米・重イオン衝突型加速器「RHIC」で、4兆度の超高温状態を実現
発表者
- 秋葉 康之(理化学研究所仁科加速器科学研究センター 延與放射線研究室 副主任研究員)
- 延與 秀人(理化学研究所仁科加速器科学研究センター センター長)
- 小沢 恭一郎(東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻 講師)
- 浜垣 秀樹(東京大学大学院理学系研究科 附属原子核科学研究センター 准教授)
発表概要
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK 鈴木厚人 機構長)を中心とする研究グループは、米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)の国際共同研究で、相対論的重イオン衝突型加速器(RHIC)(注1)を用い、太陽中心温度の10万倍も高い、約4兆度の超高温状態を初めて実験室で実現することに成功しました。この高温状態では、宇宙をつくる元素の構成要素である陽子・中性子が融けて、クォーク(注2)・グルーオン(注3)からなる新物質相「クォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)」になっています。これは、理研BNL研究センターや日米科学協力事業「RHICにおける重イオン衝突実験」が参加するPHENIX実験(注4)による成果です。
高温状態の物質の温度は、高温物質が発する光の色(エネルギー分布)と発生量から測定することができます。これは、溶鉱炉内の鉄が光を発して輝く様子から、その温度が高温であると分かる原理と似ています。この原理を活用し、RHICで衝突させる重イオンの物質に金原子を用いて、衝突初期の高温物質の温度を測定した結果、この金原子核同士の衝突が、約4兆度の超高温物質を作り出していることを確認しました。この温度は、太陽中心温度の10万倍も高く、宇宙をつくる元素を構成する陽子や中性子を融かして、クォーク・グルーオンからなるプラズマを生み出すために必要な温度よりも高温で、これまでに実験室で実現していた温度としては最高となります。
この結果は、RHICで実施してきた9年間のさまざまな実験成果と合わせて検討すると、RHICでの金原子核同士の衝突が、クォークとグルーオンからなる高温・高密度で粘性ゼロの「完全液体」を生み出したことを示しています。この完全液体は、しばしばクォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)と呼ばれ、約137億年前に起こった宇宙創成(ビッグバン)直後の数十万分の1秒の間、宇宙を満たしていたと考えられています。
この研究成果は、ワシントンで2月13日(土)~16日(火)に開催される米国物理学会で、2月15日(月)に研究グループを率いる理研の秋葉康之副主任研究員が報告するとともに、米国の科学誌『Physical Review Letters』に近く掲載されます。
詳細について理化学研究所のホームページをご覧ください。
用語解説
- 注1 相対論的重イオン衝突型加速器(RHIC)
- 米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)にある衝突型加速器で、2つの独立な超電導加速リングを持ち、陽子から金原子核までのさまざまな粒子ビームを加速し、衝突させることができる。全周は、約3,800mあり、2000年からさまざまな重イオンビーム同士の衝突実験を行っている。現時点で世界初・唯一の衝突型重イオン加速器で、世界初・唯一の偏極陽子衝突加速器。(ただし、2010年後半にCERNのLHCが重イオン衝突を開始すると、「世界唯一の衝突型重イオン加速器」ではなくなる。今のところRHIC以外に偏極陽子衝突加速器を作る計画はない。)これまでに、金+金、銅+銅、重陽子+金、陽子+陽子の衝突を実現している。陽子ビームの場合は、そのスピンの向きをそろえた偏極陽子ビーム同士を衝突させることができる。偏極陽子ビーム衝突は理研とBNLの研究協力の結果実現した。ビームの最高エネルギーは、金ビームでは核子あたり100 GeV、陽子ビームでは250 GeVとなる。陽子の質量は0.94GeVなので、その質量の約107倍から約270倍のエネルギーにまで加速できる。核子あたり100GeVの原子核ビームは、光速の99.996%の速度に達する。(1 GeV:ビームのエネルギーの単位。10億電子ボルト。単位電荷に10億ボルトの電圧をかけて加速した場合に相当するエネルギー。) ↑
- 注2 クォーク
- 物質を構成する最も基本的な構成要素。アップ(u)、ダウン(d)、ストレンジ(s)、チャーム(c)、ボトム(b)、トップ(t)の6種類がある。 ↑
- 注3 グルーオン
- 物質を構成する最も基本的な構成要素。クォーク、反クォーク間の強い相互作用を媒介するゲージ粒子。クォークとグルーオンの相互作用を決めている法則を量子色力学(QCD)という。 ↑
- 注4 PHENIX実験
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RHICを用いた高エネルギー重イオン実験の1つで、2010年2月現在で世界14カ国から71研究機関、500名あまりが参加する大型国際共同実験である。
実験代表者 ストーニーブルック大学教授 Barbara Jacak
副実験代表者 理化学研究所 副主任研究員 秋葉康之
副実験代表者 コロラド大学 教授 Jamie Nagle
実験本部長 ブルックヘブン国立研究所 Edward O'Brienその内容は、RHICでの重イオン衝突で生み出される超高温・高密度物質QGPの研究や、偏極陽子衝突反応による陽子の内部構造の研究をしている。日本からは、理研と米国ブルックヘブン国立研究所との共同研究の一環として、1995年から、理研、東京工業大学大学院理工学研究科、京都大学大学院理学研究科、立教大学大学院理学研究科の4機関が参加している。また、高エネルギー加速器研究機構を中心機関として実施している日米科学技術協力事業(高エネルギー物理学分野)でも、1994年から、筑波大学大学院数理物質科学研究科、東京大学大学院理学系研究科、広島大学大学院理学系研究科を中心に、高エネルギー加速器研究機構、筑波技術短期大学、早稲田大学理工総合研究センター、長崎総合科学大学情報学部の7機関が参加している。 ↑