2011/8/26

はやぶさが持ち帰った小惑星の微粒子を分析

— 希ガス同位体分析からわかったこと —

発表者

  • 長尾 敬介(東京大学大学院理学系研究科附属地殻化学実験施設 教授)

概要

昨年6月13日に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」が持ち帰った試料の初期分析結果が、日本時間8月26日(金)発行のScience誌オンライン版で6編の論文として初めて公表された。 東京大学では微小粒子3個の希ガス同位体分析を行い、これらの粒子が確かに小惑星イトカワの表面に存在していたこと、及びイトカワの寿命が太陽系の年齢に比べて遥かに短いことを明らかにした。 他の論文の詳細は、下記に示す大学のホームページに掲載されている。

発表内容

図1

図1:分析した3個のはやぶさ試料の走査電子顕微鏡写真。

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図2

図2:3個のはやぶさ試料のネオン同位体比。

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図3

図3:イトカワ表層物質に対する太陽風、太陽宇宙線、銀河宇宙線の影響を示す。

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1. 研究の背景

はやぶさは、2003年5月9日に宇宙航空研究開発機構(JAXA)内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられ、2005年に小惑星イトカワに着陸し表面試料を採取した。 計画した試料採取装置が作動しなかったため、採取された試料のほとんどが100ミクロンより小さい粒子であったが、イトカワ起源と見られる1500個を超す粒子が昨年末までに確認された。 イトカワは普通コンドライト(地球に落下頻度の高い隕石)と似ていることが事前の反射スペクトル観測から知られていた。 隕石の母天体を鉱物学や元素・同位体などのデータに基づいて同定することは、後述の理由からこれまで不可能であったため、はやぶさによるサンプルリターンの成功は、特定の小惑星試料を実験室で精密分析して隕石との関連を検討することを初めて可能とした。 試料はJAXAに作られた施設の清浄な環境のもとでカプセルから回収され基礎的な分析が行われた後に、その一部が国内の最先端分析技術と実績をもつ研究室・研究グループに供されて初期分析が行われた。 この初期分析は、2012年にJAXAが開始する国際公募研究に対して基礎的な情報を提供することも目的としている。

2. 希ガス同位体分析で明らかにしようとした点

宇宙空間には起源やエネルギーの異なる様々な宇宙線や荷電粒子が存在する。 大気を持たない小惑星の表層固体物質はそれらの照射を受けて、特有の希ガス元素や同位体組成を持つようになるため、その組成を調べることにより岩石や鉱物が表層に存在した時の環境や時間情報を得ることができる。 例えば太陽からは、太陽風と呼ばれる比較的エネルギーの低い荷電粒子が宇宙空間に放射されていて、固体表面から100 nm程度の深さまで打ち込まれている。 しかしそのような表層物質は固体が地球へ落下するときに大気圏での加熱で失われるので、地表で採取された隕石や宇宙塵を用いて分析することは不可能である。 これに対して、はやぶさ試料はカプセル中に保存されて加熱を受けてないうえに、清浄な窒素ガス中で取り扱われて地球大気からの汚染の影響を受けていないため、現在の太陽から放射される粒子を研究できる初めての地球外物質である。

3. 微小試料の希ガス同位体分析のために開発した方法・装置

固体中に存在する希ガスを分析するには、真空中で試料を加熱して固体中を拡散させるか、高温で溶解させて希ガスを抽出する。 微小な試料や微量希ガス分析の際には、加熱のための炉材料からの希ガス放出や真空中の残留希ガスが無視できなくなる。 はやぶさ試料では、宇宙塵の分析で改良を重ねてきたレーザー加熱法による希ガス抽出法と新たに製作した希ガス精製ラインにより、試料以外からの希ガスの影響を低減することに成功した。 試料から抽出した希ガス同位体は、東京大学で開発した希ガス専用の高感度質量分析計で測定した。 測定した3個のはやぶさ粒子は40から60ミクロンサイズのかんらん石結晶であった(図1)。 小さすぎて個々の重量を測定出来ないため、40個のはやぶさ試料の形状と密度の平均値(下記ホームページ(4)参照)を参考に、0.06, 0.06, 0.12 マイクログラムと推定した。 この重量は、南極の雪や氷から採取して分析した多数の宇宙塵の重量約1マイクログラムに比べても遥かに小さい。

4. この研究で得られた結果・知見

3個の微粒子の全てに太陽と同じ組成でヘリウム、ネオン(図2)、アルゴンの同位体が検出された。 これは、これらの粒子が図3のようにイトカワの最表層に存在して太陽風に直接曝された歴史を持つことを証明する。 ネオン濃度から単純なモデルに基づいて太陽風照射期間を推定すると150から550年となる。 しかし、加熱温度を段階的に上げた時の試料からの希ガス放出割合が粒子ごとに異なり、これは太陽風起源希ガスが単純に増加したのでなく、増加と減少の歴史を経験してきたことを示している。 したがって実際の照射積算時間はもっと長いはずであるが、1000年を大きく上回ることはないであろう。

太陽風よりエネルギーの高い太陽宇宙線や、更に高エネルギーの銀河宇宙線に固体物質が照射されると、核反応によって図2のネオンのように特有の同位体組成を持つ宇宙線照射起源希ガスが固体内に蓄積される。 この同位体濃度を測定すれば、宇宙線に照射された期間を推定できる。 例えば月の表層粒子では数億年という期間が推定されている。 一方でイトカワの最表層の微粒子も宇宙線照射を受けたことは確実であるにもかかわらず、宇宙線起源ネオン同位体は図2のように測定精度内では検出されなかった。 この事実は、粒子が数100万年に満たない短い期間しかイトカワ表層に存在しなかったことを示している。 強い重力を持つ月の表層粒子と異なり、重力の小さいイトカワの表層物質は容易に太陽系空間に失われる。 結果として天体の寿命は10億年以下と、太陽系の年齢(46億年)に比べるとはるかに短くなるということを、初めて観測データから示した。

5. 研究の波及効果と今後の課題

希ガス同位体は、研究対象とする物質が地球外起源であるかどうかを明確に判定する有力な指標であるとともに、上に述べたように他の方法では得られない年代情報をもたらす。 また、太陽風によって鉱物表面に形成される変質層(宇宙風化層)の詳細な観察(下記ホームページ(5)参照)と太陽風希ガスの観測を同じ試料で行うことにより、イトカワ表層における粒子の歴史をさらに詳細に解明できるであろう。 これらの結果に基づいて微小天体表層での粒子の静電反発力による浮遊や逃散モデルが、活発に議論されるであろう。 イトカワのようなS型小惑星(下記ホームページ(1)(2)等参照)から結晶質粒子が実際に宇宙空間に放出されている事を確かめるには、これまであまり注目されなかった種類の結晶質宇宙塵探索が重要となる。 このほか、圦本らは、粒子最表層の宇宙風化層から内部までの1ミクロンに満たない部分の太陽風起源水素やヘリウム分布を直接観測するために、空間分解能10ナノメートルに達する超高感度分析装置を開発しており、年内の実用化が期待されている。 このような分析が可能になれば、我々の希ガス分析に基づく解釈の当否が明らかになるであろう。

論文情報

発表雑誌
Science オンライン版(8月25日号)、冊子版(8月26日号)
タイトル:
Irradiation History of Itokawa Regolith Material Deduced from Noble Gases in the Hayabusa Samples
(はやぶさ試料の希ガスからわかった、イトカワ表層物質の太陽風および宇宙線照射の歴史)
著者:氏名(所属)
長尾敬介(東大)、岡崎隆司(九大)、中村智樹(東北大)、三浦弥生(東大)、大澤崇人(原研)、馬上謙一、松田伸太郎(東大)、海老原充(首都大)、Trevor R. Ireland(オーストラリア国立大)、北島富美雄、奈良岡浩(九大)、野口高明(茨城大)、土`山明(阪大)、圦本尚義(北大)、Michael E. Zolensky(NASA)、上椙真之、白井慶、 安部正真、 矢田達、 石橋之宏、 藤村彰夫、 向井利典、 上野宗孝、 岡田達明、 吉川真、 川口淳一郎(JAXA-ISAS)

詳細を示すホームページ(Scienceに掲載順)

本発表は、Scienceに同時に6本掲載された論文のうちの1本である。各論文の詳細は、8月25日に東北大学で行われた記者会見で説明され、下記の通りウェブサイトに公表された。  

1) 主著者 中村智樹(東北大学大学院理学研究科 准教授)
タイトル 惑星イトカワの微粒子:Sタイプ小惑星と普通コンドライト隕石を結びつける直接物的証拠
URL
2) 主著者 圦本尚義(ゆりもと ひさよし、北海道大学大学院理学研究院 教授)
タイトル はやぶさ計画によりイトカワから回収された小惑星物質の酸素
URL
3) 主著者 海老原充(首都大学東京大学院理工学研究科 教授)
タイトル 小惑星イトカワから回収された粒子の中性子放射化分析
URL
4) 主著者 土`山明(つちやま あきら、大阪大学大学院理学研究科 教授)
タイトル はやぶさサンプルの3次元構造:イトカワレゴリスの起源と進化
URL
5) 主著者 野口高明(茨城大学理学部 教授)
タイトル イトカワ塵粒子の表面に観察された初期宇宙風化
URL
6) 主著者 長尾敬介(東京大学大学院理学系研究科 教授)
タイトル はやぶさ試料の希ガスからわかった、イトカワ表層物質の太陽風および宇宙線照射の歴史
URL