2010/7/26

約22億年前の全球凍結イベントは大気・生命進化の起爆剤?

- 全球凍結と酸素大気形成の間のミッシングリンクを解明 -

発表者

  • 関根 康人(東京大学大学院新領域創成科学研究科複雑理工学専攻 助教)
  • 田近 英一(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 准教授)
  • 多田 隆治(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 教授)
  • 大河内 直彦(独立行政法人 海洋研究開発機構 海洋・極限環境生物圏領域 海洋環境・生物圏変遷過程研究プログラム プログラムディレクター)

発表概要

約22億年前の全球凍結イベントが終わった後,地球大気は急激に酸素で満ち溢れるようになり,真核生物が出現したことが知られている. しかし,全球凍結と酸素濃度の急上昇との間に何らかの因果関係が存在するのかどうか,これまでよく分かっていなかった. 本発表では,北米における学術調査に基づき,全球凍結と酸素濃度の急上昇を結びつけるミッシングリンクを世界で初めて明らかにしたことを報告する.

発表内容

図1

図1:北米で調査を行った二地域(カナダ・オンタリオ州,米国ミシガン州)

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図2

図2:全球凍結直後の炭素同位体比の変動.米国・カナダの両地域で炭素同位体比の大きな負のシフトが2回にわたり全球凍結直後に見られることを発見した.

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図3

図3:米国ミシガン州での地質調査風景(左)と氷河性堆積物(右).

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全球凍結イベント(注1)とは,地球表面がほとんどすべて凍りついてしまうという現象であり,地球史上最大級の破局的環境変動である. 全球凍結イベントは,今から約22億年前,7億年前,6億年前の少なくとも3回生じたと考えられている. 我々東京大学の研究グループは,このうちとくに約22億年前(原生代初期)の全球凍結イベントに注目して研究を進めてきた. その理由は,この時期の全球凍結イベントは大気中の酸素濃度の急激な増大イベントと深く関係している可能性が考えられるからである.

現在,地球大気の21%を占める酸素は,地球史46億年を通じて徐々に増えてきたわけではなく,特定の時期に急激に増加したと考えられている. とくに,今から約21~22億年前の“大酸化イベント”(注2)と呼ばれる時期には,光合成生物の活動が非常に活発になり,膨大な量の酸素が生産された結果,当時の大気中の酸素濃度は現在の1/100以上になったと考えられている. 放出された酸素は,表層の物質を酸化し生態系を一変させた(我々にとって必要不可欠な酸素も,当時繁栄していた嫌気的な生物にとっては猛毒である). そして,私たちヒトを含むすべての動植物が属する“真核生物”(注3)が約20億年前に出現した.

それでは,なぜこの時期に大酸化イベントが起こったのだろうか.その謎に迫る鍵は,全球凍結イベントにあるかも知れない. なぜなら,大酸化イベントは,原生代初期に起きた全球凍結イベントのすぐ後に生じているようにみえるからである. しかし,それらの間に何らかの因果関係が存在するかどうかを明らかにするためには,この二つのイベントが両方とも記録された欠落のない地層の調査が必要だが,これまでそのような研究はなかった. すなわち,両者の間には“ミッシングリンク”が存在する.

この地球史上最も重要ともいえる2つのイベントの因果関係を解明すべく,我々の研究グループは2002年から原生代初期の地層が分布する北米五大湖周辺地域(カナダ・オンタリオ州及び米国ミシガン州;図1)の詳細な地質調査を実施し,氷河堆積物から大酸化イベントまでが連続的に記録された地層から岩石試料を採取し分析を進めてきた. そして今回,原生代初期の全球凍結イベント終了直後から大酸化イベントへ至る環境変動に関して,以下の点が明らかになった(図2). (1) 大量の軽い炭素の同位体(注4)が,氷河の融解直後に二度にわたって大気及び海洋に供給された可能性が高いこと,(2) 軽い炭素の供給にあわせて,きわめて激しい大陸風化が生じた(すなわち超温暖化が生じた)こと,(3) 大酸化イベントはこの軽い炭素の供給と超温暖化のすぐ後に開始していること,である. これらの事実は,いったい何を物語っているのだろうか?

軽い炭素の供給と温暖化という2つの地質学的証拠を最もよく説明するのは,メタンハイドレート(注5)の分解である. メタンハイドレートとは,かご状の氷の結晶内部にメタンガスが閉じ込められたもので,閉じ込められたメタンは同位体的に非常に軽いことが知られている. また,メタンハイドレートが分解して,温室効果ガスであるメタンやメタンから生成する二酸化炭素が大気に放出されれば,地表気温は急激に上昇することが予想される. 実際,炭素同位体比から推定される量のメタンハイドレートが分解した場合,地表気温は30℃近くも上昇し,大陸の風化作用は数倍にも増加すると見積もられる.

以上の結果に基づいて我々が描く「原生代初期の全球凍結後の表層環境変動のシナリオ」は,次のようなものである. 今から約22億年前,地球は表面の大部分が氷で覆われる大氷河期(全球凍結状態)にあった. 海底堆積物中において大生産されたメタンは,メタンハイドレートとして大量に蓄積された. やがて全球凍結が終わると,急激な温暖化によってメタンハイドレートが大規模に分解し,メタンが大気及び海洋に放出される. メタンの放出は,さらなる急激な温暖化とさらなるメタンハイドレートの分解の呼び水となり,温暖化が暴走的に進行する. メタンの放出による超温室状態では,大陸の化学風化作用が劇的に増大する. その結果,大陸から大量の栄養塩(リンなど)が海洋に供給され,光合成生物(シアノバクテリア)の大繁殖を引き起こし,大量の酸素の放出,すなわち大酸化イベントが引き起こされた. 大酸化イベントの後の地球には酸素が満ちあふれ,原始的な嫌気性細菌に代わって,我々の祖先である真核生物が出現した.

今回の我々の発見は,地球システムを構成する大気,海洋,大陸,生物圏といったサブシステムが,地球史において密接に関係し合いながら進化してきたことを示唆するものである. このことは,現在懸念されている地球温暖化が,単なる気温上昇にとどまらず,地球システム全体に影響を与えうることを暗示する. また近年,太陽系外の惑星の観測が盛んに行われている. 地球大気中になぜ酸素が含まれるようになったのかを解明することは,地球の理解にとどまらず,太陽系外における“第二の地球”の発見にも重要な示唆を与えるものである.

本研究は,以下の科学研究費を受けて実施された

  • 科学研究費補助金 基盤研究(B)「原生代初期における大規模地球システム変動の高時間解像度復元とシステム解析」(研究代表者:田近英一,課題番号:18340128)
  • 科学研究費補助金 基盤研究(B)(2)「原生代初期氷河堆積物の地質調査によるスノーボール・アース現象と地球環境進化の解明」(研究代表者:田近英一,課題番号:14403004)
  • 三菱財団助成金(研究代表者:関根康人)

発表雑誌

著者
Sekine, Y., E. Tajika, N. Ohkouchi, N.O. Ogawa, K. Goto, R. Tada, S. Yamamoto, and J.L. Kirschvink
タイトル
Anomalous negative excursion of carbon isotope in organic carbon after the last Paleoproterozoic glaciation in North America
出版社
American Geophysical Union(米国地球物理連合)
雑誌名
Geochemistry, Geophysics, Geosystems
掲載日
2010年8月下旬予定(7月5日にプレプリントがオンライン掲載済み)

用語解説

注1 全球凍結イベント (Snowball Earth event)
1980年代後半,原生代後期(約6億年前)の氷河堆積物の研究によって,当時の赤道域に大陸氷床が存在した地質学的証拠が発見された.カリフォルニア工科大学のジョセフ・カーシュビンク教授は,当時の地球表面全体が氷に覆われていたのではないかと考え,1992年に「スノーボール・アース仮説」として提唱した.その後,原生代初期(約22億年前)でも同様の証拠が発見され,全球凍結イベントは地球史において何度か生じたとことが認識されるようになった. 
注2 大酸化イベント (Great Oxidation Event)
約21~22億年前に,大気中の酸素濃度が急激に増加したイベント.そのことを裏付ける,重い炭素の同位体が海水に濃集したという地質記録(光合成生物が軽い炭素の同位体を大量に固定したために生じる現象で,それに相当する量の酸素が生産されたことを意味する)が,この時期の地層から発見されている.最近では,炭素の同位体比が変化した時期だけでなく,大気中の酸素濃度が現在の10万分の1レベルに達したとされる24.5億年前から約21億年前まで全体を指す場合もある. 
注3 真核生物(eukarya)
生物は,細菌,古細菌,真核生物に分類される.動物や植物,菌類,原生生物などはみな真核生物に属する.身体を構成する細胞に核を有することが特徴で,酸素呼吸を行う器官であるミトコンドリアも有している.また,その細胞膜を合成するためには酸素が必要とされている.真核生物の生存には環境中の酸素濃度が現在の100分の1以上であることが必要ともいわれている. 
注4 炭素の同位体(carbon isotope)
炭素には原子量が12と13の2種類の安定同位体(12C, 13C)が存在する.生物が光合成によって炭素固定を行う際,軽い12Cをよりたくさん取り込むことが知られている.この結果,生物の体を構成する有機物中の炭素同位体組成は軽い12Cに富み,逆に環境中の炭素同位体組成は重い13Cに富むことになる.ある時代に活発な光合成によって大量の有機物が固定されると,環境中の炭素同位体組成は13Cに非常に富むことになる(“炭素同位体比の正異常”).そのような時期には,大量の酸素が生産されたことになる.大酸化イベントと呼ばれる時期には,他の時代には見られないほど大規模な炭素同位体比の正異常が記録されている. 
注5 メタンハイドレート(methane hydrate)
水分子で構成されるかご状構造の中にメタン分子を含むような固体結晶.燃える氷として知られる.低温かつ高圧であることが安定に存在できる条件で,永久凍土や海底堆積物中に分布している.日本周辺の海底にも大量に存在しており,次世代のエネルギー源として期待されている.