2009/11/19

器官サイズを大きくする遺伝子の組み合わせの解明

発表者

  • 塚谷 裕一(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 教授)

発表概要

なぜ生物は種ごとに体のサイズが異なるのでしょうか? これはごく単純な疑問ですが、それは未だによく解明されていない難しい課題でもあります。植物の場合、体のサイズを向上させる事ができれば、食料問題や大気中二酸化炭素の削減にも貢献できるため、サイズ制御は応用上も重要な研究課題です。植物の葉のサイズは、細胞の数とサイズの総和によって決まります。今回、立教大学の堀口吾朗(理学部生命理学科)准教授、ベルギーのDirk Inzé教授、東京大学大学院理学系研究科の塚谷裕一教授からなる研究グループは、細胞数が劇的に増加することで、葉の大型化を起こすシロイヌナズナ(注1)突然変異株の一つを解析しました。この突然変異株では、染色体の一部が重複(注2)しており、その結果、約1000種類もの遺伝子の量が倍化していました。本研究グループでは、その中でもとりわけ重要な2つの遺伝子を見いだし、それらが組み合わさって働くことが、葉のサイズの大型化に重要である事が明らかにしました。この成果は、国際誌、The Plant Journal誌に掲載されました。

図1

図:野生株(左)とgra-D変異株(右)の葉の写真。図の下部は、gra-D 変異株で染色体が重複した領域を示す。4番染色体全体が青い帯で示されている。青色の細い線1つ1つが遺伝子を、縦軸は遺伝子量を示している。この図から、4番染色体の右側で遺伝子量が倍になっている事が分かる。

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発表内容

私たちの身近には染色体の重複を利用した農作物が沢山知られています。例えば、ジャガイモや巨峰などは、全ての染色体が重複(倍数化)したものです。倍数化は一般的に、細胞サイズの大型化を起こし、これが器官サイズを大型化させる要因となります。また、このような倍数化は自然条件下でも度々生じ、植物の長い進化の歴史の中で様々な種が発達してきた一つの要因とも考えられており、盛んに研究が行われています。一方、染色体の一部のみが重複を起こす現象も知られていますが、それが器官サイズにどのような影響を及ぼすかについては知られていませんでした。

今回塚谷教授らのグループは、シロイヌナズナを実験材料として使い、gra-D と名付けた突然変異株で染色体の一部が重複し、葉のサイズが大型化する事を見いだしました(右図参照)。ところがgra-D では細胞サイズは正常で、細胞数の方が野生株の2~3倍にまで増加していました。重複を起こした染色体には、ANTとCYCD3;1 という細胞増殖を促進する事が知られている遺伝子が存在しています。野生株を用いて、これらの遺伝子の発現レベルをそれぞれ高める操作を行うと、細胞数の増加をある程度誘導する事ができました。一方、この2つの遺伝子の発現を同時に高めた場合、劇的な細胞数の増加が引き起こされる事が確認されました。

遺伝子機能の研究は、実験生物が持つある特徴に対し、一つの遺伝子がどう作用するのかを調べるアプローチが主流です。今回の結果は、複数の「相性」のよい遺伝子を組み合わせる事で、器官サイズの顕著な大型化を達成できる事を初めて示した例です。そのような、遺伝子の組み合わせを調べる手段の一つとして、染色体の部分的な重複は有効であると考えられます。この結果は、国際誌、The Plant Journalに掲載されました。

本研究は、東京大学(塚谷)、立教大学(堀口)、Flanders Institute for Biotechnology(Gonzalez, Beemster, Inzé)の共同研究として実施されました。

本研究は文部科学省科学研究費補助金のサポートを受けて実施されました。

発表雑誌

The Plant Journal(2009. 10. 1号掲載)Volume 60, Issue 1, 2009, Pages: 122-133
論文タイトル:
"Impact of segmental chromosomal duplications on leaf size in the grandifolia-D mutants of Arabidopsis thaliana"
著者:
Gorou Horiguchi, Nathalie Gonzalez, Gerrit T.S. Beemster, Dirk Inzé, Hirokazu Tsukaya

用語解説

注1 シロイヌナズナ
アブラナ科シロイヌナズナ属の夏緑性あるいは越年生の1年草草本。属の学名をとってアラビドプシスとも呼ばれる。北半球の冷温帯に広く分布し、日本では帰化と思われる集団が散発的に認められる。種子植物中ゲノムサイズが最小(1億2千5百万塩基対)で、植物体も小型(1cm2あれば1個体の栽培が可能)、栽培が容易であり、約23度の気温のもと、光源として蛍光灯だけでも育ち、約40日でライフサイクルが1回転する。染色体数は2n=10で自家和合性のため、遺伝解析が容易。以上のような研究上の利点から、遺伝学的な解析を中心としたモデル植物に指定された。2000年に全ゲノム配列の解読も終了しており、国際的な研究協力体制も整備されているため、種子植物中、最も研究が進み、よく理解された種となっている。毎年、シロイヌナズナに関する国際会議が開かれているほか、アメリカ、イギリス、日本にはそれぞれ、変異体や遺伝子クローンなどの研究リソースを整備・配布するストックセンターがある。いわゆるナズナとは別属。 
注2 染色体重複
染色体重複は大きく2種類に分けられる。ある生物が持つ全ての染色体が倍加する現象を倍数化という。イヌサフランから抽出される、コルヒチンと呼ばれる薬剤で植物を処理すると、細胞周期のM期における染色体の分配が阻害され、倍数体を人為的に誘導する事が可能である。一方、染色体の一部が重複する事を部分染色体重複という。1種類の遺伝子が重複する場合もあれば、複数の隣接した遺伝子が一度に重複する場合もある。今回解析に用いられたgra-Dでは、放射線照射によって染色体の一部が切断され、それが他の染色体と融合した転座が生じたものと考えられる。