共に、オブザーバー国として参加している。世界の素粒子物理学研究者の半数以上(約10000人)が施設を利用している。
注2 大型ハドロン衝突型加速器(LHC、Large Hadron Collider)
2009年より運用を開始した大型の陽子・陽子衝突装置。現在の衝突エネルギーは世界最高の7TeV(テラ電子ボルト)であり、ヒッグス粒子や超対称性粒子などを直接研究出来る唯一の施設である。2014年から衝突エネルギーを14TeVにあげる予定。
注3 アトラス(ATLAS)実験
A Troidal LHC Apparatusの略。LHCを用いた二大実験の一つで、世界中から約150の研究機関が参加する国際共同研究である。日本からも東京大学やKEKを始めとする15の大学・研究機関が参加。ヒッグス粒子や超対称性粒子の探索や研究など、素粒子物理最先端の研究を行うことが可能である。
注4 CMS実験
Compact Muon Solenoidの略。ATLAS実験と同じ研究目的を持つ、LHCを用いた二大実験の一つ。
注5 ルミノシティ(単位:cm-2s-1)
ビームとビームの衝突地点において、単位面積あたり毎秒何回ビーム粒子が交差したのかを表す指標で、衝突型加速器の要となるビームの衝突性能に相当。反応の起こりやすさとして面積を考える。イメージとしては、的の大きさ(断面積)が大きいとぶつかって反応しやすいのに対して、的の大きさが小さいと反応が起きにくい。素粒子の反応は起こりにくく、この面積が10-36 cm2 (pb:ピコバーン)程度と非常に小さいため、大きなルミノシティで実験を行う必要がある。
注6 1fb-1(インバースフェムトバーン)
1 インバースフェムトバーンとは 上で述べた典型的な素粒子の反応の大きさである。1pbの反応が1000回起きるルミノシティに対応する。
注7 GeV/c2 (ギガ電子ボルト)
質量の単位で、水素原子の質量が約1 GeV/c2