2010/11/12

昭和基地に世界初の南極大型大気レーダーを設置

- 地上から高度500kmまでの精密観測により新しい南極大気科学を展開するPANSY計画 -

発表者

  • 佐藤 薫(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 教授)
  • 堤 雅基(国立極地研究所 研究教育系宙空圏研究グループ 准教授)
  • 山内 恭(国立極地研究所 研究教育系気水圏研究グループ 教授)

発表概要

世界初の南極大型大気レーダーを昭和基地に設置する。 アンテナ約1000本からなるレーダーにより、地上1~500kmの大気を、既存の測器とは桁違いの高精度で観測する。 極中間圏雲(注1)やオゾンホールなど人間活動の影響が強く反映される大気現象などを明らかにして、南極大気の科学を推進し、地球気候における南極の役割を明確化する。

発表内容

図1

図1:PANSYレーダーのイメージ図

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図2

図2:PANSYレーダーの仕様

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図3

図3:PANSYの研究テーマ

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第52次南極地域観測隊により、南極昭和基地に世界で初めての南極大型大気レーダーの建設が開始されることになりました。 VHF帯の電波を使うこのレーダーは、大気中至る所に存在する乱流からの散乱を受信することで、降水の有無に関わらず風(大気の流れ)を約1分毎に高精度で観測できます。 特に、大気の上下結合を調べる鍵となる風の鉛直成分の観測は、この周波数帯のレーダーでしか観測できません。

極域大気、特に南極大気は環境が苛酷であるため他の緯度帯に比べて観測的研究が遅れています。 しかし、極域は、地上から高度50kmの対流圏および成層圏においては大気の大循環の終着点であり、高度50~90kmの中間圏の夏には大気大循環の出発点であるというように、地球大気において重要な位置を占めています。 10km以上での大気大循環は大気中の波により駆動されていると考えられていますが、とくに重力波(注2)と呼ばれる振幅の小さく周期の短い波は観測が困難でその定量的な理解はまだできていません。 そのため、現在の気候モデルではこの重力波効果がうまく取り込めておらず、成層圏低温バイアス(注3)の問題があります。 また、太陽風エネルギーは地球の磁気圏から極域の電離圏に流れ込み、オーロラ(注4)などの発光現象をおこしています。 中低緯度では、おもに中性大気から電離大気への一方的な影響がありますが、極域大気では電離大気から中性大気への影響もあるのが特徴です。 その科学的理解は進んでおらず、重力波も観測可能なPANSYレーダーで初めて解明されることが期待されています。

また、南極には、カタバ風(注5)・オゾンホール・極成層圏雲(注6)・極中間圏雲(夜光雲)・オーロラなどの中緯度や熱帯にはない大気現象が見られます。 このうちオゾンホールや極中間圏雲は人間活動と深く関連すると考えられていて、その研究は地球気候の現状を理解し将来を予測する上で重要です。 PANSYレーダーは、このような南極の大気現象を全て精密に観測し、これまでとは桁違いのレベルで理解するための観測器となります。 PANSYレーダー観測によって、南極大気の地球気候での役割が明確になり、温暖化等地球気候の予測精度が向上すると考えられています。

用語解説

注1: 極中間圏雲
夏の上部中間圏にできる雲。太陽が沈んだ真夜中にブルーグレーに輝いて見えるので、夜光雲とも呼ばれる。産業革命以前は記録がないため人間活動に関連して出現するようになったと考えられている。最近では中緯度にも表れることがある。気候変動のカナリア。 
注2: 重力波
浮力を復元力とする小さな大気中の波。相対論における重力波とは別物である。山や低気圧、ジェット、対流などが発生源。上方に運動量を運び、大循環を引き起こす。この大循環に伴う上昇・下降流が極域の温度構造に大きく影響する。オゾンホールをもたらす極成層圏雲量の予測には重力波の大循環駆動力を定量的に知る必要がある。 
注3: 成層圏低温バイアス
現在の気候予測モデルが持つ系統誤差。冬から春にかけて成層圏の気温が低くなってしまう。大循環を引き起こす重力波効果が正確にモデルに取り込めていないためと考えられている。 
注4: オーロラ
宇宙空間からの強いエネルギー粒子の流入により大気が発光する現象。 
注5: カタバ風
放射冷却により冷えて重くなった空気が大陸斜面を滑り降りる流れ。大陸規模なので、南半球循環にも大きく影響するといわれている。 
注6: 極成層圏雲
冬の下部成層圏にできる雲。フロン起源物質の極成層圏雲表面での反応が激しいオゾン破壊を引きこし、オゾンホールが形成される。