2010/8/6

星間炭素鎖分子の「宝庫」を新たに発見

- 34年ぶりの記録更新 -

発表者

  • 坂井 南美(東京大学大学院理学系研究科ビッグバン宇宙国際研究センター 助教)
  • 椎野 竜哉(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 博士課程1年)
  • 廣田 朋也(国立天文台水沢VLBI観測所 助教)
  • 山本 智(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 教授)

発表概要

炭素鎖分子(注1)は星間空間で最も特徴的な物質である。 それらが放射する電波がこれまで知られていた天体よりも3倍近く明るい天体をおおかみ座分子雲で発見した。 この発見は、宇宙における物質進化の理解、未知の星間物質探査、および、星と惑星の誕生過程の理解に大きな可能性を拓くものである。

発表内容

図1

図1:(左上)おおかみ座領域の光学写真。星がなくシミのように黒く抜けて見えるところに分子雲がある。背景の星の光をさえぎるために、このように見える。(右上)原始星IRAS15398-3359のまわりのHC5N分子の分布図。原始星の右上(北西)に新しい分子雲コアを発見し、Lupus-1Aと名付けた。(右下)Lupus-1Aで検出されたC4H分子の回転スペクトル線。TMC-1と比べても異常に強い。(左下)Lupus-1Aには、多種多様の長い炭素鎖分子が豊富に存在する。このような天体は他にはない。

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図2

図2:Lupus-1Aで検出された長い炭素鎖分子(HC9N, C6H)の回転スペクトル線。TMC-1を凌ぐ強度で検出されている。上の段がHC9Nのスペクトル線。下の段がC6Hのスペクトル線。C6Hのスペクトル線は、水素原子の核スピンの影響で2本に分かれて観測されている。

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図3

図3:Lupus-1Aで検出された炭素鎖分子の陰イオンの回転スペクトル線。ひとつの分子雲コアで3種類の陰イオンが検出されたのは初めてである。

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図4

図4:Lupus-1AとTMC-1における炭素鎖分子の存在量の比較。Lupus-1Aは存在量で見てもTMC-1に匹敵することがわかる。

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これまでの研究でわかっていた点

星と星の間に漂う星間分子雲(分子雲)には様々な分子(星間分子)が含まれている。 星と惑星系は分子雲が重力収縮することで誕生する。 そのため、星間分子は将来形成される惑星系にもたらされると考えられ、宇宙における物質進化と太陽系の起源の探究において重要な研究対象となっている。 なかでも、炭素は水素、ヘリウム、酸素についで豊富に存在し、地球上の生命に不可欠な物質でもある。 炭素を含む物質は、一般に、CO2のような気体、ダイヤモンドのような固体、アミノ酸のような有機分子など、多種多様な形態をとる。 しかし、星間分子の中で最も特徴的なものは、炭素が直線状に連なった炭素鎖分子(用語説明注1参照)である。 炭素鎖分子は地上では一般に存在しないが、分子雲では豊富に存在する。 そのこと自体、宇宙の化学の謎と言ってよいが、それだけではない。 炭素鎖分子の生成過程を調べる研究はC60の発見をもたらし、フラーレン(注2)の世界が拓かれるきっかけをつくった。 このように、炭素鎖分子の研究は広い学術的広がりを持っている。

星間分子雲にある分子はそれぞれ決まった波長の電波を放射するので、電波望遠鏡で探査できる。 炭素鎖分子もそのようにして検出されてきた。これまで34年間、炭素鎖分子の研究に用いられてきた天体はTMC-1(おうし座分子雲1番)と呼ばれる分子雲コア(注3)である。 星がまだ生まれる前の天体で、炭素鎖分子が豊富な点では全天で一番とされてきた。 この天体はおうし座分子雲という太陽系から最も近い星誕生の現場の中にある(距離440光年)。 おうし座分子雲は、距離が近いことなどから、太陽程度の星が生まれる「典型的」領域として活発な研究が行われてきた。 しかし、この領域の天体では、TMC-1を筆頭に炭素鎖分子が一般に豊富で、他の領域の分子雲と比べて明らかな違いがある。 そのため、この領域の天体はむしろ「特異」ではないかとも言われてきた。 TMC-1、そしておうし座分子雲で見られる豊富な炭素鎖分子は何を意味しているのか?  このことは、分子の化学と星誕生の物理をつなぐ一つの未解決問題として残されていた。

この研究が新しく明らかにしようとした点

これまで、TMC-1と同等、あるいはそれ以上に炭素鎖分子が豊富な分子雲コアを探す試みは世界中で数多くなされてきた。 おうし座分子雲では、それにやや似た性質を持つ天体が3個見出されたものの、他の領域では皆無であった。 このような状況をふまえ、我々は、以下の2点に着目して研究を進めてきた。

  • 炭素鎖分子の豊富さにおいて、TMC-1と同等、あるいは凌ぐような天体は存在するのか?TMC-1は炭素鎖分子の豊富さにおいて「異常」な天体なのか?
  • おうし座分子雲は、他の領域の分子雲と比べて特殊なのか?

これらに対して、本研究では偶然にそれらの答えを出すことができた。

そのために新しく開発した方法、機材等

本研究は国立天文台野辺山宇宙電波観測所の45 m電波望遠鏡と、米国国立電波天文台のGBT 100 m電波望遠鏡を用いて行った。 いずれも共同利用観測である。 短い炭素鎖分子は野辺山観測所で、長い炭素鎖分子はGBTで観測した。 炭素鎖分子が出す電波(回転スペクトル線;注4)の観測には高い感度が必要であり、これらの大型望遠鏡が威力を発揮した。

この研究で得られた結果、知見

今回、おおかみ座領域(距離490 光年)に、TMC-1を凌ぐ強度で炭素鎖分子のスペクトル線を放射している分子雲コアを新たに発見した。 IRAS15398-3359という太陽型原始星のまわりで炭素鎖分子HC5Nの分布を調べていた時に、近くに、星がまだ生まれていない分子雲コアを偶然見出した(図1の右上のピーク)。 おおかみ座(Lupus)1番雲にある注目すべき天体として、Lupus-1Aと命名した。 この天体で、様々な炭素鎖分子の観測を行ったところ、驚くべき結果を得た。 図2に炭素鎖分子C6H, HC9Nのスペクトルを示す。ピーク強度はTMC-1の3倍近くに達している。 このような長い炭素鎖分子がこれほどまでの強度で観測されたことはない。 また、それだけでなく、炭素鎖分子の陰イオン、C4H-, C6H-, C8H-も検出された(図3のそれぞれ左、中、右図に対応)。 星間空間では、負電荷を持つ分子はごく最近発見されたばかりで、負電荷の担い手としても注目が集まっている。 C4H- は多くの努力にもかかわらずTMC-1でも見つかっていなかった分子で、Lupus-1Aがいかに炭素鎖分子の強度が強い天体であることがわかる。 炭素鎖分子の存在量で比べてもTMC-1に引けを取らない(図4)。 まさに炭素鎖分子の「宝庫」と言える。TMC-1の発見以来、34年間の長きにわたり、探せど探せど、このような天体は見つかってこなかった。 今回の発見は、炭素鎖分子強度のチャンピオンの座を34年ぶりにTMC-1から奪い取ったものである。

この発見は次の2つの意義がある。

  1. 炭素鎖分子がTMC-1を凌ぐ強度で観測される天体が存在していたことである。TMC-1で炭素鎖分子が豊富なのは、TMC-1だけの「特殊」な理由があるわけでなく、星間現象の一つの特徴と捉えるべきであることが確定した。
  2. さらに重要なことは、その天体(Lupus-1A)がおうし座分子雲以外の領域で発見されたことである。1. と同様に、おうし座分子雲全体がそこだけの「特殊」な事情のために炭素鎖分子に恵まれているわけではないことが明らかになった。おうし座分子雲とおおかみ座分子雲の共通性を調べることにより、その起源を明らかにする道が拓かれた。

研究の波及効果

Lupus-1Aの発見により、次のような波及効果が期待できる。

  1. Lupus-1Aは炭素鎖分子の強いスペクトル線に恵まれる。 従って、未知の新しい分子が見つかる可能性が高い。 TMC-1での新分子探査は望遠鏡の感度限界に達して行き詰まっていたが、Lupus-1Aはそれを打破できる。 太陽系のような天体が誕生する環境において、どのように大きな分子が作られていったのかを明らかにすることは、非常に重要な課題であり、それに大きく貢献するだろう。 また、Lupus-1Aは、TMC-1と異なり複雑な内部構造をもたない分子雲コアなので、星間空間での化学反応モデルの構築にも重要な役割を果たすと見込まれる。
  2. 星誕生過程が領域ごとに違うことは、最近、さまざまな観測で指摘されるようになってきた。 おうし座領域とおおかみ座領域で見られる化学的共通性の原因を探求することは、星誕生過程を支配するメカニズムの理解に貢献するだろう。
  3. 現在、チリに建設中のALMA望遠鏡(注5)が完成すると、星と惑星系の誕生に伴う化学進化の理解が飛躍的に進むと期待される。 本研究で発見したLupus-1Aは南の空にあるため、ALMAから好条件で観測できる。 Lupus-1AはALMAの絶好の観測対象として星誕生過程における化学進化の総合的理解を促進するであろう。

今後の課題

Lupus-1Aは偶然に発見された。 この天体がこれまで発見されなかったのは、おおかみ座という南の空の天体であったからである。 北半球から観測しにくく、おうし座に比べて圧倒的に研究が不足していた。 ひょっとしたら、我々の銀河系には、TMC-1やLupus-1Aのような天体が他にもたくさんあるかも知れない。 それをひとつひとつ明らかにすることは、地味な研究ではあるが、宇宙における物質進化の中で炭素鎖分子が果たす役割の理解に欠かすことのできないひとつの方向性だと考えている。

論文の参照情報

Astrophysical Journal (Letter), 第718巻、49ページ-52ページ (2010年8月1日号)

用語解説

注1 炭素鎖分子
炭素原子が直線状に結合した分子で、HCnN, CnH, CnH2, CnS, CnOなどの系列が知られている。その一例を図1の左下に示す。これまで知られている最も長いものはHC11Nである。炭素原子の数の割に水素原子が少ない不飽和な分子で、一般に化学反応性が高い。そのため、地上環境では存在しないが、低温(摂氏-263度)で希薄(地球大気の千兆分の1)な星間分子雲では数10万年の寿命を持つ。 
注2 フラーレン
炭素だけからなり、球形、楕円体形、あるいはチューブ形状をしている分子。サッカーボール形状をしたC60や、カーボンナノチューブなどが代表的なものである。工業材料、医薬品、電子材料など、広い応用が期待されている。 
注3 分子雲コア
分子雲の中で特に密度が高くなった部分を指す。自己重力で束縛されており、原始星の直接的母体である。典型的な大きさは0.3光年程度、質量は太陽質量のおよそ10倍程度である。 
注4 回転スペクトル線
分子の回転は、量子力学によって記述され、飛び飛びのエネルギー準位を持つ。ひとつの回転状態が別の回転状態に変わるときに、決まった周波数の電磁波を放射する。主に電波領域で観測される。その周波数は分子ごとに異なっており、観測されるスペクトル線の周波数から分子を同定できる。 
注5 ALMA望遠鏡
12 mアンテナ54台、7 mアンテナ12台からなる巨大電波望遠鏡。日本、北米、欧州が南米チリのアタカマ砂漠に共同で建設している。2013年に完成予定。感度と空間解像度でこれまでの電波望遠鏡を10倍から100倍上回る性能を持ち、星間分子観測に大きな威力を発揮すると期待されている。