2010/5/24

光でON-OFFする新種の金属酸化物を発見!

金属酸化物で初めて室温光相転移を実現、夢の次世代光記録材料

発表者

  • 大越 慎一(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 教授)
  • 所 裕子(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 客員研究員)
  • 角渕 由英(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 博士課程3年)
  • 橋本 和仁(東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 教授)
  • 生井 飛鳥(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 博士課程1年)
  • 箱江 史吉(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 修士課程2年)

概要

図1

図1:世界初の室温で光可逆的に相転移を示す金属酸化物(ラムダ型酸化チタン:λ-Ti3O5)。結晶構造中の色のついた球(赤および青)はチタン原子、白い球は酸素原子を表している。

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図2

図2:緑色光(緑色レーザー光:波長532 nm光)と青色光(青色レーザー光:波長410 nm光)のレーザー光照射によるラムダ酸化チタンにおける可逆的光相転移現象の写真。bの破線で囲った部分は緑色光を照射してβ相に転移した部分を、cの破線で囲った部分は青色光を照射してλ相に戻った部分をを示す。「室温で532 nm光と410 nm光を交互に照射することによって、色相の繰り返し変化、すなわち、λ相→β相→λ相→β相→∙∙∙の可逆的な相転移が観察された。

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図3

図3:λ-Ti3O5の結晶構造およびレーザー光照射による相転移の色相とメカニズム。結晶構造中の色のついた球(赤および青)はチタン原子(構造的に異なる3種のチタン原子Ti(1)、Ti(2)、Ti(3) が存在する)、白い球は酸素原子を表している。

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図4

図4:λ-Ti3O5の合成方法:(a) 界面活性剤によって形成される2種類の逆ミセル溶液を反応させて、Ti(OH)4を形成させ、SiO2でTi(OH)4をコーティングした状態で水素気流下で焼成する。下図は焼成して得られたSiO2マトリックスに分散した20 nm程度のλ-Ti3O5ナノ結晶の透過型電子顕微鏡写真。(b) 光触媒として用いられているアナターゼ型TiO2ナノ粒子を水素気流下で焼成するだけの方法。

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大越慎一教授(東京大学大学院理学系研究科化学専攻)の研究グループは、光照射により金属状態と半導体状態の間を室温で行ったり来たりできる新種の金属酸化物を発見したと発表した。この新種の金属酸化物(ラムダ型五酸化三チタン:λ-Ti3O5)(以下、ラムダ型酸化チタンと呼ぶ)は、界面活性剤を用いた化学的手法により作製できる。この物質は、光を当てると、金属的な性質をもつ黒色のラムダ型から半導体的な性質をもつ茶色のベータ型(β-Ti3O5)への光相転移(光誘起金属-半導体転移)を示す。また、その逆の相転移も光照射により可能であることが分かった。室温で光可逆的に相転移を示す金属酸化物は、この物質が世界で初めてである。ラムダ型酸化チタンは、チタン原子と酸素原子のみからなる単純な物質で、レアメタルなどを含まないため、非常に安価で環境に優しい物質である。また、粒径が10~20ナノメートル程度の微粒子で得られるため、次世代の超高密度光記録材料としても有望である。なお、このラムダ型酸化チタンは市販されている光触媒用の酸化チタンを水素気流下で焼成するだけでも得られることがわかり、経済的コストおよび量産の両面から工業的にも有望である。

本研究はNEDO「循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクト」(総括:橋本和仁教授)の酸化チタン新機能探索研究の一環として行われた。

発表内容

光相転移材料(および光相変化材料)の研究は、学術的にも産業的にも重要な課題の一つである。現在市場で使用されているDVDやブルーレイディスクなどには、光相変化材料として、カルコゲン(例:ゲルマニウム・アンチモン・テルル:GeSbTe)などが用いられているが、高価で希少な元素から成るという弱点がある。

今回、大越教授らは、界面活性剤を用いた化学的ナノ微粒子合成法により新種の金属酸化物(ラムダ型五酸化三チタン:λ-Ti3O5(注1)(以下、ラムダ型酸化チタンと称す)の合成に成功した。このラムダ型酸化チタンは、金属的な性質を示す黒色の物質で、室温で緑色レーザー光(波長=532 nm)あるいは紫外線レーザー光(355 nm)を照射すると、ラムダ型からベータ型五酸化三チタン(β-Ti3O5(注2)へと光相転移を示す(図1,2)。一方、青色レーザー光 (波長410 nm)を照射すると、逆相転移を起こしてラムダ型に戻る。また、この光相転移は、ある条件下での1種類のパルスレーザー光を繰り返して照射するだけでも、λ相→β相→λ相→β相→∙∙∙と繰り返し相転移することが可能である。観測されたラムダ型酸化チタンの光誘起金属-半導体転移は、エネルギー的に準安定な状態にあるλ-Ti3O5と隠れた真の安定相であるβ-Ti3O5との間の光による相転移現象に起因することが熱力学的理論計算より明らかとなった(図3)。

本物質は、現在使用されているDVDやブルーレイなどの光記録メディアにおける実用的な光書き込み動作条件(動作温度、短波長光によるデータの書き込み、適切なレーザー強度閾値)を満たしている。また、10 nm程度の微結晶を大量にかつ安価に合成することが可能であり、次世代高密度記録材料に有望であると期待される。加えて、別の合成方法として、光触媒として用いられているアナターゼ型TiO2ナノ粒子を水素気流下で焼成するだけでも、このλ-Ti3O5を得られることがわかっている。

発表雑誌

この研究成果に関しては、2010年5月24日のNature Chemistry (ネイチャー・ケミストリー) (英国科学雑誌) のオンライン速報版で公開された。また、Nature Chemistry “News & Views” に紹介記事が掲載される予定です。
タイトル
Synthesis of a metal oxide with a room temperature photo reversible phase transition(室温光可逆相転移を示す金属酸化物の合成)
著者
Shin-ichi Ohkoshi, Yoshihide Tsunobuchi, Tomoyuki Matsuda, Kazuhito Hashimoto, Asuka Namai, Fumiyoshi Hakoe, and Hiroko Tokoro.

用語解説

注1 ラムダ型五酸化三チタン(λ-Ti3O5
λ-Ti3O5は、本研究において逆ミセル法(界面活性剤により油層中にできた数nmの水滴中で反応を進行させる方法)とゾル-ゲル法(化学的にシリカを前駆体微粒子に被覆させる方法)の組み合わせた合成法により初めて得られた。透過型電子顕微鏡像より、シリカ(SiO2)中に分散した20 nm程度のλ-Ti3O5ナノ結晶が観測される(図4)。また、シリカを除去することもできる。この物質に関しては、既報のTi3O5のいずれの結晶構造とも異なっていたため、この相をλ-Ti3O5と名づけた。このような新種の相が得られた理由は、20 nm程度という結晶サイズにおける表面エネルギーの寄与によると考えられる。 
注2 ベータ型五酸化三チタン (β-Ti3O5)
従来から知られている五酸化三チタンの茶色い結晶相で半導体的な性質を示す。