2010/12/21

エノラートの化学の歴史を塗りかえる画期的新手法を開発!

—触媒量のケイ素でのアミドα炭素の活性化とエノラート生成に成功—

発表者

  • 小林 修(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 教授)

発表概要

極めて困難であると思われていた、触媒によるアミドのα炭素の活性化を、ケイ素を用いて世界で初めて実現しました。 また、さらに活性中間体と考えられるケイ素エノラートを世界で初めて触媒量(原料よりも分子数において少ない量)のケイ素源で発生させることができました。 これらは、エノラートの化学の歴史を塗りかえる画期的な成果です。

発表内容

図1

図1:アミドとケトンの構造

アミド内にはアミド結合と呼ばれる構造があり、この性質によりα位の炭素の反応性がケトンと比較して低い

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図2

図2:ケイ素エノラートを経る方法と直接型の方法

今回開発した方法では、直接型の反応が進行するため、反応が1工程ですむ。

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図3

図3:想定している反応機構

ステップ1−3が1回の工程で進行する。

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医薬品や化成品などを生み出す有機合成において、炭素—炭素結合生成反応は分子の基本構造を形作る重要な反応であり、多くの研究者がより優れた反応を目指して開発研究を行っています。 これまでに数多くの炭素—炭素結合生成反応が開発されていますが、アミドと呼ばれる広く用いられている分子のα位の炭素(カルボニル基の隣の炭素、図1参照)において触媒的に(少量の触媒で)炭素—炭素結合を作るのは容易ではありませんでした。

アミドは、ケトンやアルデヒドとともにカルボニル化合物に分類される、アミド結合を有する分子です。 図1にアミドの一種であるジメチルアセトアミドの構造を示します。 アミド結合は生体のタンパク質に含まれる結合であり、タンパク質はその構成成分であるアミノ酸同士がアミド結合を介して次々と連結した構造をとっています。 このようなアミド結合のα炭素を自在に反応させることが可能であれば、医薬品や化成品などの開発への応用への道が開けると期待されますが、アミド結合に隣接する炭素は、アミドと類似の構造を有するケトンやアルデヒドに比べて極めて反応性が低いために、反応開発がほとんど行われていませんでした。

ケトンやアルデヒド等のカルボニル化合物のα位の炭素は反応性の高いことは広く知られており、これまでに数多くの炭素—炭素結合生成反応が開発されてきています。 これは、ケトンやアルデヒドのα位の炭素と、その炭素に結合している水素との結合を切断するのが容易であるからです。 それに比べて、アミドのα位の炭素と水素との結合を切断するのは容易ではなく、長年の課題となっていました。 一方で、カルボニル化合物の反応性や選択性を高めるためにいったん反応性の高いケイ素エノラートに変換して炭素—炭素結合生成反応を行う方法が広く用いられていますが、最近ではケイ素エノラートに変換することを不要とする直接的な反応の開発が盛んに行われるようになりました(図2)。 しかしながら、この方法ではアミドを直接的に反応させることはできませんでした。

当研究室においては、ケイ素を触媒量用いることにより、世界で初めてアミドのα位の炭素と水素との結合を切断して触媒的に炭素—炭素結合を生成させることに成功しました。 本研究においては、アミドに対してケイ素トリフラートおよびアミンを触媒量加えることで、アミドのα位の炭素がもう一方の基質であるイミンとの間で炭素—炭素結合を生成することを明らかに致しました。 想定している反応機構を図3に示します。 反応中間体としてケイ素エノラートが発生し(ステップ1)、イミンと反応し(ステップ2)、外れたケイ素が再びアミドと反応してケイ素エノラートを生成する(ステップ3から再びステップ1)と考えており、これらの三つのステップがフラスコ内で繰り返されていると予想されます。 

この方法では原料であるアミドに対して大幅に少ない量(触媒量)のケイ素を用いるだけでケイ素エノラートが生成していると考えられます。 ケイ素エノラートの化学においては、ケイ素エノラートの生成のためにはケイ素は必ず化学量論量(原料と同量)以上必要でした。 このため、ケイ素量を触媒量にまで減らしてもケイ素エノラート生成を経て目的の反応を進行させることができる本手法は世界初であり、ケイ素エノラートの歴史を塗りかえる画期的なものです。

また、原料としてはアミドの他、ケトンも同じように触媒量のケイ素で反応することがわかりました。 また、反応性の低いイミンを用いる場合は銅トリフラートをさらに添加することで反応が進行しました。 さらに、本手法を用いて触媒的な不斉合成(注1)も可能であることが明らかになりました

本成果は、反応性の低いアミドのα位炭素を触媒量のケイ素化合物を用いて反応させた点、活性中間体であると考えられるケイ素エノラートを触媒量のケイ素源で発生させた点において世界で初めてです。 このことは、基礎研究としても画期的であるばかりでなく、今後の医薬品や化成品の合成手法の革新につながるものであると期待されます。

発表雑誌

‘Catalytic Silicon-Mediated Carbon-Carbon Bond –Forming Reactions of Unactivated Amides’, S. Kobayashi, et al., Journal of the American Chemical Society
(オンライン掲載 12月20日(月)予定)

用語解説

注1: 不斉合成
右手と左手の関係にある化合物のうち、必要とする片方の化合物を選択的に合成する手法。