原子核の力の解明とエキゾチック原子核の構造進化
発表者
- 大塚 孝治(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 教授)
- 鈴木 俊夫(日本大学文理学部物理学科 教授)
- 宇都野 穣(日本原子力研究開発機構 研究副主幹)
- 角田 直文(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 修士2年)
- 月山 幸志郎(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 博士2年)
発表概要
原子核の存在限界、内部構造、質量を決めるシェル構造についての新しく、統一的な理論を示した。 原子核を構成する陽子や中性子の間に働く核力の知られざる性質を見出し、 陽子や中性子の数とともに原子核が進化する様相を明らかにした。 それは宇宙での物質創成の道筋をさぐるのにも役立つ。 フィジカルレビューレターズ誌(PRL)に掲載され、 PRLの論文の中でもごく限られた数(通常は2%程度)のものが選ばれる ビューポイント(Viewpoint)に選ばれて紹介された。
発表内容

図1:陽子や中性子が単独にいる時に、それらの間に働くテンソル力の効果。 矢印はスピン(用語解説参照)の向きを表す。 上の場合は引力、下の場合は斥力になる。 ビューポイントにて使われた図を和訳した。

図2:陽子や中性子が原子核内の軌道上を周回運動している時に働くテンソル力の効果。 帯状の矢印は周回運動の向きを表す。 小さな矢印はスピン。 ビューポイントにて使われた図を和訳した。
これまでの研究でわかっていた点
原子核には、原子のまわりを回る電子が持つのと似たシェル構造や魔法数(マジックナンバー)がある。 原子の場合の不活性ガスと似て、魔法数と同じ数の陽子数、又は、中性子数の原子核では特別な安定性が起こる。 魔法数は1949年にメイヤーとイェンゼンによって発見され、後にノーベル賞が授与された。 地球上の物質を構成する、寿命が無限か極めて長い原子核を「安定核」と言う。 メイヤー・イェンゼンの理論は安定核の性質をよく説明し、半世紀にわたって信じられてきた。 1990年代頃から安定核ではなく、寿命の短い「不安定核」、 あるいは、「エキゾチック核」と呼ばれる原子核がRIビーム加速器 (注1) によって量子ビームとして作られるようになり、実験に供せられるようになった。 すると、半世紀の研究に耐え普遍的な真理のようになっていた安定核の諸常識では起こらないはずのことが、 そのような実験で見え始めた。メイヤー・イェンゼンの魔法数もその例外ではなかった。
この研究が新しく明らかにしようとした点
原子核を構成する陽子や中性子の間には、核力とよばれる力が働く。 核力にはいくつかの成分がある。 そのいくつかは、陽子や中性子が中間子をやり取りすることによって働く。 これは湯川秀樹博士が見つけたことに他ならない。 中間子の中では、パイ中間子が最も軽く、重要である。 パイ中間子1個が陽子と中性子の間でやり取りされると、テンソル力という奇妙な力が働く。 陽子や中性子はミクロな世界でスピン(注2) と呼ばれる自転運動をしている。 テンソル力が働くと、図1のように、陽子と中性子の距離が同じでも、 スピンの向きと同じか直角かで力が引力になったり、斥力になったりする。 これは2つの粒子の距離だけで力の大きさが決まり、 電荷だけで引力/斥力が決まった電気力(クーロン力)とは全く違っている。 中間子が関与するとこのような奇妙な力が発生する。 テンソル力が原子核のシェル構造や魔法数をどのように変えるか、という事は長く分かっていなかった。 それを明らかにしたのがこの論文と以前の関連論文である。 引力に働けば、例えば、より多く中性子を原子核に含めることができ、 中性子過剰なエキゾチック原子核が作れるし、それらは宇宙での物質創成にも寄与する。 一方、斥力であれば、あまりたくさんの中性子を詰め込むことはできず、物質創成のルートはそこで途切れる。
この研究で得られた結果、知見
テンソル力の効果は、原子核の中での軌道を周回している陽子や中性子が相手に対して、反対向きに動いているか、あるいは、並んで同じ向きに動いているかで、引力か斥力かに変わることを示した。しかもこの効果はモノポール項になっているために、効果が蓄積し、例えば、陽子の数が変わればそれに比例して効果が大きくなることも示し、エキゾチック原子核の魔法数、構造や存在限界に大きな影響を与え、様々な実験データを統一的に説明できるようになることを示した。その一般性により今後の実験への予言も期待され、超重元素の探索などにも有用である。
反対向き、同じ向きの様子を絵で示したのが図2である。
また、このような性質が、最先端の核力の理論でどのように説明されるかも示した。原子核中で重要な核力には大きく分けて2つの項があり、ひとつはテンソル力であり、もう一つは強い繰りこみの効果を受けた中心力であることも示した。ここで示したテンソル力には繰りこみの効果は極めて小さく、それも驚くべきことであった。
余談:この論文の最も重要な基本的アイデアは、フランクフルトからシカゴへ向かう飛行機の中で、大西洋上空を飛行中に思いついたものです。
研究の波及効果
エキゾチック原子核は超新星などの天体現象で短時間の間、大量、多種に作られ、それらの連鎖反応の結果、地球の鉄より重い元素ができた。そのシナリオを完成させるには、連鎖反応の途中の原子核の性質が分からないといけない。それに必要な知識を与える。
理研で最近完成したRIビームファクトリーという世界最大の重イオン加速器では、エキゾチックな原子核の性質を実験的に調べ探索する。それに理論的な予言を与え、研究の方向性を示すのにも貢献する。年末にフィジカル レビュー レターズに出版され、記者発表もされた、中村らによる最新の実験結果の論文も本論文の内容に沿ったものである。重イオン加速器は世界各国で競争して作っており、グローバルな研究の方向性を与えるのがこの論文の研究である。我が国が世界の研究のイニシアティブを取ることにもなり、それもビューポイント(Viewpoint)で取り上げられた理由の一つと考えられる。
論文の参照情報
- 関連論文
- アメリカ物理学会、フィジカル レビュー レターズ(Physical Review Letters)、2005年、95巻、232502
- 著者:大塚孝治、鈴木俊夫、 藤本林太郎、H. Grawe, 赤石義紀
- この研究成果のもととなった研究経費(主管庁、配分機関等)、研究種目、課題番号、課題名
- 科学研究費補助金(文部科学省)、基盤研究A 課題番号13002001、先端研究拠点事業(日本学術振興会)、エキゾチックフェムトシステム研究国際ネットワーク(この研究の相手国はノルウェー)
発表雑誌
アメリカ物理学会、フィジカル レビュー レターズ(Physical Review Letters)2010年1月8日号
オンライン掲載日 同年1月5日14:00
題名 “Novel features of nuclear forces and shell evolution in exotic nuclei”
特記事項:ビューポイント(Viewpoint)で紹介
※ビューポイントとは各号掲載の物理全分野からの約50篇の論文から1篇程度(まれに2~3篇)を選び、第3者によりその意義や背景についての説明が分野外の読者を念頭に解説される
用語解説
- 注1 RIビーム加速器
- RIとは放射性同位元素のことである。RIビームとは地球上には存在しない原子核(アイソトープ)を、原子核を別の原子核に衝突させて作り、できた多種多彩なものから欲しいものだけを選んで集めて作った量子ビームである。それを生成する加速器であるRIビーム加速器は極めて高度な技術を要し、1990年代から実用してきた。現在、その最先端、最大級のものが数百億円の規模の予算で欧米3か所で建設中で、我が国の理化学研究所のRIBFはその先頭を切って完成したものである。 ↑
- 注2 スピン
- ミクロな世界での自転運動のようなもの。電子のような大きさのないものでもスピンはあるので古典的には考えにくい。スピンの矢印とは、矢印を自転軸として、矢印の向きの後ろから前を見れば時計周りに自転していることとすることができる。 ↑