2008/12/4

メダカ突然変異体の研究からヒト繊毛病の原因遺伝子を発見

- Ktu/PF13は細胞質において軸糸ダイニン複合体形成に必須なタンパク質である -

発表者

  • 武田 洋幸(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 教授)

概要

日本で開発された実験動物、メダカを用いた研究により、ヒト遺伝病である繊毛病の新しい原因遺伝子が判明した。この研究は、生物界に広く存在する運動性細胞小器官、繊毛・鞭毛の複雑な形成過程の解明に大きく貢献した。

発表内容

図1

図1:メダカktu 変異体の器官形成の異常

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図2

図2:メダカ精子鞭毛の異常とヒト繊毛病患者におけるKTU 遺伝子の変異

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メダカは日本で開発された実験動物で、そのゲノム配列も我々を含む日本チームにより解読され(Nature誌 2007年6月7日号)、生命科学の分野で注目を集めている。私たちは脊椎動物のからだづくり(個体の発生)を制御する重要な遺伝子群を明らかにする目的で、2000年より国立遺伝学研究所で、また2002年からは東京大学で、発生や成長に異常を示すメダカ突然変異体の単離を実施した(注1)。これら突然変異体は発生、成長に重要な遺伝子が変異を起こして機能していないことが予想される。また脊椎動物が持つ遺伝子の機能の共通性(保存性)を考えると、メダカ変異体の研究からヒトを含めた脊椎動物に普遍的な発生機構やヒト疾病の原因が明らかになることが期待された。今回の研究成果はメダカ突然変異体の研究からヒト遺伝病の原因遺伝子を明らかにしたものである。

研究対象となったメダカ突然変異体は、左右非対称に配置される内臓(左側に心臓、右側に肝臓など)の位置がランダムとなる典型的な左右軸喪失変異体として単離された(図1A)。興味深いことに、このメダカ変異体は成長の過程で必ず腎臓肥大を発症し、腹部がふくれる。腎臓肥大のため背筋が曲がった成魚の姿が、孫悟空が空を飛ぶために乗る筋斗雲(きんとうん)に似ていることから、この変異体はkintoun (以下 ktu )と命名された(図1B, C)。内臓配置の異常と腎臓病は一見関係ない現象にみえるが、最近の研究から両者共に細胞の表面に生えている繊毛(注2)の異常が原因であることがわかっている。詳しい解析の結果、ktu 変異体では、繊毛・鞭毛の運動に不可欠なモータータンパク質の複合体であるダイニンアームが形成されず、運動性を失っていることが判明した(図2A)。さらに我々は昨年解読されたゲノム情報を十分に活用して原因遺伝子の同定に成功した。変異を起こしていた遺伝子はヒトを含めた脊椎動物、昆虫、そして単細胞生物まで、繊毛・鞭毛を持つ生物に広く存在する普遍的な遺伝子であった。しかも、これまで全く知られていない新規のタンパク質をコードしていた。

生物種間で保存されている遺伝子は、ヒトの遺伝病の原因となる場合が多い。繊毛が原因で起こる病気は腎臓肥大だけでなく、いわゆる繊毛病(カルタゲナ症候群ともよび、気管支炎、男性不妊や内臓逆位などの症状を示す遺伝病)も有名である。そこで、この遺伝病の研究で実績のあるHeymut Omran教授(Freiburg University、ドイツ)と共同で、繊毛病の患者のゲノムDNAを100家系以上調査した。その結果2つ家系で、今回発見したKTU 遺伝子の変異が原因となって繊毛病を発症していた(図2B)。この病気では、気道に面した細胞に生えている繊毛の運動性が低下して、気管支内に進入した細かい異物を排除することができず炎症が起きる。また男性不妊は精子鞭毛の運動異常が原因である。さらに、David R. Mitchell教授(SUNY Upstate Medical University, 米国)、神谷律教授(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻)と共同で、単細胞生物であるクラミドモナス(注3)でもこの遺伝子が破壊されると鞭毛の運動が停止すること、そしてその原因がダイニンアーム前駆体の形成阻害にあることも突き止めた。これらの研究を通して、細胞・器官の機能に重要な繊毛・鞭毛がもつダイニン複合体の新たな形成過程が明らかとなった。

以上のように、メダカ突然変異体の解析から、単細胞からヒトまで生物界に広く存在する新規の遺伝子を単離することに成功した。本研究の結果は、ヒト繊毛病の原因遺伝子の発見にとどまらず、広く生物界に存在する運動性細胞小器官、繊毛・鞭毛の複雑な形成過程の理解に大きく貢献するものである。

この研究は科学研究費補助金(文部科学省)特定領域研究(17017003)および基盤研究A(20247030)により行われた。

用語解説

メダカ突然変異体の単離
突然変異体は以下のように作成された。成体雄を化学発癌剤処理(塩基置換を誘発する)して、その精子DNAに突然変異を入れる。この発癌剤処理の雄を正常な雌と交配すると、重要な遺伝子が変異を起こした場合に3世代後にその子孫に発生や成長に異常が出現する。このような個体を突然変異体として維持して、解析する。突然変異は2-3万個あると想定される遺伝子へランダムに導入されるため、ある確率で重要でしかも新規の遺伝子が機能しなくなる。最終的には変異を起こした遺伝子を同定することで、その遺伝子の機能が判明する。 
繊毛
繊毛は細胞小器官のひとつで、細胞表面に生えている毛状の突出である。運動性と非運動性がある。内部は微小管で構成され、運動性の繊毛ではモータータンパク質としてダイニンが微小管と結合し、滑り運動を行うことで、推進力を産み出す有効打をうつ(図2A)。細胞に1から数本ある巨大な繊毛を特に鞭毛とよぶ(精子鞭毛など)。運動性の繊毛・鞭毛は細胞の移動、物質の移動を行うための小器官である。一方、非運動性の繊毛は、ダイニンアームがなく、機械刺激や化学物質の受容するセンサーとして機能する場合が多い。 
クラミドモナス
クラミドモナスとは、緑藻綱に属する単細胞の鞭毛虫で、大きな鞭毛2本で遊泳する。鞭毛の研究のモデル生物である。 

発表雑誌

Nature誌, 2008年12月4日号(Nature , 456, 611-616, 2008)にArticleで掲載された。

タイトル:
“Ktu/PF13 is required for cytoplasmic pre-assembly of axonemal dyneins”
著者:
Heymut Omran, Daisuke Kobayashi, Heike Olbrich, Tatsuya Tsukahara, Niki T. Loges, Haruo Hagiwara, Qi Zhang, Gerard Leblond, Eileen O’Toole, Chikako Hara, Hideaki Mizuno, Hiroyuki Kawano, Manfred Fliegauf, Toshiki Yagi, Sumito Koshida, Atsushi Miyawaki, Hanswalter Zentgraf, Horst Seithe, Richard Reinhardt, Yoshinori Watanabe, Ritsu Kamiya, David R. Mitchell & Hiroyuki Takeda