2011/10/31

金とコバルトのナノ粒子が協力してアミド結合を作る!

— 革新的な酸化触媒によるグリーンプロセス基盤技術を開発 —

発表者

  • 小林 修(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 教授)

発表概要

東京大学大学院理学系研究科 小林修教授の研究チームは、貴金属触媒である金と、安価な金属であるコバルト、鉄あるいはニッケルを組み合わせたナノ粒子により、高い収率および選択性で様々なアミド化合物(注1)を合成できることを世界で初めて明らかにしました。

アミド結合は、カルボン酸とアミンから大量の縮合剤を用いて構築する方法が最も一般的ですが、今回の方法では、カルボン酸のかわりにアルコールを原料として用いることができ、縮合剤(注2)を必要としません。 ナノ粒子の触媒作用により酸化反応を経由して、アミド結合生成を一度に行うことができます。 また本技術においては、酸化剤として有害な金属酸化剤を用いる必要がなく空気中の酸素を使用することができ、またナノ粒子である触媒は反応後の再使用が可能であるため、環境にやさしい(注3)アミド化合物の生成方法であるといえます。

本方法は、有機合成化学・ナノテクノロジー・触媒の各分野における興味深い発見であると同時に、工業化を指向した革新的なグリーンプロセス基盤技術として今後の発展が期待されます。

発表内容

図1

図1:アミド化合物の生成方法。(1)従来の方法(2)今回の方法。予想される副生成物の生成(緑の範囲外の点線の反応)を抑制して、目的物の生成(緑の範囲内の反応)が高い選択性で進行する。

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図2

図2:モデル基質による反応例。目的物が96%と高収率で得られ、副生成物は僅かに4%にとどまった。THF:テトラヒドロフラン(有機溶媒の一種)。

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図3

図3:金属ナノ粒子の電子顕微鏡写真とサイズの分布。写真中、黒く粒状に分散して見えているのがナノ粒子。(1)顕微鏡像とナノ粒子のサイズ分布。平均直径は約2.4ナノメートル。(2)ナノ粒子の元素分析。緑が金で赤がコバルト。この粒子は金のみから構成される。(3)いくつかのナノ粒子の元素分析。

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図4

図4:様々なアルコールやアミンへの適用。Condition Aは金とコバルトを用い、Condition Bでは金のみを用いている。基質により条件を使い分けている。

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アミド結合は、生体内のタンパク質やナイロン等の化学繊維に含まれる最も重要な結合の一つです。 タンパク質の構成成分はアミノ酸であり、小さなアミノ酸の分子同士が手をつなぐようにアミド結合を生成することで、巨大分子であるタンパク質の構造が組み上がります。 ナイロンはポリアミド合成繊維で、構成成分が全てアミド結合により連結した構造を有しています。 このアミド結合を人工的に構築する場合、原料であるカルボン酸とアミンから縮合剤と呼ばれる試薬を大量(基質以上の量)に用いる方法が一般的な方法です。 しかしながらこの方法では縮合剤由来の大量の廃棄物が発生してしまうため、より環境にやさしいアミド結合の構築方法の開発がのぞまれています。 このような取り組みはこれまでも行われているものの、触媒活性や選択性が低い問題があり満足な手法は開発されておりませんでした。

一方、金属ナノ粒子は触媒として近年広く研究されており、例えば代表的な貴金属である金は、不活性な金属として装飾品などに広く使用されていますが、ナノサイズになると特有の触媒活性を示すことが明らかになっています。 特に空気中の酸素を用いる酸化反応は、金ナノ触媒を用いる研究が広く行われています。 今回、東京大学大学院理学系研究科 小林修教授の研究チームにおいて、この金ナノ触媒あるいはこれと鉄、ニッケル、コバルトのナノ粒子を組み合わせて触媒として用いることで、アルコールとアミンからアミド結合を生成する強力な手法となることを発見しました。

通常のアミド結合の構築法ではカルボン酸とアミンを原料として用いますが、本方法ではカルボン酸の代わりにアルコールを原料として用いることができます。 アルコールは入手容易な汎用原料であり、これを用いて反応系内で酸化とアミド結合生成を一度に行うことができます。 金とコバルトのナノ粒子を担体(注4)であるPICB(独自に開発した高分子と固体の炭素を組み合わせたもの)に取り込ませ、一気圧(常圧)の酸素もしくは空気を用いて、アルコールの一種である4-メチルベンジルアルコールとアミンの一種であるベンジルアミンを図に示す反応条件で混合すると、96%と高い収率で反応が進行し、アミド化合物が生成しました。 予想される副反応もほとんどなく、目的物への選択性が高い反応であることがわかりました。 反応温度は25度と温和であり、触媒量も基質に対してわずか1%で十分であり、しかも触媒のリサイクルが可能であることから、本方法は強力であると同時に環境にやさしい方法であることがわかりました。 コバルトの代わりに鉄やニッケルを用いても同様の効果が得ることも明らかとなりました。 一方で、これまでのアルコールからのアミド結合生成反応の開発の取組みにおいて問題であった、触媒活性と選択性の低さを克服することができました。 すなわち本手法では、用いる基質の種類によって金のみのナノ粒子、あるいは金とコバルトのナノ粒子の組み合わせを使い分けることによって、非常に多種類のアルコールやアミンに適用できることを見いだしました。 例えば市販のアンモニア水中のアンモニアが直接使用でできるのも本手法の大きな特長です。

電子顕微鏡の観察結果から、コバルトは金と混じり合ってひとつのナノ粒子を構成しているのではなく、別のナノ粒子として金の近傍に存在していることがわかっています(図3)。 コバルトのナノ粒子の効果については研究中ですが、金の反応性をコントロールして選択性を向上させ、同時に目的の反応における反応中間体を安定化させているのではないかと推察しています。

本成果は、金とコバルト、鉄、ニッケルというナノ粒子の新しい組み合わせによって新たな触媒活性を見いだすことが出来た点において、有機合成化学・ナノテクノロジー・触媒の分野に新しい知見を与えたのみならず、アミド結合という基本的な結合の形成において長年行われきた手法から新しい方法への転換の可能性を大きく広げたことで重要な意義があると考えられます。 コバルト、鉄、ニッケルという安価な金属との組み合わせが可能という点については実用化の面から非常に興味が持たれ、また、他の金属との組み合わせによる新たな触媒作用の発見の期待も高まります。 本技術は、環境にやさしい革新的な工業化基盤技術として今後の発展が期待されます。

本成果は、NEDO(独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託研究「グリーン・サステイナブルケミカルプロセス基盤技術開発/革新的アクア・固定化触媒プロセス技術開発」によって得られたものです。

発表雑誌

‘Powerful Amide Synthesis from Alcohols and Amines under Aerobic Conditions Catalyzed by Gold or Gold-Iron, -Nickel or -Cobalt Nanoparticles’, S. Kobayashi, et al., Journal of the American Chemical Society

用語解説

注1 アミド化合物
アミド結合(図1参照)を有する化合物。
注2 縮合剤
縮合反応(アミド化反応、エステル化反応など)に用いられる試薬。
注3 環境にやさしい
地球環境を保護する観点から、化学反応による生産プロセスにおいても、環境への負荷を抑制することが求められている。本成果の場合は、(1)触媒反応であり、触媒の量が少量で済むことから廃棄物の削減につながる、(2)触媒を廃棄することなくリサイクルできる、(3)有毒な酸化剤に代えて空気中の酸素を使用できることから、環境への負荷が少ない(環境にやさしい)と言える。
注4 担体
他の物質を固定する物質のことで、ここでは金属ナノ粒子を固定する物質。