2010/7/15

深部微動の時空間的発生パターンの解明

- 多様性の原因は過去数百万年のプレート運動史? -

発表者

  • 井出 哲(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 准教授)

概要

四国西部で発生する深部微動の時空間的な発生パターンから直線状構造・周期性・潮汐応答性を示した。 特に2方向の直線状構造は過去のプレート運動の「化石」なのかもしれない。

発表内容

図1

図1:西日本で起きている深部微動。気象庁の震源分布と4つの観測点での、ある1日の地震波形(縦軸は地動速度。全振幅が1 ミクロン毎秒に相当)。

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図2

図2:推定された微動源の位置、場所によって色を変えてある。a地図表示およびAA’,BB’,CC’での断面図、直線状構造(矢印)がみられる。 b時空間表示、同じ色がほぼ等間隔に繰り返す。

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図3

図3:微動の継続時間は発生位置によって異なる。長い微動(赤~黄)は連続的に広がっていく(a-b)のに対し、短い微動(青)の発生時刻は潮汐(白黒縞)に制約される(c-d)。

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図4

図4:微動発生地域で起きていることの想像図。

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プレートが別のプレートの下に沈み込んでいる場所ではしばしば岩盤が大規模な破壊すべりを起こす。 これが海溝型巨大地震である。 1944年東南海地震や1946年南海地震は西日本のプレートとその下に沈み込んでいるフィリピン海プレートとの境界面の破壊すべりであった。 ここで気をつけなければならないのは、地震の時に高速の破壊すべりにより地震波を放出するのはプレート境界面の一部であり、それ以外は「ゆっくり」と運動しているという点である。 このゆっくりした運動こそが巨大地震発生へエネルギーを蓄積するメカニズムでもある。 巨大地震発生を理解する上で、周囲のゆっくりした運動の物理プロセスの理解は欠かせない。

これまでゆっくりした運動は滅多に観測できなかったが、最新の地震・地殻変動観測網で頻繁にかつ詳細に観察できるようになってきたのが「ゆっくり地震」である。 ゆっくり地震は2000年以降、西日本を始め世界各地で発見された現象で、最大でマグニチュード7の地震と同程度の地殻変動を伴う。 但し、普通のマグニチュード7の地震は10秒程度で終わるのに、ゆっくり地震のすべりは数日から数ヶ月かけて起きる。 同時に地震波も放出するが、その大きさは都市なら交通機関や工場などが出す振動ノイズに埋もれてしまうほど小さい。 この地震波を深部微動または単に微動と呼ぶ。 微動は海溝型巨大地震発生地域の下端付近、深さ約30 kmに発生し、周期的に繰り返すがその間隔は場所ごとに異なる。 微動発生場所(微動源)は時間とともに移動すること、海洋潮汐(潮の満ち引き)で活動度が変化することが知られている。 海溝型巨大地震の発生と関連して深部微動およびゆっくり地震の発生機構解明が期待されている。

深部微動は一見ノイズとしか見えないような、とらえどころのない地震波であり(図1)、一応微動源の位置は推定できるものの、そこから先、微動のどのような性質を議論すべきかが問題であった。 それでも最近の我々の研究によって微動は短いパルス的であったり、連続的に長時間続いたり、時間変化や継続時間に地域的特徴があることがわかってきた。 そこで今回、微動源の位置を精密に推定するとともにそれぞれの微動源の継続時間を推定し、その時間空間的なパターンを分析することにした。

対象地域として、特に良く研究が行われている四国西部(愛媛県とその周囲)を選び、防災科学技術研究所高感度地震観測網(Hi-net)の連続地震波データ5年分を用いて微動源推定を行った。 微動源推定手法は従来から良く用いられている観測点間の地震波振幅形状の類似性から時刻差を求める方法をベースに本研究で開発したものである。 特徴はデータの異常値に左右されない推定法を採用したことであり、その結果、水平誤差(標準偏差)1.5 kmという高い精度で微動源位置を推定することに成功した(図2)。 既存研究の誤差は定量的に評価されていないが、以下に述べる微動源分布の時間・空間的特徴は本手法によって初めて明瞭になったことから、相当の改善がなされたと考えられる。 さらに推定された個々の微動源ごとに継続時間を測定した。 これは今まで議論されてこなかった量であり、微動発生モデルを考える上で重要な情報を与える。

微動源位置と継続時間の推定結果から、以下のことが明らかになった。

  1. 微動源は直線状に並んでおり、その直線状構造は北北西または西北西の2通りの方向を向く(図2a中の矢印)。
  2. 微動は場所ごとに異なる間隔(数日から半年)で繰り返す。(図2b)
  3. 微動源は場所によって継続時間が異なる。微動発生地域全体の周縁部では短くパルス的であるのに対して中央では長くなる傾向が見られる。
  4. 短くパルス的な微動は海水面が高いときに発生するが、長い微動は海水面変動と無関係に継続し、その発生領域は空間的にじわじわと(拡散的に)広がっていく。(図3)

これらのことから、微動源はプレート境界に一様に存在するのではなく、何らかの局所的な不均質性を持っていることがわかる。 一般に岩石同士のすべり運動はすべり面の摩擦特性によって不安定的に(バキッと)または安定的に(ふにゃっと)起きる。 かろうじて観察できるような弱い地震波を出す微動は安定的な領域に囲まれた小さな不安定的な場所が起こすと考えられる。 その不安定・安定領域の割合の場所ごとの違いが見えてきたようである。

今回の研究対象地域の下に沈み込んでいるフィリピン海プレートは200~400万年前に運動方向を急激に変えたことが知られている。 興味深いことに 1. で指摘した2方向の直線状構造のうち一方は現在のプレート運動方向(西北西)を表し、他方は約400万年以上前のフィリピン海プレートの運動方向(北北西)を表している。 どうやら微動源は過去数百万年のプレート運動の歴史を記録しているようである。 なぜ記録できるのか? ゆっくり地震の発生には地下の鉱物の脱水反応による水の存在、またはその水が引き起こす鉱物の変成が影響する。 水によってマントルの岩石が変成し、境界面の摩擦特性が変化するのである。 その変成は一様には起こらない。 フィリピン海プレート上の海山などの凸凹構造が沈み込むときに、沈み込み方向に効率よく水を輸送することで、その方向に特に良く変成が進み、直線的構造になる、というのがあり得る仮説である(図4)。 何百万年もかけて次々に沈み込んだ凸凹は幾筋もの直線をマントルに刻み込む。 これが微動源であり、それはプレート運動の「化石」といえるかもしれない。

ゆっくり地震の存在地域はこれまで知られていた日本、アラスカ、カスカディア、メキシコ、コスタリカ、チリ、ニュージーランドに加え、さらにこの一年で、エクアドル、台湾なども加わった。 まだまだ発見が続きそうである。これらは一見同様の現象に見えるが、良く見ると性質は地域ごとに異なり、例えば微動が観測される地域と観測されない地域がある。 微動源が過去長期のプレート運動の歴史を反映するということが普遍的事実なら、それは地域的なゆっくり地震の違いも説明するだろう。 微動やゆっくり地震の研究はこれまで現在の地震・地殻変動観測データに基づいて行われてきたが今後は地質学的時間の情報も生かしたより広い視点での理解が必要になる。 本研究はそのような視点の転換への第一歩ともなっている。 また、本研究で発見された時空間的パターンは現在世界の多くの研究グループによって進行中のゆっくり地震発生モデル構築に重要な拘束条件ともなる。

このように本研究が導く結論と仮説は固体地球物理学研究の新たな進展方向として魅力的であるが、まだ一地域から導かれたに過ぎないと冷静に捉える必要もある。 同様の直線状構造は四国以外の日本でも、カスカディアでも見られる。 今後は他の地域の微動でも同様なパターンが見られるか確認していく必要がある。 また、ゆっくり地震や微動の研究が社会的に重大な意義を持つためには隣接する海溝型巨大地震との関係をはっきり示す必要がある。 これまでにシミュレーションなどで地震直前の活動様式変化が示唆されているが現実の巨大地震での観測例はない。 海溝型巨大地震との関連を議論するためには、今回明らかになった時空間的パターンは基礎情報として欠かせない。 このパターンとその変化を分析しつつ、巨大地震との関連を探っていきたい。

この研究は以下の資金により行われた。

  • 科学研究費補助金(日本学術振興会)基盤研究(B) 20340115
  • 科学研究費補助金(文部科学省)新学術領域研究 21107007

発表雑誌

S. Ide, Striations, duration, migration and tidal response in deep tremor, Nature, doi:10.1038/nature09251, 2010(ネイチャー 7月15日発行)

画像資料

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