機能未知のGnRH2ペプチドニューロンから初めての電気活動を記録
発表者
- 岡 良隆(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 教授)
- 神田 真司(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 博士課程3年)
- 西川 圭(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 修士課程2年)
発表概要
動物の脳内にあるGnRH2とよばれるペプチドニューロン(注1)の機能については未知であった。私たちはGnRH2ニューロンをGFP蛍光たんぱく質(注2)で光らせた遺伝子改変メダカを作って電気活動の記録に成功し、脊椎動物に共通するそれらの機能を知るための第一歩を踏み出した。
発表内容

図1:GnRH2ニューロンだけにGFP蛍光タンパク質を作らせるように遺伝子改変されたメダカの作製とGnRH2ニューロンからの電気活動記録。
図A. トランスジェニックメダカを作るのに用いた人工的な遺伝子の配列。このような配列のDNAをメダカ受精卵に注射することによりトランスジェニックメダカを作る。
図B~D. GFP(図B 緑色)発現ニューロンのほとんどすべてがGnRH2(図C 赤色)ペプチドを作っていることがDの重ね合わせ写真(黄色)によりわかる。
図E. GFP蛍光標識されたニューロンの塊。
図F. 1個のGFP標識ニューロンから記録された電気活動。
図G. 生きたメダカを卵膜の外から観察しても緑色に光るGnRH2ニューロンがわかる。

図2:脳内には、本文に示すように、形態と機能の異なるGnRH1~GnRH3の3つのGnRH神経系が存在している。赤丸がそれぞれのニューロンの位置を示し、黒線はそれらから伸びる軸索を示している。GFPトランスジェニックメダカを用いてそれぞれのニューロン1個から自発的な電気活動を記録すると、それぞれ特徴的なパターンを示しており、それらはGnRH1~GnRH3神経系の機能(神経修飾または神経分泌)と密接に関連していると考えられる。
後に『ノーベル賞の決闘』と言う本で描かれたほど熾烈な研究者達の争いの結果、1970年代に脊椎動物脳内の視床下部から生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)(注3)と呼ばれるペプチドが発見され、その配列が決定された。GnRHは、視床下部の特定のニューロン(GnRHニューロン)が作るホルモン(注4)であり、これが脳下垂体のホルモン分泌を刺激することにより、最終的に生殖腺からのアンドロゲンやエストロゲンなどのホルモン分泌が刺激される。この発見により、環境の変化を脳が受け取り、それに応じて脳がホルモン分泌を調節する仕組みの研究が始まった。しかしその後の研究により、脳内にはそのGnRHペプチドの配列に似ているが、機能が異なり、視床下部の外に存在するニューロンが作るGnRHペプチドも存在することがわかってきた。それらは視床下部のGnRH(これをGnRH1と呼ぶ)と区別してGnRH2、GnRH3と呼ばれるようになってきた(注5)。これまでの私たちの研究により、GnRH3ニューロンは脳下垂体・生殖腺系の調節にはかかわらず、脳の中ではたらいて動物の性行動などに関して「やる気を出させる」(行動の動機付けを促進する)作用をもつと考えられている。しかしながら、多くの脊椎動物の脳内に存在するGnRH2ニューロンに関しては、現在でもそのはたらきは未知のままである。魚の脳では3つのGnRH神経系が良く発達していることから、魚はGnRH神経系の研究に大変適している。とりわけ、メダカは豊富な遺伝子データベースが利用可能であり、遺伝子改変動物(トランスジェニック動物)を作りやすい、体や脳の透明度が高い、など多くの実験上の利点を持っている。
今回私たちは、図1Aに示すような人工的な遺伝子を設計してメダカの卵に注入し、GnRH2ニューロンだけがGFPの緑色蛍光で明るく光るトランスジェニックメダカを作製した。脳をまるごとプラスチックディッシュ上に取りだして蛍光顕微鏡下で観察することにより、生きた脳内で明るく光るGnRH2ニューロンを容易に他のニューロンと区別して見分けることが可能になった(図1B~E、G)。このようにして、GnRH2ニューロンを見定めた上で電気的な活動を脊椎動物の脳で初めて記録することに成功した。この結果、図1Fのように、GnRH2ニューロンは実験的に何も刺激を加えなくても、心臓のペースメーカーのように極めて規則的な活動電位を常に自発的に出していることがわかった。このようなペースメーカー活動は、1992年に私たちが世界で初めて記録したGnRH3ニューロンの電気活動と極めて似通っていた。これらGnRH2およびGnRH3ニューロンは視床下部の外の脳部位に存在していて、GnRH1ニューロンとは異なり、その軸索(注6)と呼ばれる神経突起を脳下垂体とは全く関係のない脳部位に広く伸ばして脳の中でGnRHを放出していることも知られている(図2)。一方、GnRH1ニューロンは、一見不規則に見えるが、メダカの排卵周期(注7)と関連した、ゆっくりと平均頻度の変化する電気活動を示すこともわかってきている(岡らの未発表データ)。
このように、今回の発見により、3つのGnRH神経系が脳内で異なる神経回路を作り、異なる電気活動を示すことが明らかになったが、こうした特徴はそれらの脳内における機能と密接に関連していると考えられる。すなわち、GnRH1ニューロンは、脳下垂体から生殖腺刺激ホルモンを周期的に出させることにより周期的な排卵を制御している。一方、GnRH3ニューロンの活動頻度はそれらのニューロンから脳内に放出されるGnRHペプチドの量に反映され、放出されたGnRHペプチドは脳の興奮性を上昇させ、結果として行動の動機付け(動物のやる気)を調節する(注8)と考えられている。最近メダカにおいて、繁殖期の雌の脳内GnRH3ニューロンの活動頻度が、成熟した雄を見るという視覚刺激により変化することが報告されており、大変興味深い。今後、GnRHニューロンを特定の時期に破壊したり、その活動頻度を体外から調節したりできるようなトランスジェニックメダカを作ることにより、3種類のGnRHニューロンすべての機能がより直接的に証明できる日も近いのではないだろうか。
今回の研究成果によりこれまで機能未知であったGnRH2ニューロンの機能をめぐる細胞レベルでの研究が本格化し、メダカをモデル生物として用いる研究が脊椎動物の神経生物学の研究全体に今後大きな影響を及ぼすことが期待される。
発表雑誌
- Endocrinology, February 2010, 151(2):695–701
- Regular Pacemaker Activity Characterizes Gonadotropin-Releasing Hormone 2 Neurons Recorded from Green Fluorescent Protein-Transgenic Medaka
- Shinji Kanda,* Kei Nishikawa,* Tomomi Karigo, Kataaki Okubo, Shoko Isomae, Hideki Abe, Daisuke Kobayashi, and Yoshitaka Oka
- * S.K. and K.N. contributed equally to this work, and both should be considered first authors.
用語解説
- 注1 ペプチドニューロン
- ペプチドは、複数のアミノ酸よりなる分子で、ホルモンや脳内生理活性物質としてはたらく。ペプチドニューロンは、それらを作り分泌する神経細胞。 ↑
- 注2 GFP蛍光たんぱく質
- 下村博士のノーベル賞受賞で有名になった、オワンクラゲがもつ蛍光タンパク質。この遺伝子を特定の遺伝子の中に人工的に組み込むことにより、特定の遺伝子を発現する細胞だけにGFP蛍光タンパク質を作らせることができるようになる。 ↑
- 注3 GnRH
- 生殖腺刺激ホルモン放出ホルモンgonadotropin-releasing hormone と呼ばれるペプチドの頭文字を取った略称。 ↑
- 注4
- 従来は電気信号を作り、伝えるだけだと思われていたニューロンの一部のものが各種のペプチドホルモンを合成・放出することが今ではわかっている。この現象を「神経分泌」と呼ぶ。脳下垂体はこれとは異なり、生殖腺など末梢の内分泌器官からのホルモン分泌を刺激するようなホルモンを作って血中に放出する細胞の集まった器官である。 ↑
- 注5
- GnRH1,2,3は遺伝子重複によって進化の途上で生じてきた「パラログ遺伝子」によって作られるペプチドであることが最近わかってきている。 ↑
- 注6 軸索
- ニューロンの電気的信号を脳の他の部位に伝えるケーブルとしてはたらいたり、ニューロンが作るペプチドなどの物質を遠くまで運ぶ通路としてはたらいたりする構造。 ↑
- 注7
- メダカは日照時間を夏のような長日条件にして良好な栄養条件で飼育すると毎朝規則的に排卵するようになる。 ↑
- 注8
- ニューロンが放出するペプチドなどのこうした作用を「神経修飾」と呼び、一般にシナプスで電気的な信号を伝える「神経伝達」と区別されている。 ↑