tRNAにわざと誤ったアミノ酸を付加して修正する巧妙な仕組みを解明
発表者
- 横山 茂之(理研生命分子システム基盤研究領域 領域長、 東京大学大学院理学系研究科構造生物学社会連携講座兼任教授)
- 伊藤 拓宏(理研生命分子システム基盤研究領域システム研究チーム客員研究員、東京大学大学院理学系研究科構造生物学社会連携講座 特任助教)
概要
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と国立大学法人東京大学(濱田純一総長)は、グルタミンというアミノ酸を運ぶ役割の転移RNA(tRNA)(注1)と、それに働く2種類の酵素が巨大複合体「グルタミン・トランスアミドソーム」を作ることを発見し、X線結晶構造解析によって、まず第1の酵素がtRNAにグルタミン以外のアミノ酸を付加し、第2の酵素がこの誤りを素早く修正してグルタミンに変換するという巧妙なメカニズムを持つことを詳細に解明しました。 これは、理研生命分子システム基盤研究領域の横山茂之領域長(東京大学大学院理学系研究科構造生物学社会連携講座兼任教授)、東京大学大学院理学系研究科構造生物学社会連携講座の伊藤拓宏特任助教(理研生命分子システム基盤研究領域システム研究チーム客員研究員)による研究成果です。
生物は、20種類のアミノ酸を材料にタンパク質を合成しています。 各アミノ酸は、それぞれに対応する転移RNA(tRNA)に付加され、リボソーム(タンパク質合成工場)へと運搬されて、タンパク質合成に用いられます。 アミノ酸をtRNAに付加するアミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)(注2)は、アミノ酸ごとに用意され、アミノ酸とtRNAとが正しいペアを生成するように働きます。 しかし、多くの真正細菌や古細菌(注3)では、アミノ酸の一種であるグルタミン(Gln)のaaRS(GlnRS)が存在しません。 代わりに、別のアミノ酸であるグルタミン酸(Glu)のaaRS(GluRS)は、その働きが拡張され、tRNAGluにもtRNAGlnにも区別せずに働き、tRNAGlnにとっては誤ったアミノ酸であるGluを付加する第1の酵素として機能し、わざと誤ったペア(Glu-tRNAGln)を作ります。 続いて、GatCAB(注4)という第2の酵素が、tRNAGln上でGluを正しいアミノ酸(Gln)へと修正します。 しかし、この方式では、GatCABの働きに過不足があると、Glu-tRNAGlnやGln-tRNAGluという誤ったペアがタンパク質合成に使われるという2重のリスクを抱えます。 また、Glu-tRNAGlnは不安定なため、アミノ酸の修正を素早く行う必要があります。
今回の研究では、tRNAGlnとGluRS、GatCABの3者が安定した巨大複合体『グルタミン・トランスアミドソーム』を形成することを発見しました。 さらに、この3者複合体の中で、第1の酵素であるGluRSが誤ったアミノ酸(Glu)をtRNAGlnに付加している様子、第2の酵素であるGatCABが、tRNAGluにはなくtRNAGlnのみにある特徴を認識して強固に結合している様子、GatCABが、GluRSのすぐそばに位置し、誤ったペアGlu-tRNAGlnが生成されると直ちに修正できるように待ち構えている様子、などを初めて3Dでとらえ、2重のリスクを回避する巧妙な仕組みを明らかにしました。 さらに、GluRSとGatCABが協調して構造を変化させ、素早く修正できることも分かりました。
グルタミンは、生命の進化の過程で活用されるようになった比較的新しいアミノ酸と考えられています。 今回の成果は、生命がグルタミンをタンパク質の構成因子として獲得したメカニズムを検証する基盤や、新しい機能を持ったアミノ酸をタンパク質に組み込む技術基盤を提供します。 また、GatCABがピロリ菌などの病原菌の生育に欠かせない酵素であることから、新たな抗菌剤開発への応用も期待できます。
本研究成果は、「ターゲットタンパク研究プログラム」、および「日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(A)」の一環として行われたもので、英国の科学雑誌『Nature』(9月30日号)に掲載されます。
詳細について理化学研究所のホームページをご覧ください。
補足説明
- 注1: 転移RNA(tRNA)
- 転移リボ核酸の略号。DNAから転写されて生成したmRNAには、塩基配列であるアデニン (A)、グアニン(G)、シトシン(C)、ウラシル(U)のうち3つが1組(コドン)となって1つのアミノ酸がコードされている。コドンとアミノ酸を対応付けるアダプター分子がtRNAである。tRNAはL字型の立体構造をしており、L字の角の外側の部分はDループおよびTループと呼ばれる領域が形作っている。L字型の一番先にはコドンと塩基対合することができるアンチコドンが存在し、反対側の先に位置するA76リボースに、対応するアミノ酸が付加された後に、リボソームに運ばれる。mRNAのコドンとtRNAのアンチコドンがリボソーム上で対合すると、tRNAに結合していたアミノ酸同士が次々とつながり、タンパク質が合成される。また、20種類のアミノ酸には、それぞれに対応するtRNAが存在する。ここでは、例えば、グルタミン(Gln)に対応するtRNAは、tRNAGlnと記した。 ↑
- 注2: アミノアシルtRNA合成酵素 (aaRS)
- タンパク質を構成するアミノ酸は主に20種類存在する。20種類のアミノ酸のそれぞれに対してアミノアシルtRNA合成酵素が20種類存在し(アスパラギン酸に対応するAspRS、リシンに対応するLysRSなど)、ATPのエネルギーを利用してアミノ酸を活性化したのち、対応するtRNAのCCA末端に付加する(アミノアシル化)。 ↑
- 注3: 真正細菌、古細菌
- すべての生物は真核生物、古細菌、真正細菌の3つのグループに分類される。真核生物の特徴は細胞内に核を持ち、細胞のそれ以外の部分からは膜で仕切られていることである。核の中には遺伝情報が書き込まれたDNAが収められている。一方、核を持たない生物は、古細菌と真正細菌とに分類され、地球上のあらゆる環境に生息しており、その代謝系は多種多様である。古細菌は、その遺伝情報が真正細菌よりも真核生物に近いといった特徴を持ち、極限環境に生息しているものが多い。真正細菌とはいわゆる細菌(バクテリア)のことで、大腸菌、サルモネラ菌、腸炎ビブリオ菌、コレラ菌、赤痢菌などを含む。 ↑
- 注4: GatCAB
- GatはGlutamyl-tRNA amidotransferase(グルタミル‐tRNAアミド基転移酵素)の略号。GatCおよびGatA, GatBという3つのタンパク質からなるヘテロ3量体であり、GatAはドナーとなる分子からアンモニアを引き抜く活性を、GatBはGatAによって生成したアンモニアとATPを用いてtRNA上のグルタミン酸をグルタミンへと変換する活性を持つ。GatAとGatBはGatCと共に複合体を形成しており、アンモニアを通すためにGatAの活性部位とGatBの活性部位との間にトンネルが存在する。 ↑