2011/9/1

ピロリン酸の除去が植物の発芽成長に不可欠であることを証明

発表者

  • 塚谷 裕一(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 教授)
  • Ferjani Ali(東京学芸大学生命科学分野 助教)
  • 堀口 吾朗(立教大学理学部生命理学科 准教授)
  • 前島 正義(名古屋大学大学院生命農学研究科 教授)
  • 瀬上 紹嗣(名古屋大学大学院生命農学研究科 研究員)
  • 武藤 由香里(元名古屋大学大学院生命農学研究科修士課程2年 現企業研究所勤務)

概要

私たちヒトでも植物でも、生命が活動するときには、その代謝の副産物として、ピロリン酸という化合物ができ、細胞質に蓄積します。 ピロリン酸は、リン酸が2つつながった化合物で、生物がさまざまな代謝をする際に、どうしても出てきてしまう物質です。 有名なリン酸化合物のATP(注1)と同じように、分解すればエネルギーが取り出せる物質ですが、ピロリン酸はATPと違って毒性があり、生物としてはさっさと分解した方が良い物質です。 これを分解する酵素の役目が、今回、植物を使った研究から初めて明らかになりました。

植物の種子は、水を吸うと同時に休眠から目覚め、細胞の代謝を一気に活発化させます。 その旺盛な代謝の結果、ピロリン酸が蓄積します。 これに対して植物は、ピロリン酸を分解する酵素を使い、その分解で得たエネルギーを利用して、細胞の体積の大半を占める液胞の中を酸性化すると考えられていました。 では、この酵素の意義は、ピロリン酸を分解することにあるのでしょうか、それとも液胞を酸性化することにあるのでしょうか。 これまで、重要な植物ホルモンであるオーキシン(注2)を組織の中で正確に輸送するためには、ピロリン酸の分解酵素による液胞の酸性化が重要とされてきました。 しかしそれにしては変だという反論も出ていました。 ピロリン酸分解酵素は植物のみならず、大腸菌からヒトまでの生物が持つ重要な酵素ですが、これの働きが失われると生存できないとされてきたため、解析のめどが立っていませんでした。

今回、東京大学の塚谷裕一教授、東京学芸大学のFerjani Ali助教、立教大学の堀口吾朗准教授および名古屋大学の前島正義教授らの研究グループは、ピロリン酸の分解酵素の機能が失われた変異体株(fugu5-1 変異体)が生活能力を持つこと、またショ糖を添加すると表現型が回復することに着目し、この問題に取り組みました。 その結果、植物が種から芽生えて成長する段階では、液胞の酸性化よりも、ピロリン酸の除去そのものこそが重要であることを明らかにしました。 これは動植物を通して、生物におけるピロリン酸の分解酵素の役割を解明した初めての成果であり、国際誌Plant Cell誌にオンライン版8月29日付で掲載され、また掲載号中の注目すべき論文として紹介されています。

研究の成果

図1

(カラー版)図1:野生型(左上)、fugu5-1 変異体(右上)、パン酵母のピロリン酸分解酵素を導入したfugu5-1 変異株(下段左右)。播種後一週間の芽生えの写真。正常な子葉は"うちわ型"(左上)の丸い形なのに対して、fugu5-1 変異体ではやや細長い形になる(右上)。酵母のピロリン酸分解酵素を導入した株では、この子葉の形状は回復しむしろ大きくなった(下段左右)。スケール:2 mm。

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図1

(シロクロ版)図1:野生型(左上)、fugu5-1 変異体(右上)、パン酵母のピロリン酸分解酵素を導入したfugu5-1 変異株(下段左右)。播種後一週間の芽生えの写真。正常な子葉は"うちわ型"(左上)の丸い形なのに対して、fugu5-1 変異体ではやや細長い形になる(右上)。酵母のピロリン酸分解酵素を導入した株では、この子葉の形状は回復しむしろ大きくなった(下段左右)。スケール:2 mm。

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種子の中には、油(脂質)やタンパク質などの貯蔵物質があります。 休眠から目覚めた種子の中で植物は、貯蔵された脂質などからエネルギーの元となるショ糖を作って、発芽後の発育を支えます。 一方、胚の代謝が活発になると、核酸やタンパク質などの高分子、あるいはショ糖生合成の過程で、その副産物としてピロリン酸が蓄積します。 ピロリン酸濃度が高くなると、これらの代謝が停止してしまうので、植物は、細胞の生理機能を保持するため、ピロリン酸の量を減らす必要があります。 しかし、そのピロリン酸を分解する酵素、ピロリン酸分解酵素の役割については、この酵素にピロリン酸を分解するはたらきと、液胞を酸性化するはたらきとの2つの機能があるため、諸説があり、よく分かっていませんでした。

今回、塚谷教授らのグループは、実験材料にモデル植物であるシロイヌナズナを用いて、まずピロリン酸の分解酵素の機能が欠損した変異株(fugu5-1 )について詳細に調べました。 その結果、fugu5-1 変異体の表現型は培地にショ糖を添加することで回復することが判明しました。 細胞の中身を分析した結果、野生型に比べてfugu5-1 変異体ではピロリン酸を過剰に蓄積しており、そして貯蔵脂質に由来するショ糖の生合成が阻害されていました。 これは、ピロリン酸の分解酵素がもつ2つの機能のうちのどちらが損なわれたためなのでしょうか? 研究チームはそこで、fugu5 変異体にパン酵母のピロリン酸分解酵素(注3)を導入することにしました。 パン酵母のピロリン酸分解酵素は、植物の場合と違って、ピロリン酸分解のみの機能を持ち、液胞内の酸性化を行わない性質があります。 しかしこれをはたらかせたfugu5 変異体は、完全に表現型を回復しました(図1)。 このことは、発芽後の成長において、ピロリン酸の除去機能が重要であることを示しています。 この発見は、植物のみならず他の生物におけるピロリン酸分解酵素の生理機能を解明する突破口となりました。 また応用的には、今回の遺伝子導入において、ピロリン酸の分解による芽生えの成長促進が認められたことから、成長促進効果によるバイオマスの増大などへの寄与が期待されます。

発表雑誌

国際誌 Plant Cell誌 8月29日付けオンライン版に掲載
(doi: 10.1105/tpc.111.085415)
http://www.plantcell.org/content/early/2011/08/22/
tpc.111.085415

論文タイトル

Keep an Eye on PPi: The Vacuolar-Type H+-Pyrophosphatase Regulates Postgerminative Development in Arabidopsis
「液胞型プロトンピロホスプァターゼはシロイヌナズナの発芽後の初期生育を制御する」

著者

Ali Ferjani, Shoji Segami, Gorou Horiguchi, Yukari Muto, Masayoshi Maeshima, and Hirokazu Tsukaya

研究グループ

本研究は、塚谷裕一(東京大学大学院理学系研究科 教授)、Ferjani Ali(東京学芸大学生命科学分野 助教)、堀口吾朗(立教大学理学部生命理学科 准教授)および前島正義(名古屋大学大学院生命農学研究科 教授)、瀬上紹嗣(名古屋大学大学院生命農学研究科 研究員)、武藤由香里(元名古屋大学大学院生命農学研究科修士課程2年)の共同研究として実施されました。

研究サポート

科学研究費補助金の助成により研究が進められました。

用語解説

注1
アデノシン3リン酸。生物の活動のエネルギーは、この物質を分解するときに得られる化学エネルギーが中心となっていて、生物の体の中では、いろいろなエネルギーがこのATPという物質の形でやりとりされるので、生物のエネルギーの通貨とも呼ばれている。
注2
植物ホルモンのひとつで、植物の成長を促す作用を持つ。葉をつくりだしたり、茎を伸ばしたりなどといった植物の形作りの上で、最も広くはたらく最も重要な植物ホルモン。
注3
液胞の膜状に局在して液胞の酸性化も担う植物のピロリン酸分解酵素と異なり、細胞質に存在し、ピロリン酸分解のみの機能を持ち、液胞内の酸性化を行なう能力はない。