細菌の遺伝子発現を阻害する新たな仕組みを発見
発表者
- 横山 茂之(東京大学大学院理学系研究科構造生物学社会連携講座 教授(兼任)、理化学研究所生命分子システム基盤研究領域 領域長)
- 関根 俊一(東京大学大学院理学系研究科構造生物学社会連携講座 特任准教授、理化学研究所生命分子システム基盤研究領域システム研究チーム 客員研究員)
- 田上 俊輔(理化学研究所生命分子システム基盤研究領域システム研究チーム 特別研究員)
発表概要
細胞における遺伝子発現では,まずDNAの塩基配列を写し取ってRNAが合成され,次にそのRNAの配列をもとにタンパク質が作られます. この一連の流れはセントラルドグマと呼ばれ,すべての生命活動を支える中心的な仕組みです. RNAポリメラーゼは,セントラルドグマの最初の段階であるRNAの合成をつかさどる巨大なタンパク質で,すべての生物に必須です. 今回我々は,細菌のRNAポリメラーゼの立体構造を,その働きを阻害するタンパク質が結合した状態で解明することに世界で初めて成功し,RNAポリメラーゼの働きを阻害するユニークな機構を明らかにしました. この成果は,新しい作用機構に基づく新規抗菌剤の開発等の基礎となることが期待されます.
発表内容
1. 背景
DNA(注1)は生命の設計図であり,細胞を形作ったり,その活動を支えたりするための遺伝子を含んでいます. 細胞は,DNAに含まれる遺伝子のすべてを常に利用しているわけではなく,その時々の状況に合わせて必要な遺伝子をDNAから読み出して使用しています. RNAポリメラーゼは,DNA上で必要な遺伝子を見つけ出し,その部分のDNAの塩基配列をコピーしてRNA(注2)という分子を合成します(図1). これを転写(注3)と呼び,すべての生物において遺伝子が働くために必須な過程です. したがって,RNAポリメラーゼは生物にとって不可欠であり,現在利用されている抗生物質の中には細菌のRNAポリメラーゼを標的とすることで細菌の繁殖を抑えるものがよく知られています. 一方,細胞内では,転写因子(注4)と呼ばれるタンパク質群がRNAポリメラーゼの働きを制御し,正確な遺伝子の発現を実現しています. 細胞での遺伝子発現を制御する仕組みを理解するためには,RNAポリメラーゼと転写因子の作用メカニズムを明らかにすることが重要です. これまで,遺伝子発現の調節の仕組みに関しては,「オペロン説」(注5)のように,DNAに結合してRNAポリメラーゼの働きを間接的に調節する転写因子について,詳しく調べられてきました. これに対して,RNAポリメラーゼに直接に結合して働きを制御する転写因子については,その仕組みがほとんど調べられていませんでした.
RNAポリメラーゼは,複数のタンパク質からなる巨大な複合体です. 我々は,RNAポリメラーゼに直接に結合する転写因子による遺伝子発現(転写)制御の仕組みを理解するため,この巨大なRNAポリメラーゼにさらに転写因子が結合した瞬間の形をとらえ,転写因子の作用メカニズムを解明することを目指しました. このように複雑なタンパク質の立体構造解析は非常に困難で,今日までにその成功例はごく僅かしかありません. 特に,抗生物質の標的となりうる細菌のRNAポリメラーゼに転写因子が作用する状態の構造については現在まで全く報告がありませんでした.
2. 研究目的
RNAポリメラーゼに直接に結合して働きを阻害する転写因子について,その仕組みを明らかにすることを目的としました. 今回,我々は,細菌のRNAポリメラーゼを阻害することが知られているGfh1という転写因子に着目し,立体構造に基づく阻害の仕組みの解明を試みました.
3. 方法
我々はGfh1がRNAポリメラーゼに対してどのように働き,ポリメラーゼを抑制するのかを解明するために,Gfh1がRNAポリメラーゼに作用している瞬間の状態,すなわちGfh1がRNAポリメラーゼと結合している状態の立体構造解析に取り組みました. 立体構造の解析にはX線結晶構造解析(注6)という手法を用いました. まず,Gfh1と結合したRNAポリメラーゼの結晶の作製に取り組み,これに成功しました. 更に,大型放射光施設SPring-8やスイスの放射光施設の放射光を用いてX線回折実験を行ない,Gfh1が結合した状態のRNAポリメラーゼの立体構造を決定しました. その構造から以下のことが明らかになりました.
4. この研究で得られた結果,知見
本研究では,転写阻害因子と結合したRNAポリメラーゼの立体構造の解析に世界で初めて成功しました(図2). Gfh1はとがった形をしており,RNAポリメラーゼがRNA合成の材料を取り込む穴にはまり込むことにより,その穴をぴったりとふさぎ,材料の供給を遮断していることが明らかになりました(図3). さらに驚いたことに,Gfh1と結合したRNAポリメラーゼの形は,通常のRNA合成中の形から大きく変化していました. RNAポリメラーゼはカニのハサミのような形をしており,DNAからRNAを合成する際には,そのハサミでDNAをしっかり挟み込むことが知られていますが,Gfh1と結合することで,RNAポリメラーゼのハサミが大きく開き,DNAとの結合が弱められていることが分かりました. Gfh1は,RNAポリメラーゼに刺さってハサミを開いた状態で固定し,それによってRNAポリメラーゼの働きを停止させていました(図3). 今回のハサミが開いた状態のRNAポリメラーゼの立体構造は世界で初めて観察されたものであり,これまで予測されていなかったものです. また,このハサミが開いた状態をとらえて固定することによりRNAポリメラーゼを阻害するという機構も,既存の抗生物質によるRNAポリメラーゼの阻害機構とは全く異なるものでした.
5. 研究の波及効果・今後の課題
今回観察されたRNAポリメラーゼの構造変化は,RNAポリメラーゼがRNAを合成しながらDNA上を移動する過程などで重要な役割を演じているものと予想されます. したがって,従来は全く想定されていなかったRNAポリメラーゼの構造変化によるRNA合成機構の解明の出発点として,今回の結果は非常に重要な意味を持つものです.
また,今回発見された細菌のRNAポリメラーゼを阻害する新規メカニズムを利用した新たな抗生物質の開発も期待されます.
本研究は理化学研究所生命分子システム基盤研究領域との共同研究により行われました. また,本研究は日本学術振興会 科学研究費補助金(20247008, 17770083),グローバルCOEプログラム,文部科学省 ターゲットタンパク研究プログラムの支援を受けて行われました.
発表雑誌
Nature誌オンライン版に2010年12月1日掲載予定
- タイトル
- “Crystal structure of bacterial RNA polymerase bound with a transcription inhibitor protein”
- 著者
- 田上俊輔,関根俊一,Thirumananseri Kumarevel,樋野展正,村山祐子,亀ヶ盛俊介,山本雅貴,坂本健作,横山茂之
用語解説
- 注1: DNA,塩基配列
- DNAはデオキシリボ核酸の略号.直鎖状の分子に,アデニン(A),グアニン(G),チミン(T),シトシン(C)の4種類の塩基が結合している.結合している塩基の順番(塩基配列)に細胞の遺伝情報が暗号化されている. ↑
- 注2: RNA
- リボ核酸の略号.DNAとよく似た組成・構造をもつ分子.遺伝子情報のコピーとして利用される(伝令RNA).また,それ自体が機能を持つ分子として働くこともある(運搬RNA,リボソームRNAなど). ↑
- 注3: 転写
- RNAポリメラーゼによってDNAの塩基配列がコピーされ,RNAが合成される反応.遺伝情報の発現(セントラルドグマ)の第一段階. ↑
- 注4: 転写因子
- RNAポリメラーゼの働きを調節するタンパク質.RNAポリメラーゼの働きを強めるものや弱めるものがある.また,RNAポリメラーゼに直接結合して働く転写因子の他にも,RNAによってコピーをとられるDNAに結合することでRNAポリメラーゼの働きを制御する転写因子などがある. ↑
- 注5: オペロン
- DNA上の特定の領域(オペロン)の転写が,その領域の末端にある特異な配列(オペレーター)とそれに結合する転写因子によって制御されている. ↑
- 注6: X線結晶構造解析
- 結晶化した分子にX線を照射し,その回折像を得て,結晶内部の分子構造を調べる手法.タンパク質の構造を解析するための最も強力な手法のひとつである. ↑