2010/9/29

初期宇宙に大量のモンスター銀河を発見

発表者

  • 廿日出 文洋(国立天文台 野辺山宇宙電波観測所 研究員)
  • 河野 孝太郎(東京大学大学院理学系研究科附属天文学教育研究センター 教授)
  • 川辺 良平(国立天文台 野辺山宇宙電波観測所 教授)
  • 松浦 周二(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 助教)

発表概要

国立天文台の廿日出文洋研究員、東京大学の河野孝太郎教授等を中心とする国際研究チームは、南米チリのアステ望遠鏡(注1)を用いて初期宇宙(注2)の爆発的星形成銀河を約200個発見しました。 赤外線天文衛星「あかり」(注3)との共同観測から、見つかった銀河のほとんど全てが80億光年以上かなたにあり、年間に1000個もの星を作り出している「モンスター銀河」であることがわかりました。 これほどの高い割合で初期宇宙のモンスター銀河を大量に発見したのは世界で初めてです。

発表内容

図1

図1:アステ望遠鏡とアステ望遠鏡がとらえた初期宇宙の姿(差し渡し1.1度の斜めの領域)。明るい点一つ一つが爆発的に星形成をしているモンスター銀河で、この画像の中に196個のモンスター銀河がうつし出されています。右上の拡大図は、モンスター銀河の想像図です。

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図2

図2: 観測領域の一部分について、アステ望遠鏡の画像(赤)、可視光画像(青)、および近赤外線画像(緑)を重ねたもの。アステ望遠鏡の画像には、可視光や近赤外線では見えていないたくさんのモンスター銀河がうつし出されています。

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図3

図3:今回の観測で見つかった銀河の明るさごとの個数(赤点)。3つの曲線は、理論からの予測[6,7,8]。観測結果から、明るい銀河ほど数が少なく、暗い銀河ほど多いという分布がみられています。現在の理論では、明るいものが多すぎたり、逆に暗いものが多すぎたりと、観測結果をうまく説明できません。

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図4

図4:過去から現在までの宇宙における星形成活動の変遷。青で表した部分は、これまで主に可視光・近赤外線で調べられた宇宙の星形成活動。赤で表した部分は、今回の観測から明らかになった「埋もれた」星形成活動。「埋もれた」星形成活動は、初期宇宙での星形成活動全体の10%から20%に上ることがわかりました。[図3]の結果から推定される暗い銀河も含めると、宇宙の星形成活動全体のおよそ50%が「埋もれて」いると推定されます。

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研究の背景

宇宙に存在する星や銀河が、宇宙の歴史の中でどのように生まれ、成長していったのか。宇宙における星形成、銀河形成過程の解明は、天文学における最も大きな課題の一つです。 これまで、主に可視光(注4)や近赤外線(注5)を使って、地上の大型望遠鏡や天文衛星による研究が進められてきました。 その結果、宇宙の歴史の初期のころから現在に至るまでの星形成活動の変遷が明らかになりつつあります。 しかし、可視光や近赤外線は宇宙空間にただよう塵によって大きく吸収を受けるため、今までの研究では星形成活動の一部しかとらえていない可能性があります。 宇宙の星形成活動を正しく求めるためには、可視光や近赤外線では検出の難しい「埋もれた光」をとらえることが必要です。 そこで重要なのが、ミリ波やサブミリ波(波長:0.1ミリメートルから1ミリメートル)(注6)での観測です。 塵に吸収された星の光は、ミリ波・サブミリ波として塵から放たれます。 そのため、ミリ波・サブミリ波を用いることによって、「埋もれた」星形成活動を明らかにすることができます。 また、ミリ波・サブミリ波には、他の波長と比較して遠くの銀河を効率よく見ることができるという特徴があり、初期宇宙の銀河の観測に適しています。

1990年代終わりから、ミリ波・サブミリ波を用いた初期宇宙の探査が行われるようになりました。 その結果、ミリ波・サブミリ波で明るい銀河が、新しい種類の銀河として発見されました[1,2]。 この新種の銀河は、塵に厚く覆われ、年間数100個から1000個の星を生み出している巨大な銀河であることが分かってきました[3]。 私達の住む天の川銀河と比較すると、数100倍から1000倍もの勢いで続々と星を作り出していて、まさに「モンスター」と呼ぶべき、驚くべき天体です。 現在の銀河形成理論では、このような巨大な「モンスター銀河」は、いまだに直接検出されていない未知の物質「ダークマター」(注7)が密集した場所で誕生すると考えられています。 初期宇宙のモンスター銀河は、宇宙における星形成活動や銀河形成過程、さらにはダークマターの分布を解明する重要な手がかりとして、世界中の天文学者が競って研究を行っています。

既存の観測の問題点

これまでに行われてきたミリ波・サブミリ波の観測領域は、ほんのわずかです。 これは、現在使われているカメラの観測スピードに限界があるためです。 また、カメラの感度や解析手法の問題、観測地における大気の影響により、高感度の観測が困難でした。 そのため、ごく一部の明るい銀河しか検出できません。 初期宇宙のモンスター銀河の全貌解明には、広い範囲を高感度で観測することが必要でした。

本研究の手法:アステ望遠鏡搭載アズテックカメラによる高感度・広範囲の探査

国際研究チームは、アステ望遠鏡に搭載されたアズテックカメラを使って、南半球の星座「がか座」の方向を観測しました。 アステ望遠鏡は、南米チリ・アンデス山脈の標高4800メートルに設置された口径10メートルのサブミリ波望遠鏡です[4]。 観測地の気圧は平地の約半分で大気の影響が少なく、世界で最もミリ波・サブミリ波観測に適した場所です。 アズテックカメラは、共同研究者であるマサチューセッツ大学のグループが開発した最新のカメラです[5]。 最新の観測装置と最新の解析手法を導入することによって、これまでの10倍以上のスピードで高感度の観測を実現しました。

観測を行った領域は、地球から見て天の川銀河の塵が最も少ない方向です。 「天の川銀河の窓」として知られ、遠くの宇宙の観測に適しています。 日本の赤外線天文衛星「あかり」や海外の大型望遠鏡が重点的に観測を行っている領域です。 アステ望遠鏡は遠くの銀河を、「あかり」はより近くの銀河を大量に見つけることを得意とします。 研究チームは、アステ望遠鏡と「あかり」という日本の最新鋭の観測装置を用いることによって、初期宇宙のモンスター銀河の探査に挑みました。

研究結果

①初期宇宙に大量のモンスター銀河を発見
今回のアステ望遠鏡による観測で、初期宇宙の銀河を198個発見しました[図1, 2]。 「あかり」が撮影した赤外線画像と比べた結果、このうちほとんど全て(198個中196個)が80億光年以上かなたに存在する銀河であることがわかりました。 これらの銀河は、天の川銀河と比較して数100倍から1000倍もの勢いで星をつくりだしているモンスター銀河です。 このような初期宇宙のモンスター銀河を、これほどの高い割合で、大量に発見したのは世界で初めてです。
②モンスター銀河の明るさごとの個数を正確に決定
高感度の観測により、これまで観測の難しかった暗い銀河も多く検出されました。 研究チームは、モンスター銀河の明るさごとの個数を、これまでで最も正確に求めました[図3]。 複数の理論モデルと比較したところ、今回の観測結果をうまく説明できるものはありませんでした。 これは、銀河形成理論に修正を迫る成果です。
③宇宙の「埋もれた」星形成を明らかに
研究チームはミリ波・サブミリ波を用いることによって、可視光・近赤外線では検出できない「埋もれた」星形成活動を探りました。 その結果、「埋もれた」星形成活動は、初期宇宙での星形成活動全体の10%から20%に上ることがわかりました[図4]。 研究結果②から推定される暗い銀河も含めると、宇宙の星形成活動全体のおよそ50%が「埋もれて」いると考えられます。

今回の結果は、宇宙における星形成活動や銀河形成過程、さらにはダークマターの分布を解明する上で重要な成果です。 研究チームは、得られたデータを世界の研究者に公開し研究に役立ててもらいます。

今後の課題

研究チームは、このような初期宇宙のモンスター銀河がどのように星を生み出し、成長していくのかを解き明かそうとしています。 今回見つかった大量の銀河のほとんどは、80億光年以上かなたにあることがわかりましたが、正確な距離はわかっていません。 また、観測では見つからなかった暗い銀河もたくさんあると考えられます。 より高感度の観測を行って暗い銀河までとらえ、それらの正確な距離や分布を求めることによって、宇宙の星形成活動の歴史や銀河の形成過程、ダークマターの分布を詳細に明らかにしたいと考えています。

現在、東アジア(日本が主導)・北米・ヨーロッパ・チリの諸国が協力して、南米チリ・アンデス山脈の標高5000メートルに世界最高性能の電波望遠鏡「アルマ」を建設しています。 研究チームは、今後このアルマ望遠鏡を使って研究を進めていく予定です。

参照情報

  • [1] Smail et al. 1997, Astrophys. J., 490, L5,
  • [2] Hughes et al. 1998, Nature, 394, 241
  • [3] Blain et al. 2002, Physcs Reports, 369, 111,
  • [4] Ezawa et al. 2004, Proc. SPIE, 5489, 763
  • [5] Wilson et al. 2008, MNRAS, 386, 807,
  • [6] Takeuchi et al. 2001, PASJ, 53, 37
  • [7] Franceschini et al. 2009, 517, A74,
  • [8] Rowan-Robinson 2009, MNRAS, 394, 117

この研究成果のもととなった研究経費

特別推進研究(課題番号20001003)「超広帯域ミリ波サブミリ波観測による大規模構造の進化の研究」

発表雑誌

出版社名
Blackwell Publishing
雑誌名
Monthly Notices of the Royal Astronomical Society
オンライン掲載日
2010年10月8日前後(予定)

用語解説

注1: アステ望遠鏡
南米チリ北部、アタカマ砂漠の標高4800メートルの高地に設置された、南半球では初の直径10mクラスのサブミリ波望遠鏡です。波長 0.1ミリメートルから1ミリメートルの電波(サブミリ波)によって、私たちの肉眼では見ることのできない暗黒の宇宙を観測します。このプロジェクトは、国立天文台・東京大学を中心として、名古屋大学、大阪府立大学、茨城大学、北海道大学、慶応大学、上越教育大学、また、チリ大学など、国内外の研究機関により共同して進められており、南半球において本格的なサブミリ波天文学を推進するとともに、それを支える観測装置や観測手法の開発を実証することを目的としています。 
注2: 初期宇宙
ここでは、宇宙137億年の歴史の初期のころ、今から数十億年前の宇宙を指します。初期宇宙では、銀河の姿や星形成活動の活発さは、現在の宇宙とは異なっていたと考えられています。 
注3: 赤外線天文衛星「あかり」
宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所を中心に開発された赤外線天文衛星です。2006年2月に打ち上げられました。望遠鏡は口径 68.5 cmの冷却型で、観測波長は 1.7 マイクロメートルから180 マイクロメートルをカバーします。広い波長域、高い空間分解能と検出能力を誇り、打ち上げ以来、赤外線による全天観測を行っています。 
注4: 可視光
人間が見ることのできる波長の電磁波。波長はおよそ0.4マイクロメートルから0.7マイクロメートル。
注5: 近赤外線
波長0.7マイクロメートルから3マイクロメートル程度の電磁波。 
注6: ミリ波・サブミリ波
波長1ミリメートルから1センチメートルの電磁波をミリ波、波長0.1ミリメートルから1ミリメートルの電磁波をサブミリ波といいます。ミリ波・サブミリ波では、宇宙に存在する冷たいガスや塵が放つ電波をとらえることができます。 
注7: ダークマター
日本語で暗黒物質。宇宙に存在する物質の8割以上を占めると考えられているが、いまだに直接検出されていない未知の物質。ダークマターには重さがあるため、銀河の動きの観測などから、宇宙にはダークマターが大量に存在していることがわかっています。モンスター銀河のような巨大な銀河は、暗黒物質が大量に集まった場所で生まれると考えられています。