2011/6/21

タンパク質が大気汚染で老化する

— 大気汚染によるアレルギー物質の生成 —

発表者

  • 白岩 学(マックスプランク化学研究所生物地球化学科 博士課程3年(ドイツ)
    東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻
    東京大学-文部科学省長期海外留学支援制度生)
  • ウルリッヒ ペッシェル(マックスプランク化学研究所生物地球化学科研究室長(ドイツ))
  • マーカス アンマン(ポール・シェラー研究所 放射・環境化学部 研究室長(スイス))
  • トーマス コープ(ビーレフェルト大学化学科 教授(ドイツ))

発表概要

大気中に浮遊するタンパク質などの有機エアロゾル粒子は、人体に取り込まれることで健康に悪影響を及ぼします。 この有機エアロゾル粒子が、光化学スモッグ(注1)においてオゾンや排気ガスと反応するとさらに有害性が高まることがあります。 今回の研究で我々は、相対湿度と気温に応じてエアロゾル粒子の相状態(固体、半固体、液体)が変動し、それに応じて化学変質の度合いが大きく変化することを、初めて明らかにしました。

本成果は、東京大学-文部科学省長期海外留学支援制度を利用して、ドイツ-マックスプランク化学研究所(注2)の博士課程に留学中の白岩学とその指導教官であるウルリッヒ ペッシェル研究室長(マックスプランク化学研究所)らにより得られたものです。

発表内容

図1

図1:シラカンバ花粉の蛍光顕微鏡写真

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図2

図2:大気中の有機エアロゾル粒子の一生

大気エアロゾル粒子は、工場や排気ガスから大気中に直接排出されたり、植物から出た揮発性ガスから化学反応により二次的に生成されたりします。相対湿度や気温に応じて、粒子の相状態は液体と固体の間を振動し、化学反応により有害物質へと変質します。図中の赤丸は、オゾンを示していますが、固体では表面で、液体とは液中で反応が進行します。エアロゾル粒子は、水を取り込むことで雲や氷雲へと成長します。

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水は液体です。ガラスは固体です。 では、蜂蜜やピーナツバターはどうでしょうか?このように水のようにさらさらしていないが、しかしガラスほど硬くはないジェルやラバー状のものは、半固体と言われます。 これまで、大気中に浮遊しているエアロゾル粒子は、液体か固体のどちらかだと思われていましたが、ピーナツバターのように粘々した半固体としても存在していることが、最近の研究により分かってきています。

大気中には、車や工場からのすす粒子や花粉(図1)や胞子のように植物などから放出される微粒子からなるエアロゾル粒子が数多く浮遊しています。 これらが人体の肺などに取り込まれると、重大な健康被害を引き起こします。 エアロゾル粒子は光化学スモッグにおいてオゾンと排気ガスと反応すると、その発がん性やアレルギー性といった人体への有害性が高まります。 したがって、エアロゾル粒子の大気中の化学変質の機構解明は、その健康影響を評価する上で重要ですが、これまで半固体の化学変質に関しては未解明でした。

今回、我々は半固体の代表的な物質であるタンパク質と、大気汚染で特に重要なオゾンの反応実験を、ポール・シェラー研究所において行いました。 相対湿度が低いときは、オゾンはタンパク質とあまりよく反応しませんでしたが、相対湿度を高くしていくと、オゾンとタンパク質の反応性が向上していく実験結果を得ました。 湿度が95%のときは、乾燥状態(湿度0%)のときに比べて、10倍も反応が早く進みました。 これは、乾燥状態ではタンパク質はガラス状ですが、湿度が上がるにつれてタンパク質が吸湿して半固体から液体へと変化していくためです。 タンパク質が固体のときは、オゾンはタンパク質の表面でしか反応できませんが、タンパク質が液体であればオゾンは液中でより速く反応することが可能です。 タンパク質が半固体の場合は、化学反応はオゾンの粒子中への拡散により制限されます(図2)。

最近の我々の研究によると、花粉タンパクは大気汚染中でオゾンと二酸化窒素と反応し、アレルギー性を2-3倍向上させることが分かっています(2011年2月21日のプレスリリースを参照)。 本研究によれば、温度と湿度が高い夏の都市の汚染大気中では、花粉タンパクが化学変質を受けやすく、そのアレルギー性がより高まっている可能性が大きくなっています。 花粉タンパクは、大気汚染により老化(化学変質)されることで、人体への攻撃性を増しているのです。

発表雑誌

タイトル:
Gas uptake and chemical aging of semi-solid organic aerosol particles
(半固体有機エアロゾル粒子の化学変質とガス取り込み)
著者:
Manabu Shiraiwa(白岩学), Markus Ammann, Thomas Koop, and Ulrich Pöschl
米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)」

2011年6月21日(火)(日本時間午前4時)付でオンライン版に公開。

用語解説

注1 光化学スモッグ
工場や排気ガスに含まれる窒素酸化物などが、強い日光により光化学反応を起こして、オゾンなどの有害な物質が大気中に滞留すること。夏の汚染大気中でよく起こり、その健康影響が問題になっている。
注2 マックスプランク化学研究所
ドイツのマインツ市にある大気環境化学を専門とする国立の研究所。80あるマックスプランク研究所の中で最も古い。マックスプランク研究所からはこれまでにノーベル賞を32人輩出している。