2009/10/21

赤外吸収測定実験で強誘電体の氷の識別方法を確立

- 宇宙進化の謎解明に前進 -

発表者

  • 深澤 裕(日本原子力研究開発機構 量子ビーム応用研究部門 中性子物質科学研究ユニット新エネルギー材料研究グループ 研究副主幹)
  • 鍵 裕之(東京大学大学院理学系研究科附属地殻化学実験施設 准教授)

概要

独立行政法人日本原子力研究開発機構(理事長 岡﨑俊雄、以下「原子力機構」という)量子ビーム応用研究部門の深澤裕研究副主幹ならびに国立大学法人東京大学(総長 濱田純一)大学院理学系研究科の大学院生荒川雅氏と鍵裕之准教授のグループは、実験室で合成した強誘電性を有する氷(強誘電体氷、氷XI)(注1)の赤外吸収スペクトル(注2)を測定することに初めて成功し、スペクトル中の特定ピークが通常の氷より鋭くなることを発見しました。この事実は、赤外スペクトルから通常の氷と強誘電体氷を識別することが可能であることを意味しており、天体望遠鏡や探査機を用いた赤外スペクトル観測によって、宇宙における強誘電性氷の存在を直接探索する道を開くものです。

本研究グループは低温条件下(約マイナス200℃)で、氷結晶中の水分子の水素が自発的に揃うことにより、氷XI が形成されることを中性子回折実験(注3)によって明らかにし、このような強誘電体の氷が宇宙にも存在するはずであるとの仮説を提案しています。しかしながら、どのようにしてこの仮説を実証するのか、その具体的方向性は明確ではありませんでした。

今回、氷XI を実験室で生成し、その赤外吸収のスペクトルを測定することに成功しました。その結果、通常の氷から強誘電体氷への転移に伴って、スペクトル中の850 cm-1(11.7μm)付近に観測されるピークが明瞭に鋭くなることが明らかとなりました。宇宙の至る所に氷が存在することはすでに確認されていますので、天体望遠鏡や探査機によって赤外線観測を行い、これらの氷の赤外スペクトルを測定すれば、宇宙における強誘電体氷の存在を直接検証できることになります。

強誘電体は電気的に強い力で結合するので、宇宙にそのような氷が存在すれば、惑星の形成や生命起源物質の発生の過程で、氷の電気的な力が大きく寄与することになり、これらのシナリオに決定的な影響を与えます。例えば、強誘電体の氷が電気的な力で合体したり、周りの塵を強い力で引きつけたりすることで惑星の形成が大きく促進された可能性があります。今後、実験と観測の双方から宇宙での強誘電体氷の存在を明らかにすることで、惑星形成の謎といった宇宙進化の研究がより進展することが期待されます。

この研究は,科学研究費補助金学術創成研究「強力パルス中性子源を活用した超高圧物質科学の開拓」における課題の一部として実施されました。なお、本研究成果は、米国天文学会誌(AstrophysicalJournal)の10月号第2巻(2009年10月20日)に「Laboratory measurements of infrared absorption spectraof hydrogen-ordered ice: a step to the exploration of ice XI in space, M.Arakawa, H.Kagi andH.Fukazawa」として掲載された。

詳細は日本原子力研究開発機構プレスリリースのページをご覧ください。

用語解説

注1 強誘電体の氷
強誘電体とは、電場等の外部の力を与えなくても電荷がプラスとマイナスに別れる絶縁体をいう。氷の水素原子はプラスの電荷をもっており、これが揃うことで氷の片方がプラスに、もう片方がマイナスとなり、氷の両端に電位差が発生する。このプラスとマイナスに別れた氷を強誘電体の氷という。 
注2 赤外吸収スペクトル測定
測定試料に赤外線を照射し、透過光を分光することで波長ごとの強度分布(スペクトル)を得る分析手法をいう。分子振動を励起するのに必要なエネルギーの分布、すなわちスペクトルの形状は、物質の構造や状態に依存する。本研究では、赤外吸収スペクトルの波数850cm-1 (波長11.7 μm)に観測されるピーク(水分子の秤動に由来)の幅が、低温下で狭くなることを観測した。このピークは氷結晶中の水素原子の配置に敏感であり、ピーク幅の変化は氷XI の生成に対応すると考えられる。本結果は、これまでに報告された氷XI の中性子回折実験の結果ともよく一致する。本研究では実験室の弱い赤外線で吸収スペクトルを測定するため薄膜の氷を用いたが、天体観測では太陽からの強い赤外線のため厚みのある氷でも吸収スペクトルや反射スペクトルが測定できる。 
注3 中性子回折
物質を構成する原子核と中性子との相互作用で発生する干渉性の弾性散乱を用いた分析手法をいう。散乱角度と強度から、物質を構成する原子の配置等に関する情報を得ることができる。散乱強度は原子核と中性子との相互作用の強さで決まるので、X 線の場合と異なり水素のように軽い原子でも強い回折線が得られる。このため、中性子回折は水素や重水素の位置の決定に重要な役割を果たす。粉末試料の中性子回折では、回折パターンから原子の配置を求める結晶構造解析の方法の一つとしてリートベルト解析が用いられる。結晶構造解析において、解析の信頼性の目安をR 因子(測定値と計算値の差を測定値で割った値)と呼び、この値が低い場合に正確な原子の配置が得られたと判断される。JRR-3で実施した研究では、氷XI の構造解析としては最も低いR 因子(約5%)が得られており、極めて正確な水素原子の配置が初めて明らかになった。