2011/4/1

精子の機械受容反応の発見とカルシウム依存性鞭毛反応の制御機構の解明

- ウニ精子が障害物を回避して遊泳を続けるメカニズム -

発表者

  • 真行寺 千佳子(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 准教授)

発表概要

東京大学の真行寺千佳子准教授らは、ウニ精子の機械受容反応を発見し、その反応を指標とするという新たな試みにより、精子遊泳方向が精子内部のカルシウム濃度の変化によりどのように制御されるのか、またそのカルシウム濃度の変化はどのような膜タンパク質により調節されているのかを解明した。

発表内容

図1

図1:機械刺激前後の精子頭部の描く軌跡の変化

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図2

図2:カルシウム依存性受容反応モデル

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精子は、卵に向かって移動し、その核内の遺伝情報を卵に受け渡す(受精)という役割を担う。 この時、多くの生物の精子は、鞭毛運動により遊泳するが、卵に向かって正確に遊泳するには、卵の位置や方向を感知すると共に、遊泳方向を調節する機構を備えていなければならない。 精子には走化性という特性があり、卵から放出される誘因物質を同種の精子が感受する仕組みがホヤやウニの精子で知られている。 一方、精子が遊泳方向を変化させる特性は、遊泳の駆動力を担う鞭毛(注1)の特性と深く関連している。 精子のみならず、鞭毛や繊毛を使って運動を行う生物や細胞にはカルシウム依存性反応(注2)が広く見られるが、卵に向かう精子が遊泳方向を変えることができるのは、このカルシウムによって鞭毛の打ち方が変化することによっている。 同様の反応は機械刺激(注3)や光の刺激によっても引き起こされることから、カルシウム依存性の反応は、重要な刺激受容反応である。 カルシウム依存性鞭毛反応は、連続したいくつかの反応が短時間に起こるという特徴をもつ。 このため、その機構を解明することは容易ではない。 しかし、今回、ウニ精子において機械刺激により誘導される、機械受容反応を発見したことによって、カルシウム依存性鞭毛反応の機構の解明が実現できることとなった。

鞭毛・繊毛は外界からの刺激に応じて運動方向を制御する機能を持ち、この制御にカルシウムが重要な役割を果たす。 このカルシウム依存性鞭毛反応の制御機構については古くから研究がなされ、なかでもゾウリムシが障害物にあたった時に遊泳方向を変える回避反応は、詳しく解析されている。 それによれば、機械刺激によって生じた細胞膜の脱分極が引き金となり、細胞外からのカルシウムの流入が起こり、細胞内カルシウム濃度が一過的に増大し、その後減少する。 この変化に応じて繊毛打の方向が変化する結果、細胞体の遊泳方向が変化する。 今回われわれは、ウニ精子においても類似のカルシウム依存性機械受容反応があることを発見した。 ゾウリムシでは、体表の繊毛が数千本あるため、繊毛の運動変化とカルシウム濃度の変化とを対応づけて解析することは難しく、その実体は不明であった。 しかし、ウニ精子では鞭毛が1本しかないので、この解析が可能となると期待された。

ウニ精子の機械刺激による運動の変化を詳しく見ると次のようになる。 スライドガラス面近くのウニ精子は、円を描くように遊泳する(図1A,右図のCB)が、その遊泳軌跡内にガラス微小針を挿入して、精子頭部先端が針にぶつかるように操作すると、屈曲波形を繰り返し伝えながら前進遊泳していた鞭毛が一時的に停止(Q)する。 このとき、精子頭部は停止前とは反対方向を向く。 さらに、その後鞭毛運動を回復した精子は直進性の高い遊泳軌跡(S)を示す。 この結果、精子は障害物(実験ではガラス微小針)を回避することになる。 やがて鞭毛の波形は通常に戻り再び円軌跡を描くように泳ぐ(CA)。 この一連の反応にはカルシウムが必須であり、海水中にふくまれるカルシウム濃度条件(10 mM;図1A)では、例外なくこの順序で反応が起こる。 一方、カルシウムを含まない海水中では精子はガラス微小針の周辺で遊泳を続ける(図1B)。

ウニ精子では機械刺激により、精度よく再現性のある反応を繰り返し誘導することができる。 このことは、機械受容反応が、精子の遊泳中に通常繰り返し誘導される生理的反応であることを反映していると考えられ、カルシウム依存性反応の機構を解明するのに適した、これまでにない新しい実験系であることを示唆する。 そこで、この反応を用いて、今回2つの大きな課題の解明に挑んだ。 1つ目は、遊泳方向制御と細胞内カルシウム濃度との関係を明らかにすることである。 これまで、遊泳方向の制御は鞭毛打の非対称性の増減により決定されると考えられており、この非対称性が、カルシウム濃度に依存して変化すると考えられてきた。 しかし、その変化の仕方についてはまだよくわかっていなかった。 今回、蛍光カルシウム指示薬(インジケーター)であるFluo4を精子内に導入し、カルシウム濃度と機械受容反応との同時測定を試みた。 その結果、細胞内カルシウム濃度は、円軌跡を描くCAとCBの時に低く、停止を示すQの時に最も高く、直進遊泳時のSでは中間の高めの濃度であることが明らかとなった。 この結果は、鞭毛打の対称性の変化はカルシウムの特定の濃度によって誘導されるのではなく、濃度の時間的変化と関係して誘導されることを示している。

2つ目の課題は、カルシウム濃度調節にどのような膜タンパク質(注4)が、どのように関わるのかを明らかにすることである。 ウニ精子で重要と考えられている主な膜タンパク質についてそれぞれの阻害剤をもちいたときに、機械刺激により誘導される一連の反応がどのように変化するか、どの段階で阻害されるかに注目して解析を行った。 その結果、機械受容チャネルの阻害剤として知られるガドリニウム、あるいはL型の電位依存性カルシウムチャネル阻害剤のベラパミルの存在下では、微小ガラス針衝突により通常誘導される機械受容反応が誘導されず、カルシウム濃度がゼロの時と同様の反応が見られた。 従って、これら2種類のチャネルタンパク質が、機械受容反応の初期段階の停止反応Qを誘導する過程を担うと推測される(図2;赤矢印)。 ウニ精子ではこれらチャネルタンパク質の他に、細胞膜 Ca2+ - ATP分解酵素(PMCA)、K+-依存性Na+/Ca2+ exchanger(NCKX)、シアル酸含有糖タンパク質フラジェラシアリン(注5)の3つが、カルシウムの流出入に関わる膜タンパク質の候補として報告されているが、これらの働きはわかっていなかった。 PMCAの阻害剤、NCKXの阻害剤、フラジェラシアリンのモノクローナル抗体を用いて機械受容反応への阻害効果を検討した結果、鞭毛停止反応後のカルシウム排出には,3種類のタンパク質が相互に関与していることが明らかとなった。 停止反応Qから直進遊泳Sへの変化の過程にはPMCAとフラジェラシアリンの系が主に関わり、その後のCAへの変化を誘導する過程にはNCKXが関わると推測される(図2;緑と青矢印)。 これら3種類の相互調節の実体は今後の解明を待ちたい。

機械刺激に反応して誘導される機械受容反応は、生命現象において重要な刺激反応機構の一つであり、その機構の概要が解明されたことは大きな意義をもつ。 さらに、今回開発した手法は実験系として再現性にすぐれ有用であり、今後鞭毛におけるカルシウム依存性反応の理解を深めて行く上で重要な手法の一つとして位置づけられる。 今回の成果では、機械受容反応におけるカルシウム動態の概要が解明されたが、今後この実験系を発展させることにより、さらに定量的な解明が期待できる。 また、今回得られたカルシウム濃度調節機構に関する成果は、他の細胞におけるカルシウム依存性反応機構の理解にも大きく貢献することが期待される。

本研究は、科学研究補助金(文部科学省)基盤研究(B)(No. 22370028 for C. Shingyoji; No. 21370030 for M.Y.)、特定領域研究 (No. 21026006 for C. Shingyoji; No. 21026008 for M.Y.)、基盤研究 (C) (No. 20570107 for C. Sato)、および林女性自然科学者研究助成基金 (for C. Sato)の研究支援を受けて行った。

発表雑誌

日本細胞生物学会 Cell Structure and Function誌(online Journal) 36巻 69-82ページ 4月1日(金)掲載

タイトル:
Mechanism regulating Ca2+-dependent mechanosensory behaviour in sea urchin spermatozoa
著者:
蒲原祐花・柴小菊・吉田学・佐藤ちひろ・北島健・真行寺千佳子
東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻、東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所、名古屋大学生物機能開発利用研究センター)

用語解説

注1: 鞭毛
真核生物に見られる運動装置。鞭毛と繊毛は、同じ構造を持つ。屈曲の周期的形成と伝播の結果、振動運動を行い、一定方向への細胞体の移動や、水流を起こす。
注2: カルシウム依存性反応
鞭毛・繊毛の細胞膜のカルシウムチャネルなどの働きにより引き起こされる。細胞外からのカルシウムの流入による細胞内のカルシウム濃度の一過的増加と、それに引き続いて起こる細胞内からのカルシウムの排出による細胞内カルシウム濃度の減少によって誘導される鞭毛・繊毛の運動変化。細胞内カルシウム濃度の一過的増加は、運動の停止、または、運動波形の変化を引き起こす。
注3: 機械刺激
変形やひずみなどを引き起こす物理的刺激。力学刺激ともいう。この実験では、精子頭部先端の膜がガラス微小針にぶつかって変形し、それにより機械受容チャネル、続いて同じく頭部にあるカルシウムチャネルが活性化する。
注4: 膜タンパク質
細胞膜に一部が埋め込まれていて、細胞内外のさまざまな情報のやり取りなどに関わるタンパク質。カルシウムの細胞内外の出入りに関与しているものとしては、カルシウムチャネル、細胞膜 Ca2+ - ATP分解酵素(PMCA)、K+-依存性Na+/Ca2+ exchanger(NCKX)などの多くの種類が知られている。
注5: フラジェラシアリン
細胞外に複数の長い糖鎖(シアル酸をふくむ)を持つ糖タンパク質の一種。ウニの精子の膜においてのみ、特別の糖鎖結合様式が見られ、これをフラジェラシアリンと呼ぶ。細胞膜に埋め込まれた部分を介したカルシウムの出入りは起こらないが、カルシウム濃度調節に関与すると予想されている。しかし、その機能は不明である。