南極大型大気レーダー初観測に成功
発表者
- 佐藤 薫 東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 教授
- 堤 雅基 国立極地研究所 研究教育系宙空圏研究グループ 准教授
- 山内 恭 国立極地研究所 研究教育系気水圏研究グループ 教授
発表概要
南極初の大型大気レーダー(PANSYレーダー)を昭和基地に建設し、初観測に成功した。 第52次南極観測隊により2010年12月下旬からほぼ1ヶ月半の夏期間にアンテナ約1000基の設置が終了し、試験観測を行ったところ予定通りの大気乱流散乱エコーが受信された。 今後、積雪の状況などを見ながら調整を行い、2012年度には世界初の南極中間圏乱流エコー観測を試みる。 極中間圏雲(注1)やオゾンホールなど人間活動の影響が強く反映される大気現象の物理を解明し、気候システムにおける南極の役割を明確化する。
発表内容

図2:3月31日10:35から約1時間に観測された大気散乱信号のスペクトルの高度プロファイル(右)と観測ビームの概念図(左)。ドップラー速度(風速ベクトルをビーム方向へ投影した速さ)は地面から離れる方向を正としてある。北向きビームの散乱信号スペクトルには、約5500mの高さまで最大約±1m/sのドップラー速度(水平風で約6m/s)が見られる。
2010年12月下旬からほぼ1ヶ月半でアンテナ約1000基を設置し、初観測に成功しました。 アンテナの設置は、環境保全のため地表面の整地を行わず、直径約10cmの小さな穴を空け、そこに金属パイプを差し込むことで固定する方法をとりました。 この夏は、史上最低の積算日照時間を記録するなど、天気には恵まれませんでしたが、観測隊の粘り強い努力により予定通りほぼ全数のアンテナ設置が終了しました(図1)。 2月中旬に夏隊が帰国した後は、越冬隊により、3月25日から31日の7日間、下部対流圏を対象とする初期観測を実施したところ、良好なデータが得られました(図2)。 このレーダーはビームを上に向けることで鉛直方向のドップラー風速、すなわち、鉛直風を測ることができるのが特長です。 図2をみると鉛直ビーム(ビーム1)の散乱信号も良好に得られており、鉛直風が捉えられていることがわかります。
このPANSYレーダーのアンテナ全数を使用したフルシステムが稼働すれば、地上1kmから500kmの対流圏・成層圏・中間圏・熱圏/電離圏の観測が可能となります。 これにより環境が苛酷であるため他の緯度帯に比べて遅れがちであった南極大気の観測的研究に大きな進歩がもたらされることが期待されます。 極域は季節や高度領域によって大気の大循環の終着点とも出発点ともなる、地球大気において極めて重要な位置を占めています。 その大循環の主要な駆動源の一つである重力波(注2)と呼ばれる、振幅の小さく周期の短い波の作用がPANSYの観測によって初めて定量的に捉えられることになります。 その作用を、温暖化予測等に用いられる気候モデルに組み込むことで、大循環がより正確に表現されるようになり、成層圏低温バイアス(注3)の解決に大きく寄与します。 また、南極には、オーロラ(注4)・カタバ風(注5)・オゾンホール・極成層圏雲(注6)・極中間圏雲(夜光雲)などの中緯度や熱帯にはない大気現象が多く見られます。 このなかにはオゾンホールや極中間圏雲といった人間活動と深く関連する現象も存在します。 PANSYは、このような南極の大気現象のほとんど全てを精密に観測して、極域の地球気候における位置づけを明確にし、気候の将来予測の精度向上に寄与することを目指しています。
用語解説
- 注1 極中間圏雲
- 夏の上部中間圏(高度85km付近)にできる雲。太陽が沈んだ後、夜中にブルーグレーに輝いて見えるので夜光雲とも呼ばれる。産業革命以前は記録がないため人間活動に関連して出現するようになったと考えられている。最近では中緯度にも現れることがある。気候変動のカナリア。↑
- 注2 重力波
- 浮力を復元力とする大気中の小さな波。相対論における重力波とは別物である。山や低気圧、ジェット気流、対流などが発生源。上方に運動量を運び、大循環を引き起こす。この大循環に伴う上昇・下降流が極域の温度構造に大きく影響する。オゾンホールをもたらす極成層圏雲量の予測には重力波の大循環駆動力を定量的に知る必要がある。↑
- 注3 成層圏低温バイアス
- 現在の気候予測モデルが持つ系統誤差。モデルの冬から春にかけての成層圏での気温が、実際のものより低くなってしまう。大循環を引き起こす重力波効果が正確にモデルに取り込めていないためと考えられている。↑
- 注4 オーロラ
- 宇宙空間からの高エネルギー粒子の流入により大気が発光する現象。↑
- 注5 カタバ風
- 放射冷却により冷えて重くなった空気が大陸斜面を滑り降りる流れ。大陸規模なので、南半球循環にも大きく影響するといわれている。↑
- 注6 極成層圏雲
- 冬の下部成層圏(高度20km付近)にできる雲。フロン起源物質の極成層圏雲表面での反応が激しいオゾン破壊を引きこし、オゾンホールが形成される。↑