2010/7/21

ハワイのホットスポット火山下の最下部マントルにある上昇流の地震学的証拠

発表者

  • 河合 研志(パリ地球物理研究所・東京工業大学 日本学術振興会研究員(PD)・東京大学大学院理学系研究科客員研究員)
  • ロバート・ゲラー(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 教授)

発表概要

マントル(注1)は対流しており、最下部マントルでは水平流および上昇流の存在が予想されている。 しかし、これまで上昇流の存在を示す直接的な証拠はなかった。 本研究では、私たちのグループで独自に開発を行った“波形インバージョン”(注2)を用いてデータ解析を行い、ハワイの下の最下部マントルで、SV波の速度がSH波(注3)の速度よりも速いという“異方性構造”(注4)の存在を発見した。 これは、ハワイのホットスポット火山の起源となる上昇流が、核・マントル境界から上がってきていることを示唆する。

本研究の背景

図1

図1:本研究で推定したハワイ下の下部マントル最深部における異方性パラメータ(ξ)。この値の符号が正の場合SH波の方が速く、負の場合SV波の方が速い。本研究により、核・マントル境界上200-400kmの深度において、SV波がSH波よりも速い構造を得た。

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図2

図2:本研究で得られたハワイ下の下部マントルの最深部の異方性構造(図1)の解釈。核からの熱によって温められた物質は、浮力を得て上昇流を作る。

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私たちの研究グループは、これまで“波形インバージョン”と呼ばれる地震波解析手法の開発を独自に行ってきた。これにより、従来の手法と比較して、より詳細で正確な地球内部構造の推定が可能となった。 そして、波形インバージョンを用いて、下部マントル最深部における等方媒質地震波速度の深さ依存性を、適切なデータが存在する地域に対して推定してきた。 その結果、我々が調べた全ての地域の最下部マントルにおいて、「地震波速度は、核・マントル境界に近づくにつれて減少する」という結果が得られた。 このことは、「下部マントルの最深部はマントル対流の熱境界層であり、核との境界に近づくにつれて温度が急激に上昇する」ことを示唆する。

一方、マントルの対流についての情報を得るためには、波形インバージョンによって地震波の異方性構造を推定することが必要不可欠であった。 本研究では、波形インバージョンの機能をさらに向上させることでこれを可能とし、実際に推定を行った。

本研究が明らかにした点

私たちは、ハワイ下の下部マントル最深部における異方性構造の深さ依存性を、初めて定量的に求めることに成功した(図1)。 その結果、SV波がSH波よりも速いという異方性構造が得られた。このことは上昇流の存在(図2)を示唆するものであり、ハワイのホットスポット火山を形成する上昇流が、核・マントル境界に起源を持つことを示している。

この研究成果のもととなった研究経費

  • 科学研究費補助金・特別研究員奨励費 (日本学術振興会)[平成21年度-平成23年度] 「最新のアレイデータと波形インバージョン手法による最下部マントル構造推定とその起源」」
  • 科学研究費補助金・優秀若手研究者海外派遣事業(日本学術振興会)
  • 科学研究費補助金・基盤研究C(文部科学省)課題番号22540433

発表雑誌

エルゼビア、アース アンド プラネタリー サイエンス レターズ(Earth and Planetary Science Letters)、印刷中(doi:10.1016/j.epsl.2010.05.037)

題名
“The vertical flow in the lowermost mantle beneath the Pacific from inversion of seismic waveforms for anisotropic structure”
著者
Kenji Kawai and Robert J. Geller

用語解説

注1 マントル
地殻の下から深さ約2900kmまでの岩石からなる固体の層。(深さ2900km以深は、液体の鉄で構成される外核であり、また、深さ5150km以深は、固体の鉄で構成される内核である。) マントルは、その主要構成鉱物が相転移する深さ660kmにおいて、上部マントルと下部マントルに区分される。さらに、核・マントル境界上の約200-300kmの最下部マントルはD”領域と呼ばれる。近年の研究により、下部マントルの主要鉱物ペロブスカイトが、D”領域の温度圧力下でポストペロブスカイトに相転移することが発見された。そのため、現在では下部マントルは主にペロブスカイトおよびフェロペリクレース、D”領域はポストペロブスカイトおよびフェロペリクレースによって構成されていると考えられている。 
注2 波形インバージョン
これまでの研究の多くは、まず観測データから波の到達時刻などを測定し、次にその二次データを分析して内部構造を推定したものであった。一方、「波形インバージョン」は、理論波形を計算して、それと観測波形とを直接比較し、その残差を最小化するために内部構造モデルを系統的に改善する手法である。我々の研究グループはこれを実行するための理論を導き、その上で関連するソフトウェアを開発してきた。 
注3 SH波・SV波
地震波には縦波と横波があり、「横波」のことをS波と呼ぶ。すなわち、S波の振動方向は伝播方向に直行する。S波には2つの互いに直交する震動成分がある。水平方向に震動する成分を持つS波をSH波と呼び、それと直交する成分をSV波と呼ぶ。 
注4 地震波速度の異方性
等方な媒体では、地震波のP波とS波の伝播速度は、場所によって異なることがあるが、ある一点においては変位方向や伝播方向によって伝播速度が異なることはない。ところが、同じ点においても、伝播速度が変位方向や伝播方向によって異なる場合があり、これを異方性と呼ぶ。地震波の異方性構造の正確な推定によって、マントル対流やマントルの構成物質についての情報を得ることができる。