2011/2/21

オゾンとエアロゾル粒子の反応における活性酸素中間体の発見

- 大気汚染におけるアレルギー物質の生成に重要な関与 -

発表者

  • 白岩 学(マックスプランク化学研究所生物地球化学科 博士課程3年(ドイツ)
    東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻
    東京大学-文部科学省長期海外留学支援制度生)
  • ウルリッヒ ペッシェル(マックスプランク化学研究所生物地球化学科研究室長(ドイツ))
  • マーカス アンマン(ポール・シェラー研究所 放射・環境化学部 研究室長(スイス)

発表概要

大気中に浮遊するエアロゾル粒子とオゾンの表面反応において、1分以上存在できる寿命の長い活性酸素中間体が生成していることを発見しました。 この中間体は、がんやアレルギーを引き起こす有害な大気汚染物質を生成し、重大な健康影響を引き起こします。 この長寿命中間体の発見により、10年以上も謎とされてきた、オゾンの表面での吸着時間に関する実験と理論値の間の10億倍ものズレの矛盾を解明しました。

本成果は、東京大学-文部科学省長期海外留学支援制度を利用して、ドイツ-マックスプランク化学研究所(注1)の博士課程に留学中の白岩学とその指導教官であるウルリッヒ ペッシェル研究室長(マックスプランク研究所)らにより得られたものです。 なお、実験はスイスのポール・シェラー研究所のマーカス アンマン博士との共同研究で、放射実験施設を利用して行いました。

発表内容

図1

図1:オゾンと大気エアロゾルの表面反応の概略図

オゾンがエアロゾル表面に吸着して、活性酸素中間体を生成し、これが多環芳香族炭化水素と反応して発がん性の高い物質が生成されます。

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図2

図2:タンパク質のアミノ酸基のニトロ化

オゾンとタンパク質が反応することで活性酸素中間体が生成し、これがさらに二酸化窒素と反応することでアミノ酸基がニトロ化(NO2の付加)されます。写真の右は、元来の白いたんぱく質ですが、ニトロ化されると左のように黄色くなります。これが人体に取り込まれると、アレルギーを引き起こすことが報告されています。

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図3

図3:活性酸素種の大気と生理現象への影響

活性酸素中間体は、大気中での反応や代謝で生成され、大気汚染の健康影響や生理現象への悪影響に大きく関与していると考えられます。

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大気中には、車や工場からの排出物や植物などから放出される微粒子からなるエアロゾル粒子が数多く浮遊しています。 これらが人体に取り込まれ、重大な健康被害を引き起こします。大気汚染物質の中で特に有害なのが、不完全燃焼過程やディーゼル車などから大気中に放出される多環芳香族炭化水素(注2)です。 これが肺に取り込まれると、アレルギーや発がんの原因となります。 また、この物質が大気中でオゾンと反応すると、さらに有害性の高い物質へと変質します。 その他、花粉や胞子などの生物起源粒子中のタンパク質も、大気中でオゾンと二酸化窒素と反応し、アレルギー性を大きく向上させる可能性も指摘されています。

このような大気中でのオゾンとエアロゾル粒子の表面反応は、これまで活発に研究されてきました。 この反応過程はオゾンがエアロゾル表面への吸着、そして吸着したオゾンがエアロゾル粒子と反応するプロセスで、ラングミュア-ヒンシェルウッド機構として知られています。 粒子表面でのオゾンの吸着時間は、実験的には約1秒と報告されていますが、量子化学の理論計算ではわずかに約1ナノ秒(10億分の1秒)とされ、この大きな矛盾はこれまで謎とされてきました。

本研究では、オゾンの表面反応において寿命の長い活性酸素中間体(注3)が生成していることを発見し、この大きな矛盾を解明しました。 まず、独自に開発したエアロゾル化学反応モデルを用いて、オゾンが多環芳香族炭化水素の表面において酸素原子と酸素分子に分解し、この酸素原子が粒子の表面に化学吸着して1分以上存在できることを証明しました。 酸素原子の反応性の高さを考えると、これは驚くべき長寿命です。 図1に示すように、この酸素原子は多環芳香族炭化水素を酸化し、キノンという発がん性の高い物質を生成します。

さらに多環芳香族炭化水素とは化学構造が大きく異なるタンパク質粒子の表面においても、オゾンとの反応により長寿命な活性酸素中間体が存在するとの実験的証拠を得ました。 この活性酸素中間体は引き続き二酸化窒素と反応し、タンパク質中のアミノ酸基をニトロ化することも判明しました(図2)。 今回の実験結果は、大気中に浮遊する花粉や胞子などのタンパク質を含む粒子が、スモッグなどの汚染空気塊において、効率よくオゾンと二酸化窒素によってニトロ化(NO2が付加すること)されていることを明らかにしました。

今回我々が見出した長寿命の活性酸素中間体は活性酸素種の部分集合と考えられます。 図3に示すように、大気中では光化学反応や表面反応において活性酸素中間体が生成され、大気汚染物質と反応して人体に有害な物質を生成します。 また、エアロゾル粒子のガスからの二次生成に関与して気候に影響を与えるなどの多様な働きを有します。 一方、生体では代謝などにより生成され、細胞死や老化を引き起こすことが知られています。 活性酸素種は、植物の葉の表面やヒトの肺胞での反応を通して、大気化学反応と生理現象のプロセスを連結しています。

本研究は、2つの点で大きな意義があります。 第一に、今まで実験結果と理論計算の矛盾があった基礎的な化学反応過程を解明した学術的な意義です。 第二に、大気汚染物質の健康影響という観点から、活性酸素中間体がアレルギーやがんの原因物質の生成に大きく寄与するしくみが説明された点です。 今後、この活性酸素中間体が大気中や生体内でどのように生成され、それがどのような化学反応を引き起こすかを明らかにすることで、大気汚染物質による健康影響の解明がさらに進むものと期待されます。

発表雑誌

タイトル
The role of long-lived reactive oxygen intermediates in the reaction of ozone with aerosol particles
(エアロゾル粒子とオゾンの反応における寿命の長い活性酸素中間体の役割)
著者
白岩学(Manabu Shiraiwa), Yulia Sosedova, Aurélie Rouvière, Hong Yang, Yingyi Zhang, Jonathan P. D. Abbatt, Markus Ammann, Ulrich PÖschl

英国科学誌「Nature Chemistry」2011年2月21日(月)(日本時間午前3時)付でオンライン版に公開。出版日3月24日予定。

用語解説

注1: マックスプランク化学研究所
ドイツのマインツ市にある大気環境化学を専門とする国立の研究所。80あるマックスプランク研究所の中で最も古い。これまでにノーベル化学賞を3人輩出し、オットー・ハーン研究所とも言われる。
注2: 多環芳香族炭化水素
図1のようにベンゼン環が縮合した構造を持つ。主要な大気汚染物質の一つで、毒性があり発がん性をもつ。
注3: 活性酸素中間体
オゾンの表面反応で生成した中間体。酸素原子、フリーラジカルなどがこれに含まれる。