氷に「メモリー」があることを発見
発表者
- 深澤 裕(日本原子力研究開発機構 量子ビーム応用研究部門 研究副主幹)
- 鍵 裕之(東京大学大学院理学系研究科 地殻化学実験施設 教授)
概要
独立行政法人日本原子力研究開発機構(理事長 鈴木篤之。以下「原子力機構」)量子ビーム応用研究部門の深澤裕研究副主幹は、国立大学法人東京大学(総長 濱田純一)大学院理学系研究科の大学院生荒川雅氏(現、九州大学大学院理学研究科助教)及び鍵裕之教授、並びに米国オークリッジ国立研究所(以下「ORNL」)と共同で、中性子回折(注1)の実験から、低温で形成された強誘電性の氷(注2)が、従来の予測より高い温度でも微小な領域に残留すること(氷の「メモリー」と呼称)を発見しました。
通常我々が目にする氷の中の水素原子の配置は無秩序です。 一般に、無秩序な原子は温度が下がると熱力学第三法則に従って規則的に配置(秩序化)しますが、氷の場合は57ケルビン(K)(注3)(約マイナス216℃)から62 K(約マイナス211℃)の限られた温度で秩序化が観察されていました。
今回、ORNLの研究用原子炉(HFIR)に原子力機構が開発した中性子回折装置(WAND)を設置し、様々な温度で長い時間経過させた氷試料の構造の変化を時分割中性子回折法で測定し、温度の履歴と水素秩序化の関係を調べました。 その結果、過去に秩序化した経験のある氷には、150 K(マイナス123℃)程の高い温度でもナノスケールの微小な領域に秩序構造が残留していることを発見しました。
秩序化した氷はプラスとマイナスの電荷の偏りが生じた強誘電体となります。 太陽系の大部分の氷の温度は約150 K以下です。 そのためこれまでは水素原子の配置が全く無秩序になっている通常の氷と考えられていましたが、今回の実験でその多くが「メモリー」の効果によって強誘電性氷であると見なすことができます。 強誘電体は電気的に強い力で結合するので、以上のことから強誘電体氷が合体したり、周りの塵を引きつけたりすることで惑星の形成が促進されたという新説が提案できます。 「メモリー」を持つ氷は太陽系に広く分布しており、今後、大強度陽子加速器施設(J-PARC)からのパルス中性子を用いて、この性質の理解を深めることで、惑星形成や物質進化の謎の解明が加速されるものと期待されます。
本研究成果は、米国地球物理学連合の学会誌Geophysical Research Lettersに「The existence of memory effect on hydrogen ordering in ice: The effect makes ice attractive」として掲載されます。
詳細について 日本原子力研究開発機構 または New Scientist のホームページをご覧ください。
なお、本研究は、科研費学術創成研究(19S0205 代表者 鍵 裕之)及び新学術領域研究(20103002 代表者 八木 健彦)の支援を受けて実施されました。
用語解説
- 注1 中性子回折
- 物質を構成する原子核と中性子との相互作用で発生する干渉性の弾性散乱を用いた分析手法をいう。散乱角度と強度から、物質を構成する原子の配置等に関する情報を得ることができる。散乱強度は原子核と中性子との相互作用の強さで決まるので、X線の場合と異なり水素のように軽い原子でも強い回折線が得られる。このため、中性子回折は水素や重水素の位置の決定に重要な役割を果たす。粉末試料の中性子回折では、回折パターンから原子の配置を求める結晶構造解析の方法の一つとしてリートベルト解析が用いられる。結晶構造解析において、解析の信頼性の目安をR因子(測定値と計算値の差を測定値で割った値)と呼び、この値が低い場合に正確な原子の配置が得られたと判断される。WANDで実施した研究では、氷XIの構造解析としては最も低いR因子(約5%)が得られており、極めて正確な水素原子の配置が初めて明らかになった。↑
- 注2 強誘電性氷
- 強誘電体とは、電場等の外部の力を与えなくても電荷がプラスとマイナスに別れる絶縁体をいう。氷の水素原子はプラスの電荷をもっており、これが揃うことで氷の片方がプラスに、もう片方がマイナスとなり、氷の両端に電位差が発生する。このプラスとマイナスに別れた氷を強誘電性氷という。↑
- 注3 K(ケルビン)
- 物質を冷やすことができる最下限の温度を絶対零度という。この絶対零度を0とした温度目盛りを絶対温度とよび、ケルビン(K)を単位として用いる。すなわち、絶対零度は0ケルビン(K)で、使い慣れたセルシウス温度で表すと-273.15℃になり、0℃は絶対温度で273.15Kになる。↑