2010/10/04

貴金属(金、白金、パラジウム)の新しい触媒作用を発見!

- ナノテクノロジーを駆使した革新的なグリーンプロセス基盤技術 -

発表者

  • 小林 修(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 教授)

発表概要

ナノサイズの貴金属(金、白金、パラジウム)の新しい触媒作用を見いだしました。 これらの金属を組み合わせて用いることで、酸素を用いる環境にやさしい酸化反応プロセスにおいて触媒作用をコントロールすることができます。 本技術により、同一のアルコール原料から、有用な化合物であるアルデヒド、カルボン酸、エステルを自由に作り分けることが可能になりました。 このような作り分けの技術は金を含むバイメタル(注1)を用いる酸素酸化反応で世界初の例であり、工業化を指向した革新的なグリーンプロセス基盤技術として今後の発展が期待されます。

発表内容

図1

図1:アルコールの酸素酸化反応における反応経路のコントロールの模式図。金(Au)—白金(Pt)触媒の存在下(左の経路)では、アルデヒドが生成し、金—パラジウム(Pd)触媒の存在下(右の経路)ではエステルが生成する。いずれも気体の酸素(1気圧)および水—有機溶媒の混合溶媒を用いる。左の経路では有機溶媒としてベンゾトリフルオリド(BTF)を、右の経路では有機溶媒でありエステル原料となるメタノール(MeOH)および塩基である炭酸カリウムを用いる。

拡大画像

図2

図2:固定化したバイメタル触媒による実際の反応スキーム。同一のアルコール(ここでは1−オクタノール)を原料とした場合において、金—白金触媒を用いるとアルデヒドが得られる反応が優先し、金—パラジウム触媒を用いるとエステルが得られる反応が優先する。

拡大画像

図3

図3:金と白金から成るナノクラスター触媒の電子顕微鏡写真とサイズの分布。写真中、黒く粒状に分散して見えているのがナノクラスターであり、平均直径は約2ナノメートル。粒子中の金と白金の数の比率は約1:1。

拡大画像

図4

図4:金とパラジウムから成るナノクラスター触媒の電子顕微鏡写真とサイズの分布。図3と同様、黒く粒状に分散して見えているのがナノクラスター。粒子中の金とパラジウムの数の比率は約4:1~3:1。

拡大画像

代表的な貴金属である金は、不活性な金属として装飾品などに広く使用されていますが、近年になってナノサイズの金クラスター(注2)には特有の触媒活性があることがわかってきました。 特に空気中の酸素を用いる酸化反応は、金クラスター触媒を用いる研究が広く行われています。 アルコールをケトンやアルデヒドといったカルボニル化合物に変換する酸化反応は、工業的に重要ですが、従来用いられていた金属酸化物のような酸化剤は一般に毒性が高く、よりクリーンな酸化剤が求められてきました。 その点、気体の酸素を酸化剤として用いる酸化反応は副生成物が水のみというクリーンな反応が実現できます。 直径数ナノメートル程度の金属ナノクラスターが酸素を用いた酸化反応を活性化させることが明らかにされて以来、酸素を酸化剤とする酸化反応の触媒が精力的に開発されています。 当研究室においては既に、高分子に固定化した(内包させた)金触媒を用いたアルコールの酸素酸化反応を開発しており、この触媒が高活性で取り扱いが容易であるのみならず、回収・再使用可能などの利点を有したグリーンな(環境にやさしい)触媒であることを明らかにしています。 また、二種類の金属を混ぜ合わせることで新たな性質を有する金属種ができる性質を利用し、金と白金から構成されるバイメタルのナノクラスター触媒を高分子に固定化させることにより、より高活性な触媒を開発することに成功しています。

今回、我々は、固定化したバイメタル触媒による酸化反応の研究を進める中で、バイメタルの組み合わせによって、異なる生成物が得られる現象を発見しました。 具体的には、金と白金を組み合わせた場合と、金とパラジウムを組み合わせた場合において、同一のアルコールを原料として用いた場合であっても、前者ではアルデヒドが、後者ではエステルが選択的に得られるというものです(図2)。 白金とパラジウムは同族元素(注3)でありお互い似た性質を有していると考えられているため、この結果は予想外の驚くべき結果でした。 また、金と白金の組み合わせの場合、添加剤として塩基を加えることでアルデヒドの代わりにカルボン酸を選択的に得ることもできました。 これらの結果は、バイメタルの種類によって、たとえ一方の金属が同じ金であっても、他方の金属の種類によって反応経路が変わり、さらにはそれぞれ異なる生成物が得られることを示しています。 金を含むバイメタルを用いる酸素酸化反応において、反応経路のコントロールが可能になったのは本成果が世界で初めてです。 また、アルコールから直接エステルの合成に成功した例は少なく、本手法の適用が期待されます。

これらの触媒を電子顕微鏡で観察したところ、触媒であるクラスターの平均サイズは、金と白金のクラスター及び金とパラジウムのクラスターいずれも約2ナノメートルとほぼ同じサイズでしたが(図3、4)、二種類の原子の数の比率はそれぞれ異なっていることが明らかになりました。 この比率が反応経路の選択性の鍵であることが想像され、解明が今後の課題です。

本成果は、環境にやさしい酸化プロセスにおいて、バイメタルのナノクラスターの触媒としての高いポテンシャルを示したものです。 類似の性質を有すると思われる白金とパラジウムにおいて選択性が切り替わることは極めて興味深い知見であり、バイメタルにとどまらず、さらに複数種類の金属からなるクラスター触媒についても、酸化反応以外も含めて様々な反応の反応経路の精密なコントロールを実現する可能性があると考えられ、環境にやさしい革新的な工業化基盤技術として本研究の今後の発展が期待されます。

本成果は、NEDO(独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託研究「グリーン・サステイナブルケミカルプロセス基盤技術開発/革新的アクア・固定化触媒プロセス技術開発」によって得られたものです。

発表雑誌

Remarkable Effect of Bimetallic Nanocluster Catalysts for Aerobic Oxidation of Alcohols: Combining Metals Change the Activities and the Reaction Pathways to Aldehydes/Carboxylic Acids or Esters', S. Kobayashi, et al., Journal of the American Chemical Society
(オンライン掲載 10月3日(日)予定)

用語解説

注1: バイメタル
二種類の金属。 
注2: クラスター
数個から数百個の原子の集合体。 
注3: 同族元素
周期表で同じ族に属する元素。 各種の性質が比較的似ている。