2010/7/14

3体力と物質の存在限界

発表者

  • 大塚 孝治(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 教授)

概要

原子核に中性子を加えていくと、それ以上には加えられない限界に達する。 この存在限界の解明は原子核物理学の基本課題の一つであり、限界を極めるという科学の一般的な使命にも当てはまる。 この課題に、3体力(陽子や中性子が3個いた時に働く力)が極めて重要で明瞭な役割を果たしていることを発見した。 通常、力は2個の間に働くものであり、3個の間に働く力は珍しく、それが決定的な役割を果たしていることは予想されていなかった。 その顕著な例として、酸素原子核の存在範囲が異常に狭いのは何故か、という長年の謎を解決した。フィジカルレビューレターズ誌に掲載される。

発表内容

図1

図1:核図表。原子核が箱として色分けされて示されている。原子番号(Z)が14までの、実験で見つかった原子核が示されている。Zが同じで、中性子数(N)が異なる原子核はアイソトープと呼ばれ、核図表では横方向の列を成す。各アイソトープに対して、元素記号と一番右側のアイソトープが見つかった年が示されている。Z=8の酸素まではドリップラインが実験的に確立している。

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図2

図2:左は酸素のアイソトープの基底状態のエネルギーを示す。酸素16に比較した値で示されている。実験値と理論値が示され、理論値には2体力の効果のみを含んだものと、3体力の効果まで含んだものがある。青くシェードがかかっている部分は3体力の効果を示す。右は本研究で重要性を指摘した3体力のプロセスの概念図である。はコアの外側の中性子、●やはコアを構成する陽子、中性子を示す。

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図3

図3:人間関係とのアナロジー。Victorが青の中性子、Rick が緑の中性子、女性が黄色の中性子(陽子でもいい)に対応する。

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(1)これまでの研究でわかっていた点

地球上の物質を構成している原子核を「安定核」と言う。 安定核に中性子を加えていくと、寿命の短い「エキゾチック原子核」(注1)と呼ばれる原子核が作れる。 図1は核図表と呼ばれるもので、それらの原子核の一つ一つが箱として示されている。 中性子は無限に沢山加えられるのではなく、限界がある。それをドリップラインという。 1990年代以降、エキゾチック原子核はRIビーム加速器(注2)によって量子ビームとして作られるようになり、実験の対象となった。 実験の目的の一つは各々の元素に対して、ドリップラインを見つけることにある。 これまでに、水素(原子番号Z=1; 陽子の数でもある)から酸素(Z=8)までのドリップラインが実験的に確定している。 図1にあるように、ドリップラインはZの増加とともに安定核から離れつつ、右斜めに上がっていく。

(2)この研究が新しく明らかにしようとした点

図1を見ると、Z=8の酸素のドリップラインはN=16にあるのに対して、Z=9のフッ素のドリップラインはまだ見つかっていないものの、N=22より先にある。つまり酸素のところに大きなくびれがある。 これまで、何が原因でこのくびれができるのか分かっていなかったし、大きな視野で見てこのくびれの意味することも分かっていなかった。 この研究は、これらに明確な解答を与え、さらにそれが持つ普遍的意味を明らかにした。

(3)この研究で得られた結果、知見

原子核を構成する陽子や中性子の間には、核力とよばれる力が働く。核力にはいくつかの成分があり、その中に3体力と呼ばれるものがある。 陽子や中性子をまとめて核子と呼ぶが、3体力は3個の核子の間に働く力である。 50年程前に藤田博士と宮沢博士(本学名誉教授)は、藤田-宮沢力と呼ばれる3体力を提唱した。 本研究では、藤田-宮沢3体力により、ドリップラインが大きな影響を受けることを発見した。 それは一般的な観点からのものであるが、酸素アイソトープにそれを適用したところ、図1で示された核図表の酸素での「くびれ」が解決され、長年の謎が解かれた。

図2には酸素アイソトープの基底状態(一番安定な状態)のエネルギーが示され、2体力までしか含まない旧来型の計算では実験値が再現できていない。 即ち、エネルギーはN=16を過ぎても下がり続けて、ドリップラインがN=16という正しい値にならなくなる。 一方、藤田-宮沢3体力を含んだ計算では、実験値がほぼ再現され、エネルギーはN=16を過ぎたところで下げ止まり、N=16が最も安定になる。 これは、ドリップラインが正しい値になることを意味する。

藤田-宮沢3体力を図2の右の図のようなプロセスで取り入れることにより、長年の謎が解けた。 このメカニズムは青と緑の中性子間に斥力的な効果を生じ、そのために原子核に加えられる中性子の数の上限が減り、存在限界=ドリップラインが安定核に近づく(項目⑤を参照)。 フッ素では、この効果は存在するが、1個加わった陽子がより強い引力効果を発揮して、目立たなくしてしまう。 実際、全ての原子核にこの効果は存在する。

存在限界以外にも、酸素のエキゾチック原子核で見つかった新しい魔法数(注3)の発現にも3体力は重要な寄与をしている。

なお、本研究はここ10年間位に行ってきた研究に対して、新たな別の効果を加えるものである。 テンソル力の効果など、これまでの成果への変更ではなく、並存するものである。

(4)研究の波及効果

エキゾチック原子核(注1)は超新星などの天体現象で短時間の間、大量、多種に作られ、それらの連鎖反応の結果、地球の鉄より重い元素ができた。 そのシナリオを完成させるには、連鎖反応の途中の原子核の性質が分からないといけない。 それに必要で新しい知識を与える。 原子核統一モデルの構築へ向けての、重要なステップになる。

独立行政法人理化学研究所で最近完成したRIビームファクトリーという世界最大の重イオン加速器では、エキゾチックな原子核を作り出し、その性質を実験的に調べ探索する。 本研究は、それに関する理論的な研究であり、具体的な実験計画に対し、学術的な将来の方向性を示すのにも貢献する。 重イオン加速器は世界各国が競争して建設しており、グローバルな研究の方向性を与えるのがこの論文の研究である。

(5)分かりやすい説明

この3体力効果は、人間社会で、例えば女性1人に男性2人がいた時に、男女の愛情がもう一人の男性のために減ってしまう。 それが男性2人の間の排斥関係になる、というのと似ています。 女性無しには起こらないので3体力です。当日、絵を使って話します。 このようなことが物質の存在限界を決めているのは面白いことです。

画像資料
こちらからカラーバージョンでご覧いただけます。

この研究は、

  • 科学研究費補助金(日本学術振興会)、基盤研究(A)20244022、基盤研究(C)18540290
  • 先端研究拠点事業(日本学術振興会)、エキゾチックフェムトシステム研究国際ネットワーク(EFES)
  • ドイツ、ヘルムホルツ協会、HA216/EMMI
  • カナダ、NSERC

をもとに行われました。

発表雑誌

アメリカ物理学会、フィジカル レビュー レターズ(Physical Review Letters)

2010年7月16日号

題名 “ Three-Body Forces and the Limit of Oxygen Isotopes ”

共著者 鈴木俊夫(日本大学文理学部教授)、Jason D. Holt (カナダ、TRIUMF研究所博士研究員)、Achim Schwenk (カナダ、TRIUMF研究所教授)、赤石義紀(高エネルギー研名誉教授) (所属は論文投稿時のもの)

用語解説

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注1 エキゾチック原子核、ドリップライン
通常の安定な原子核では陽子の数(Z)と中性子の数(N)はあまり大きくは違わない。N/Z比で最大1.5程度である。一方、それらの安定な原子核に中性子を加えていくと、ベータ崩壊により短寿命で別の原子核に変わる不安定な原子核ができる。それらをエキゾチック原子核という。寿命が短いので地球上で自然に存在する事はない。エキゾチックという意味は、天然にない、という事に加えて、NとZが大きく違いアンバランスがあるために、原子核の性質も安定核から異なる事も意味する。これまでに、原子核の大きさや魔法数に違いがあることが知られている。エキゾチック原子核に中性子を加えていくと、それ以上は加えられない限界に達し、ドリップラインという。ドリップラインではN/Zは3を越えることもある。 
注2 RIビーム加速器
RIとはラジオアイソトープ(放射性同位元素)のことである。RIビームとは地球上には存在しない原子核(アイソトープ)を、原子核を別の原子核に衝突させて作り、できた多種多彩なものから欲しいものだけを選んで集めて作った量子ビームである。それを生成する加速器であるRIビーム加速器は極めて高度な技術を要し、1990年代から実用化してきた。現在、その最先端、最大級のものが数百億円の規模の予算で欧米3か所で建設中で、我が国の理化学研究所のRIBFはその先頭を切って完成したものである。 
注3 魔法数、殻構造
原子核には、原子のまわりを回る電子が持つのと似たシェル構造や魔法数(マジックナンバー)がある。原子の場合の不活性ガスと似て、魔法数と同じ数の陽子数、又は、中性子数の原子核では特別な安定性が起こる。魔法数は1949年にメイヤーとイェンゼンによって発見され、後にノーベル賞が授与された。