2010/4/2

遺伝子の進化の道も一歩から

CRC / DL 遺伝子の進化は段階的に起きた

発表者

  • 中山 北斗(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 博士課程3年)
  • 山口 貴大(自然科学研究機構基礎生物学研究所 助教)
  • 塚谷 裕一(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 教授)

研究概要

生物の形はいかにして多様になったのでしょうか。生物の形の多様性を生み出す要因の一つに、形を司る遺伝子の進化があります。そのため、生物の多様性を理解するためには、形を司る遺伝子の進化の過程を知ることが重要です。今回、東京大学大学院の中山北斗、基礎生物学研究所の山口貴大助教、東京大学大学院の塚谷裕一教授からなるグループは、YABBY遺伝子群と呼ばれる遺伝子のまとまりの中で、植物種によって異なる働きを持ち、それぞれに異なる形をもたらすCRC / DL 遺伝子に注目し、この遺伝子の働きを、単子葉類のアスパラガスの仲間であるクサナギカズラ (Asparagus asparagoides ) を使って調べました。これまでの研究から、CRC / DL 遺伝子は心皮(注1)で働き、その他にも植物によっては葉や蜜腺(注2)でも働くことが知られていました。今回の解析の結果、この遺伝子の蜜を出す器官である蜜腺の形づくりに関する働きは、被子植物のうち真正双子葉類という一部の植物においてのみ獲得されたものであること、葉の形づくりに関する働きは、単子葉類の植物の進化の過程で、段階的に得たものであることを明らかにしました。この結果は、遺伝子が新規の機能を獲得する過程で発現場所を段階的に増やしたことを明確に示しており、これは生物の多様性と遺伝子の進化の関連を理解する上で、非常に興味深い例であると考えられます。この成果は、国際誌、American Journal of Botany誌に掲載され、論文中の図が掲載号の表紙を飾りました(図1右)。

研究の成果

図1

図1:クサナギカズラ (Asparagus asparagoides ) の雌蕊と心皮。左:開花前の花の図。右:掲載号の表紙に使われた開花後の花の図。雌蕊の下部で濡れているように見えるのが蜜腺から分泌された蜜。写真を撮るのに余計な花被(単子葉類のがく片と花弁が区別できない花において、いわゆる花びらのことをこう呼ぶ)と、雄蕊は取り除いてある。

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図2

図2:今回の結果から考えられるCRC / DL 遺伝子の進化の過程を植物の進化の過程と合わせて示した模式図。植物の系統は関係する主要な系統群のみを示す。太線は遺伝子の機能の獲得の状態により模様を変えてある。

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生物の形の多様性の要因 〜遺伝子の進化〜

生物の形が多様である背景には、どのような要因があるのでしょうか。近年の研究により、その背景には、形を司る遺伝子の進化が関わっていることが明らかになっています。遺伝子の進化には、大きく分けて二つのやり方が知られています。ひとつは生物の進化に伴い、遺伝子のコピーをつくって、自分の体の中に二つの同じ遺伝子を持つことで、もとの方での機能は保持しつつ、コピーの方が新しい機能を獲得するやり方です。このように遺伝子のコピーをつくるやり方を、遺伝子重複と呼びます。もうひとつはコピーをつくらず、遺伝子の働く場所等が変化し、結果として新しい機能が生まれるというやり方です。植物において前者に関する例は、花のABCモデルで知られるMADS-box遺伝子等を中心に盛んに研究されていますが、後者に関する研究例は少ないのが現状です。今回注目したYABBY遺伝子群は、その働きによって五つのグループに分けられ、その中でCRC / DL 遺伝子は、様々な植物に共通して心皮の形づくりに関わっていることが知られていました。しかし植物の進化の過程で、ある植物では葉の中央を貫く中肋の形づくりに、また別の植物では、昆虫を誘引するために蜜を出す、蜜腺の形づくりにも関わるようになったことも知られています。これまでの研究から、CRC / DL 遺伝子は、上記の遺伝子重複を伴わず進化してきた興味深い例であることが知られていましたが、どのような過程を経て、様々な機能を獲得したのかは不明なままでした。

CRC / DL 遺伝子の進化の解明に向けて~キーワードは「段階的」~

今回、塚谷教授らのグループは、CRC / DL 遺伝子の進化の過程を明らかにするために、単子葉類に属するアスパラガスの仲間である、クサナギカズラ(Asparagus asparagoides )を実験材料として用い、CRC / DL 遺伝子の発現を調べました。これまで他の植物で知られているところによれば、CRC / DL 遺伝子の働きは大きく分けて、心皮での働き、葉での働き、蜜腺での働きに分けることができます。クサナギカズラのCRC / DL 遺伝子では、心皮および葉での発現は確認されましたが、蜜腺での発現は確認されませんでした。クサナギカズラの蜜腺では、CRC / DL 遺伝子以外の他の遺伝子が働いているのだと考えられます。また、クサナギカズラで確認された心皮および葉での発現に関しても、同じ単子葉類でクサナギカズラよりも成立が新しい植物であるイネと比べると、その発現場所が異なることが示唆されました。

具体的には、CRC / DL 遺伝子の葉での働きは単子葉類の植物に特有で、イネでは葉の中肋の形づくりに関わっています。また、CRC / DL 遺伝子の発現も中肋ができる葉の葉肉の細胞でみられます。しかしクサナギカズラでは中肋はできませんし、この遺伝子の発現は葉の中の維管束の細胞でみられます。クサナギカズラではこの遺伝子は中肋をつくるように働いているわけではなかったのです。このことから、CRC / DL 遺伝子の進化では、イネで見られるような新しい機能の獲得は、遺伝子の一度の変化でもたらされたのではなく、複数回の変化により、「段階的に」もたらされた結果であることが示唆されました(図2)。さらに、クサナギカズラの蜜腺ではCRC / DL 遺伝子の働きがみられなかったことから、この遺伝子の蜜腺をつくる働きは、真正双子葉類という一部の植物群においてのみ獲得されたものだ、という仮説を強く支持する結果も得ました(図2)。 今回の結果は、CRC / DL 遺伝子が遺伝子重複という遺伝子のコピーをつくるやり方を用いるのではなく、遺伝子の発現場所を段階的に変化させることで、様々な役割へと多様化した進化の過程を明らかにしました。まさに千里の道も一歩から、CRC / DL 遺伝子の新しい機能の進化も一歩ずつ進んでいったのかもしれません。

本研究は文部科学省科学研究費補助金基盤研究(A)、学術創成研究費、特定領域研究、若手研究(B)のサポートを受けて実施されました。

発表雑誌

American Journal of Botany (2010年4月号掲載) Volume 97, Issue 4, 2010,オンライン版は3月9日(火)付けで発表されました。
論文タイトル
“Expression patterns of AaDL, a CRABS CLAW ortholog in Asparagus asparagoides (Asparagaceae), demonstrate a stepwise evolution of CRC / DL subfamily of YABBY genes”
著者
Hokuto Nakayama, Takahiro Yamaguchi and Hirokazu Tsukaya

用語解説

注1 心皮
心皮は雌蕊を構成する器官で、特殊に分化した葉とみることができる。心皮は将来、種子になる部分を包んでおり、種子を外界から保護する場である(図1左)。受精後は果実の一部ないし全体になる。今回のクサナギカズラでは三つの心皮が合着し、一つの雌蕊を構成している。このような心皮を合生心皮と言う。 
注2 蜜腺
受粉を助ける昆虫を誘引するために、蜜を分泌する腺。その形、できる場所は様々である。そのため、蜜腺と呼ばれるものの中には、分泌細胞が集まっただけの組織レベルのものから、簡単な器官を構成しているものもある。今回のクサナギカズラでは雌蕊の中に三つの蜜腺ができ、雌蕊の中で分泌された蜜は、雌蕊にできる心皮の間のすき間より外側にしみ出してくる(図1右)。