重イオン反応での平衡化の抑制メカニズムの発見
発表者
- 岩田 順敬(※1)(ドイツ、GSI研究所 EMMI博士研究員)
- 大塚 孝治(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 教授)
- J.A. Maruhn(ドイツ、フランクフルト大学理論物理学研究所 教授)
- 板垣 直之(※2)(京都大学基礎物理学研究所 准教授)
※1 平成21年3月まで大学院理学系研究科物理学専攻博士課程在学。本研究はその時のものが主要な部分を占める
※2 平成22年3月まで大学院理学系研究科物理学専攻特任准教授
概要
超新星爆発などでは重要なエキゾチック原子核(注1)は、地球上に天然には存在せず、一方実験室では重イオン反応により作られる。その反応の初期段階で荷電交換反応が起こり、よりエキゾチックな原子核を作るのを妨げるとされてきた。ところが、重イオン反応をある値より高いエネルギーで起こせば、この荷電交換反応が起こらなくなることを理論的に発見し、それが既存の実験データを全て説明することを示した。フィジカルレビューレターズ誌6月25日号に掲載される。
発表内容

図1:左と右からそれぞれ鉛208とカルシウム40という原子核が飛んできた場合について、 時間依存ハートリーフォック法による数値シミュレーションを示す。 正面衝突ではなく、少しずれてぶつかるように設定されている。 上の3つの図はエネルギーが低い場合の時間経過(左から右へ)を示す。 平衡化が早い段階で起こり、2つの原子核は一つに融合してしまう。 下の図では、エネルギーを高く設定してある場合の時間経過を示す。 この場合には平衡化を起こすことが出来ず、初めの原子核とは異なる原子核が早い段階で飛び出している。
(1)これまでの研究でわかっていた点
陽子数と中性子数がアンバランスなエキゾチック原子核は寿命が短く、ベータ崩壊により他の原子核に変わってしまう。何段階かを経て、最後には、寿命が長いか無限の安定核になる。その結果、地球上の物質はすべて安定核からできている。しかし、安定核はビッグバンに始まる宇宙の進化で初めからあるのではなくて、エキゾチック核を中間生成物とする多段階の反応の最終生成物であり、そのような反応は超新星爆発のような天体現象の中で起こると考えられている。
このような中間生成物であるエキゾチック核の研究を地球上の実験室で行うには、どうしたらいいだろうか?重い原子核に電子が幾つかまとわりついている重イオンを加速器で加速し、別の重イオン(プロダクション・ターゲットとも言う)にぶつける。それによって、様々なエキゾチック核(破砕核とも言う)ができるので、その中から実験したいものだけを選び出し、集めて再度そのビーム(2次ビームとも言う)を作り、実験用のターゲットにぶつける。
このような実験は破砕核分離反応というタイプであり、世界中で幅広く行われている。これによってエキゾチック原子核を作るのに一つ重大な問題があった。本当に作りたいのは陽子数と中性子数がアンバランスなものであるのに、それと逆行するメカニズムが働くのである。それを荷電交換反応という。2つの重い原子核同士が接触するや否や、一方の原子核の中性子密度が他方の密度よりも高いと、高い方から低い方へ極めて短時間に中性子の流入が起こる。陽子についても同様である。2種類の混同溶液で混合比の違うものを接した際に起こる現象に似ている、と考えられる。これにより密度は平均化されるので、アンバランスとは逆の方向に進む。つまり望む方向とは逆であり、アンバランスなエキゾチック原子核が作られる確率は下がってしまう。
以上のような、重イオン反応の初期段階での荷電交換反応というものが知られており、不可避なものとされてきた。
(2)この研究が新しく明らかにしようとした点
本研究では、荷電交換反応の起こるメカニズムを解明し、あるしきい値よりも高いエネルギーで原子核同士をぶつければ、荷電交換反応はほとんど起こらないことを理論的に発見した。
荷電交換反応は、上の1.の例で言えば、中性子がもともといた原子核の中で動きまわっており、もう一つの原子核と接触した瞬間に壁が消えて、もう一方の原子核へ飛び込んでいくことによって起こる、とこの論文では考えた。それ自身新しいアイデアである。動き回る速度はフェルミ速度と言われているもので、光の速度の1/4位である。これは十分に速いので、反応初期に起きる。
しかし、速いと言っても、2つの原子核がそれ以上に速い相対速度で動いていると、その中性子が乗り移ろうとしてもその時まで相手の原子核は待ってくれない。そこで、ある値よりも2つの原子核の衝突の速度が大きいと荷電交換反応は起こらなくなるはずであると考えた。その境目のエネルギーを出す公式を導いた。
この結果を実験データと比べると全てが矛盾なく説明でき、初めて理論的な説明を与えることに成功した。
反応の数値シミュレーションであるTDHF(注2)法により、計算機実験を行うと、以上の理論的考察どおりになっていることも確認された。図によりその様子を示す。
図は、左と右からそれぞれ鉛208とカルシウム40という原子核が飛んできた場合のシミュレーションを示す。ただし正面衝突ではなく、少しずれてぶつかるように設定した。上の3つの図はエネルギーが低い場合の時間経過(左から右へ)を示す。平衡化が早い段階で起こり、2つの原子核は一つに融合してしまう。化学物質とのアナロジーで言えば、完全に混ざってしまう。
一方下の図では、エネルギーを高く設定してある場合の時間経過を示す。この場合には平衡化を起こすことが出来ず、初めの原子核とは異なる原子核が早い段階で飛び出している。混ざり合う前に分かれてしまうのである。
(3)この研究で得られた結果、知見
エキゾチック原子核を作りやすい反応のエネルギーの下限を与える公式が得られた。また、重イオン反応は高度に非線形、非摂動的なので余り解明されていないが、それに重要な簡明な描像を与えた。
(4)研究の波及効果
エキゾチック原子核の実験を考える際に、重要な情報を与える。我国で言えば理化学研究所のRIBF、海外では、アメリカの国立超伝導サイクロトロン研究所(NSCL), ドイツの重イオン研究所(GSI)、フランスの国立大型加速器研究所(GANIL) などの大型加速器での実験に関係する。
この研究は、
- 科学研究費補助金(日本学術振興会)、基盤研究(A)20244022、
- 先端研究拠点事業(日本学術振興会)、エキゾチックフェムトシステム研究国際ネットワーク(EFES)、
- ドイツ、ヘルムホルツ協会、HA216/EMMI
をもとに行われました。
発表雑誌
- アメリカ物理学会
- フィジカルレビューレターズ Physical Review Letters
- 104巻、242501 (6月25日発行)
- オンライン掲載 6月22日(日本時間)
用語解説
- 注1 エキゾチック原子核
- 通常の安定な原子核では陽子の数(Z)と中性子の数(N)はあまり大きくは違わない。N/Z比で最大1.5程度である。一方、それらの安定な原子核に中性子を加えていくと、ベータ崩壊により短寿命で別の原子核に変わる不安定な原子核ができる。それらをエキゾチック原子核という。寿命が短いので地球上で自然に存在する事はない。エキゾチックという意味は、天然にない、という事に加えて、NとZが大きく違いアンバランスがあるために、原子核の性質も安定核から異なる事も意味する。これまでに、原子核の大きさや魔法数に違いがあることが知られている。エキゾチック原子核に中性子を加えていくと、それ以上は加えられない限界に達し、ドリップラインという。ドリップラインではN/Zは3を越えることもある。 ↑
- 注2 TDHF
- Time Dependent Hatree Fock 計算といい、時間とともに変わっていく現象を扱う量子的数値シミュレーション法 ↑