生物時計の周期を調節する新しいタンパク質リン酸化酵素の発見
発表者
- 深田 吉孝(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 教授)
- 倉林 伸博(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 博士課程3年)
発表概要
東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻深田吉孝教授、倉林伸博(博士課程3年)らは、生物時計の周期を調節する新しいリン酸化酵素(DYRK1A)を見出した。DYRK1Aはダウン症の発症に関わる因子として近年とくに注目されているが、生物時計における働きは今回が初めての発見である。
発表内容
概日時計(注1)は、ほぼ全ての生物が有する重要な生理機能であり、その周期の乱れは規則正しい睡眠-覚醒や食事のリズムに影響を及ぼす。そして概日時計の周期は、「時計の針」にあたる時計遺伝子の量が、一日の中で増減を繰り返すことによって正確に維持されている。マウスにおいては、時計遺伝子の発現を強力に抑えるクリプトクロム(CRY)のタンパク質レベルが半日をかけてゆっくりと増加し、その後、半日をかけてゆっくりと減少することによって時計遺伝子量の概日リズムが生みだされている。しかしこれまでに、CRYのタンパク質量を制御する具体的な機構はほとんど明らかになっていなかった。
今回我々は、二種類あるCRY分子のうちの一つである「CRY2」というタンパク質の分解制御に着目した。CRY2の分解制御が一日の中で適切なタイミングで働くことが、CRY2のタンパク質量のリズム、ひいては概日時計周期の維持に必須だと考えたのである。我々のグループはこれまでに、未知のタンパク質リン酸化酵素の働きこそが、CRY2の分解タイミングを決定していると考えていたが、今回、そのリン酸化酵素の正体がDYRK1Aという分子であることを突き止めた。DYRK1Aは、ダウン症の発症に関わる因子として近年とくに注目されているが、概日時計における働きは知られていなかった。DYRK1Aの酵素活性はマウス生体において24時間周期で変動しており、CRY2の量が増える時間帯で活性が高かった。このことからDYRK1Aは、CRY2が急に蓄積しないように分解するという新しいメカニズムによって、CRY2のタンパク質量を12時間もかけてゆっくりと増加させていると予想された。さらに細胞内においてDYRK1Aの機能を抑制すると、正常よりもCRY2がより早いタイミングで蓄積し始める様子が観察され(図1)、それと共に概日時計の周期が短くなった。以上のことから、今回発見したDYRK1Aというリン酸化酵素は、概日時計の周期を正確に24時間周期に合わせる重要な制御因子であると考えられた。
なお、本研究は文部科学省の科学研究費補助金〔基盤研究S (19107002)、特定領域研究「タンパク質分解による細胞・個体機能の制御」(21025010)〕、グローバルCOEプログラム(生体シグナルを基盤とする統合生命学)などの支援を受けて行われた。
発表雑誌
- Molecular and Cellular Biology, vol 30, issue 7 (2010年4月1日号), p1757-1768 (2010)(オンライン版は3月9日に発表されました。)
用語解説
- 注1 概日時計
- 約24時間周期でサイクルする生物時計。睡眠や体温などのリズムをコントロールしている。 ↑