エンジンをつけた微小粒子を実現
発表者
- 佐野 雅己(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 教授)
- 江 宏仁(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 特任研究員)
- 義永 那津人(京都大学福井謙一記念研究センター 福井センターフェロー)
発表概要
水中の微粒子は、周りの水分子に突き動かされてランダムなブラウン運動(注1)を行う。 我々は、微小粒子の片面を加工し、粒子に向きを導入することにより、一様に照射したレーザー中で自らの向きに従って泳ぐ粒子を実現し、その原理を明らかにした。
発表内容
漱石の小説「三四郎」中に、東大の地下室で野々宮さん(寺田寅彦がモデル)が光の圧力の実験を行うエピソードが紹介されているように、光の圧力で小さな物体が光に押されて運動する現象は古くから知られている。 一方、粒子に外から力が働かない場合、微粒子は酔っ払いのようにランダムな運動をする。 後者の現象も、ブラウン運動と呼ばれ、広く知られた現象である。 ブラウン運動は、水中や空中に浮遊した小さな物体では必ず起こるため、微小な生命体やマイクロマシンなど小さな物体が水中で泳ぐためには、ランダムな運動に打ち勝つ必要があり、常に忙しく周りの流体を漕ぎ続けなければならない。 したがって、もし我々が水中で泳ぐマイクロマシンを作ろうとすると、ブラウン運動に打ち勝つことと、どうやってマイクロマシンにエネルギーを供給するかという二つの問題に直面することになる。 今回の研究で我々は、光によって粒子にエネルギーを供給するとともに、光の方向によらずに自らの向きに従って運動する粒子を作ることに成功した。
周囲からエネルギーを取り込んで自ら動き回る粒子(自己推進粒子)を作る研究は、現在多方面で行われている。 これまで実現された自己駆動粒子には、例えば白金を表面にコートし、周囲の化学物質を触媒反応で分解しながら動き回るものや、外部から粒子の周囲に塩濃度などの勾配を形成させて粒子を駆動するものなどがあった。 これらの自己駆動粒子は、粒子の前後が非対称になっており、粒子の前後で溶液から受ける力が異なるため前後どちらかに推進することができる。 しかし、これらの方式では溶液を定期的に入れ替える必要があるだけでなく、外部の環境を変化させたい場合にも時間がかかるという難点があった。 本研究では、球形粒子(直径1ミクロンのシリカビーズおよび直径3ミクロンのポリスチレン粒子)の半球面だけに金をコートし、前後で光学的な性質が異なる非対称粒子(注2)を作成した。 この粒子を水中に入れ、焦点をぼかして広げた赤外レーザーのビームを照射すると、非対称粒子が金をコートした面を後ろにして推進運動することを見出した(図1,図2)。 粒子の速度は数ミクロン/秒であり、数秒ほど直進した後、ブラウン運動により向きを変えながら周囲を動き回る。 また、2つの粒子を接合し、片方を基盤に接着すると、レーザー照射により回転運動を行うモーターが実現でき、回転速度はレーザーのパワーに比例した。さらに、粒子の運動方向を反転させる方法も見出した。
粒子が動く原因は、実験と理論から次のように理解された。 赤外レーザーは粒子の金コートされた半球側で吸収され発熱し、周囲の水の温度を2℃ほど上昇させ、粒子の周りに局所的な温度勾配を生じる。 温度勾配があると物質が輸送される現象は、熱泳動現象(注3)として知られているが、今回の発見は、粒子の非対称性のため粒子自身によって作られた局所的な温度勾配によって粒子が移動する現象であり、自己熱泳動と呼ぶことができる。 この実験系では、光の圧力以外に外部から力は加えられていないため、粒子が一方向に動くためには、周囲の流体を逆方向に押し出すことが必要と考えられた。 そのため、粒子の周囲の温度分布や流れ場の可視化を行った。 その結果、前後の温度分布の非対称性、粒子の運動と逆方向の流体運動が観測され、粒子が流体を掻き出している様子が明らかとなった。 またこれらの結果は、流体力学に基づく理論的な計算結果とほぼ一致した。
今後の波及効果としては、マイクロ流路中などで自ら動く物質や、薬剤を輸送するシステムの開発につながる可能性がある。 一般に、熱泳動現象は、粒子や分子をその大きさや性質によって分離し、輸送する手段として工業的にも薬品開発にも利用されている。 非対称な粒子や分子は広く存在するため、非対称物質の温度勾配中における輸送現象を理解することは応用上も重要である。 これらの研究を通して、ミクロな世界で動くための原理を明らかにすることは、将来的には生物分子モーターなどの原理の理解につながる可能性がある。 また、自ら動くことの研究を通して我々は、究極的には生物の自発性とは何かという問題に迫りたいと考えている。
発表雑誌
- Physical Review Letters (アメリカ物理学会)、
- Phys. Rev. Lett. 105, 268302 (2010)号、
- オンライン掲載日 2010年12月20日、雑誌発行日2010年12月31日
- Viewpoint in Physicsでハイライト紹介された。
- Debut of a hot “fantastic voyager”