植物はいかに細胞内の物質輸送ルートを新規開拓したのか
発表者
- 海老根 一生(国立感染症研究所 流動研究員、
当時:東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 特任研究員) - 上田 貴志(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 准教授)
発表概要
真核細胞の様々なオルガネラと、それらの間の物質輸送の仕組みが、現在の形へとどのように進化してきたのかについては、これまでほとんど分かっていなかった。 本研究では、植物が進化の過程で独自に獲得した、細胞内の物質輸送を制御する因子の機能を明らかにすることに成功した。 これにより、植物がいかにして細胞内の物質輸送の経路を新たに生み出してきたのかが明らかとなった。 さらに我々は、この植物特有の膜交通経路が、塩ストレス耐性に関与することも発見した。 これらの成果により、膜交通経路多様化のプロセス解明に向け大きく前進するとともに、耐塩性植物の開発技術への応用が期待される。
発表内容
1. これまでの研究でわかっていた点
真核細胞の中には、膜に囲まれた多数の細胞小器官(オルガネラ)が存在する。 葉緑体やミトコンドリアといった二重の膜により囲まれたオルガネラは、真核細胞の祖先にある種の細菌が共生することにより生まれたことが分かっている。 では、ゴルジ体や液胞など、一重の膜により囲まれたオルガネラはどうだろうか。 これら一重膜の細胞小器官は、祖先真核細胞の細胞膜(注1)が細胞内にくびれ混むことによりうまれ、進化の過程で様々な機能をもつ多数のオルガネラに徐々に分化してきたと考えられている。 また、動物と植物では、働きの異なる細胞小器官もいくつか存在する。 これは、動物と植物が独自にオルガネラの機能を多様化させてきた結果生じたものである。 それぞれの一重膜オルガネラは、膜によって囲まれた小胞、あるいは細管を介してお互いの内容物をやりとりすることにより、細胞内の正しい場所へとタンパク質などの物質を輸送している。 この輸送の仕組みは、「膜交通」と呼ばれる。 新たなオルガネラが生まれる時には、新たな膜交通経路も同時に誕生しなくてはならない。 しかしながら、膜交通経路の新生がどのような仕組みでおこり、それが生物のどのような形質と関連しているのかについては、これまでほとんど明らかにされていなかった。
2. この研究が新しく明らかにしようとした点
我々は、膜交通経路の多様化の仕組みを明らかにするため、植物を用いて研究を行っている。 植物の系統は、はるか昔に動物や菌類の系統と分かれたのち、オルガネラ機能や膜交通を含む様々な仕組みを独自に進化させてきた。 一方で、植物が動物や酵母と分かれる前に既に存在していた仕組みは、それらの系統間で保存されていると思われる。 我々は、植物が進化の過程で独自に獲得した膜交通制御因子の分子機能と生理的な役割を明らかにし、動物や酵母を用いた研究の結果と比較することにより、膜交通の多様化の仕組みを明らかにできると考えた。 膜交通においては、Rab GTPaseと呼ばれる低分子量GTPaseが、輸送小胞を標的膜につなぎ止める繋留と呼ばれるステップを制御する分子スイッチとして働いている(図1)。 また、オルガネラにおける膜の融合の実行は、SNAREという分子が担っている。 Rab GTPaseとSNAREは、真核生物のほぼ全ての膜交通経路に関わっていると考えられており、その構造は進化の過程で大変よく保存されていることが知られている。 一方我々は、植物には他の真核生物の系統には存在しない、「変わり者」のRab GTPaseやSNAREが存在していることを見いだした。 これらの分子は、植物が他の系統と別れたのち、独自に開拓した膜交通経路に関わっている可能性がある。 そこで、これら変わり者のRab GTPase(ARA6)やSNARE(VAMP727)の機能を、シロイヌナズナという植物を用い、バイオイメージングや遺伝学的手法を駆使することにより明らかにすることを試みた。
3. この研究で得られた結果、知見
ARA6は、陸上植物でしか見つかっていない特徴的な構造を持つRab GTPaseで、動物のRab GTPaseの中では、エンドソーム(注2)と呼ばれるオルガネラで機能するRab5に比較的よく似ている。 一方、植物には動物のRab5とそっくりなもの(オルソログ)も存在する。 つまり植物は、 Rab5によく似た分子を二種類持っているのである。 これらのはたらきには、どのような違いがあるのか、植物がなぜこれら二種類のRab5を持っているのかは、長い間謎とされていた。 一方、SNAREの一種であるVAMP727は、動物のVAMP7という分子に最もよく似ているが、これまた動物のVAMP7には無い非常にユニークな構造上の特徴を持つ。 ARA6とVAMP727のような分子は、植物以外の生物では見つかっておらず、どちらも植物が進化の過程で独自に獲得した分子であると考えられる。 我々がこれらの分子の働きを詳細に調べたところ、二種類のRab5のうち動物のRab5とそっくりなものの方は、エンドソームから液胞へとものを運ぶ輸送経路を制御していることがわかった。 これに対し、植物独自のARA6は、エンドソームから細胞膜へと物質を輸送する経路で働いていることが明らかとなったのである(図2)。 さらに、VAMP727はエンドソームと細胞膜の融合を担っており、ARA6が無いとVAMP727がこの経路で正常に働けないことも明らかになった。 エンドソームから細胞膜へとものを運ぶ輸送経路は動物にも存在するが、そこではARA6やVAMP727とは異なる分子が働いていることが知られている。 植物は、全く異なる独自の分子を使って、よく似た膜交通経路を独立に編み出していたのだ。 では、この膜交通経路は植物のどのような形質と関連しているのだろうか。 我々は、ARA6の機能を壊すと、シロイヌナズナが塩ストレスに弱くなること、また、ARA6の活性を高めると、シロイヌナズナが塩ストレスに強くなることを見いだした。 植物は、ARA6とVAMP727を新しく獲得し、それらを使って新たな膜交通経路を生み出したからこそ、環境ストレスに対してより高い抵抗性を獲得することが出来たのかもしれない。
4. 研究の波及効果、今後の課題
本研究により、新たなRab GTPaseとSNAREをセットで獲得することにより、植物細胞内に全く新しい膜交通経路が誕生したことが示された(図3)。 近年の比較ゲノム解析の結果、Rab GTPaseとSNAREの同時的な多様化は、動物や原虫など様々な真核生物の系統で独立に起こっていることが示されている。 本研究で得られた知見は、他の生物で膜交通経路がどのように多様化してきたのかを知るための、大きな手がかりになるものと期待される。 さらに、植物の塩ストレス耐性に、ARA6が関わる膜交通経路が寄与しているという発見は、作物の耐塩性を向上させる技術の開発にも繋がるものと期待される(ARA6はイネやマメ科植物をはじめとする作物にも存在します)。 今後は、このような独自の膜交通制御因子がどのように生まれたのかを明らかにするとともに、ARA6がどのような分子との相互作用を通して耐塩性などの現象を制御しているのかなど、より詳しいARA6の機能の解明が求められる。
なお本研究は、東京大学大学院理学系研究科が中心となり、東京大学大学院農学生命科学研究科、金沢大学、京都府立大学、コペンハーゲン大学との共同研究で、文部科学省の科学研究費補助金(特定領域研究:21027010、基盤研究(B):21370016、特別推進研究:110500000010、特別研究員奨励費:195010)、およびターゲットタンパク研究プログラム(110500000350)の補助を受け行われたものである。
発表雑誌
Nature Cell Biology
- 著者:
- Kazuo Ebine, Masaru Fujimoto, Yusuke Okatani, Tomoaki Nishiyama, Tatsuaki Goh, Emi Ito, Tomoko Dainobu, Aiko Nishitani, Tomohiro Uemura, Masa H. Sato, Hans Thordal-Christensen, Nobuhiro Tsutsumi, Akihiko Nakano, and Takashi Ueda
- タイトル:
- A membrane trafficking pathway regulated by the plant-specific RAB GTPase ARA6
用語解説
- 注1 細胞膜
- 細胞内を細胞外と隔てる膜。細胞内から細胞外へと分泌される物質のほとんどは、細胞内のオルガネラ内腔に詰め込まれ、そのオルガネラと細胞膜が融合することにより細胞外へと放出される。↑
- 注2 エンドソーム
- 細胞の外、または細胞膜上から細胞の内部へと物質を取り込む現象をエンドサイトーシスと呼ぶ。エンドソームは、エンドサイトーシスに関与するオルガネラの総称。植物においては、液胞輸送経路(小胞体で合成したタンパク質を液胞へと輸送する経路)とエンドサイトーシス経路が、Rab5が局在するエンドソームで合流するため、液胞輸送経路においてもエンドソームは重要な中継地点となる。本文中のエンドソームは、植物の液胞前区画(prevacuolar compartment: PVC)と呼ばれる区画とほぼ同一のものを指す。↑