世界初の芳香族有機超伝導体の電子状態を解明
発表者
- 青木 秀夫(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 教授)
- 三宅 隆(産業技術総合研究所計算科学研究部門 主任研究員)
発表概要
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻の青木秀夫教授と東京大学工学系研究科物理工学専攻有田亮太郎准教授のグループは、岡山大理学部の久保園芳博教授のグループが発見した有機超伝導体(芳香族炭化水素ピセン(picene)の結晶で、超伝導転移温度20Kをもち、芳香族としては世界初の超伝導体)を理論的に解析し、電子状態を解明し、超伝導機構解明への一つの手掛かりを与えた。
発表内容

図1:ピセン分子。亀の甲(ベンゼン分子)が5つ連なっている。
有機金属(注1)における超伝導
超伝導という現象はきわめて魅惑的なテーマのひとつである。電子が2個ずつペアを組み、これがボース・アインシュタイン凝縮したものが超伝導状態であり、このようなボース凝縮という量子力学的な現象が極微ではなく巨視的な物体で起きているために、電気抵抗がゼロという応用上大事な性質も発生する。超伝導は、普通は、電気伝導度の高い金属を冷やしたときに起こる。一方有機物は、生体も構成しているが、普通は絶縁体であることが多く、金属的になるのは珍しく、実際、有機物の金属化を達成した白川先生の仕事はノーベル賞に輝いた訳である。ましてや、有機物が超伝導体になることは非常に興味深い現象といってよい。実際、無機物において超伝導が発見されたのは1世紀以上前(20世紀初頭)であるのに対して、有機物で初めて超伝導が発見されたのは、比較的最近(1980年)である。また、炭素系としても、グラファイトに金属を挟んだ構造で超伝導が発見されたのは1965年であり(超伝導になる温度は現在の最高値で絶対温度で12K)、さらに最近では、フラレンというサッカーボール状の炭素分子の間にアルカリ金属原子を挟んだ構造で約30Kという超伝導転移温度が谷垣勝己博士(現在東北大学理学部教授)により1991年に発見された。以来、有機物や炭素系での超伝導は物性物理学における挑戦的課題でありつづけているが、その後新たな発見は滞り気味であった。
ピセン:芳香族で初めての超伝導
そこに、岡山大学理学部の久保園芳博教授のグループによって、芳香族炭化水素分子ピセン(図1)の結晶(図2)にアルカリ金属をドープすることで、有機分子系としては高い約20Kという転移温度をもつ超伝導が発見された(発見は2009年始め、久保園教授による報告は2009年9月の国際会議等、論文は本年3月4日出版予定)。有機超伝導体が超伝導になる温度は、無機超伝導体に比べて圧倒的に低いことが多いので、この20Kという値は有機超伝導としては異例の高さをもっている。(実際、2008年前に我が国で発見されて一躍一大分野に発展した「鉄系新高温超伝導体」が超伝導になる温度は発見当初は26Kであり(その後55K)、ピセンは有機物でありながらこれと同程度の温度で超伝導になるので、有機物としては異例な高温超伝導である。)このピセンという分子の構造を見ると、高校の化学でも習う「亀の甲」(ベンゼンという六角形をした炭素分子)が5個つながった分子であり、このように亀の甲が幾つか集まった分子は芳香族と呼ばれ、化学で重要な一族をなす。実は、超伝導ピセンは芳香族炭化水素からなる物質としては世界初の超伝導体である。ピセンは、従来電子デバイスとして良く調べられているペンタセン(亀の甲が一列に5個連なった分子)という親戚に比べて、絶縁性が強い(電場をかけたときに電流がながれにくい)ので、「有機トランジスタ」の材料としての研究が進められてきたが、ここに電子を(カリウムという原子を混ぜることにより)注入したところ超伝導が実現したのである。
超伝導機構は?
直ちに知りたいのは超伝導の機構であるが、それを明らかにするためには、先ずこの物質の中で電子がどのような状態をとっているかを明らかにしなければならない。量子力学に従えば電子は粒子であると同時に波として記述されるが、有機結晶では、分子の並び方が複雑(ピセン結晶では、一方向からみると分子が杉綾紋様(ヘリンボン)に並んでおり図2参照)、さらに個々の分子も複数の電子軌道をもつので、いったいどのような波になっているかを明らかにすることは大変な作業であると同時に興味深い。青木教授、有田准教授は、物理学専攻の小杉太一研究員、産業技術総合研究所計算科学研究部門第一原理シミュレーション研究グループ長の石橋章司氏、同基礎解析グループ主任研究員の三宅隆氏と共に、久保園教授より構造データの提供を受け、このような電子の状態を理論的に解析し、結晶を組む前の単一分子のピセンのどのような電子軌道が、結晶を組んだ際に隣接する分子間で飛び移るかを明らかにした。また、導入されたカリウム原子が結晶中のどこにいるかが実験では明らかになっていないが、それを理論計算でシミュレーションすることで位置の候補を挙げると同時に、カリウムを入れる前と後で電子状態がどのように変化していくかを解析した。これらの解析により、特徴ある電子の状態が明らかになり、超伝導機構を考える上で重要な出発点となると思われる。有機物は、分子の種類や、分子上で電子のとる軌道が多彩である、など、無機物にはみられない特徴があるので、今後の発展が期待される。
なお、本研究は文科省科学研究費特定領域研究 「配列ナノ空間を利用した新物質科学―ユビキタス元素戦略」(2007-2011年)の補助を得ている。
発表雑誌
日本物理学の発行する英文専門誌 J. Phys. Soc. Jpnの2009年11月号(78巻、p.113704、online版は2009年11月10日公開)に発表。
岡山大理学部の久保園芳博教授グループの論文は2010年3月4日にNature誌に掲載
用語解説
- 注1 有機金属
- 有機物は絶縁体や半導体であることが多いが、場合によっては金属になる。白川先生の2000年のノーベル物理学賞の仕事が有名。有機金属の中の限られたものが、十分低温にすると超伝導になる。 ↑