2008/11/7

新しい硫黄-硫黄結合の安定化に成功!

- 超原子価ジスルフィド化合物の開発 -

発表者

  • 川島 隆幸(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 教授)
  • 狩野 直和(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 准教授)

概要

4価4配位の硫黄と2価2配位の硫黄との結合をもつ超原子価化合物を開発し、その性質を明らかにしました。

発表内容

図1

図1:硫黄−硫黄超原子価結合を有する化合物の合成
2価2配位の硫黄原子のスルフィド部位とチオール部位を持つ化合物を酸化することによって4価4配位の硫黄原子と2価2配位の硫黄原子間に超原子価結合を持つ化合物が生成します。さらに還元することで元に戻ります。

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図2

図2:硫黄-硫黄超原子価結合を有する化合物の分子構造
黄色:硫黄、灰色:炭素、白:水素、黄緑:フッ素、赤:酸素

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図3

図3:S(IV)−S(II)結合が切断される様式の模式図
S(IV)-S(II)結合を還元するとチオールに変換され、再びS(IV)-S(II)結合を酸化によって再生することが出来ます。加熱によって硫黄-炭素結合も切断すると、三員環化合物が生成して元には戻りません。

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東京大学大学院理学系研究科の川島隆幸教授と狩野直和准教授らは、硫黄同士のジスルフィド結合の硫黄の片方を4価4配位の超原子価硫黄に置き換えた「超ジスルフィド結合化合物」とも言うべき新しい結合様式の硫黄化合物を合成し、その性質を明らかにしました。

研究の背景

2価2配位の硫黄同士の結合(-S-S-)はジスルフィド結合と呼ばれ、アミノ酸であるシステイン同士の結合などタンパク質の構造を保持するのに役立っており、生体にとって重要な結合の一つです。ジスルフィド結合は毛髪中のケラチンにも多く存在しています。ジスルフィド結合は還元によってチオールに変換され、酸化すると再びジスルフィドに戻るという可逆的な性質を持っており、毛髪のパーマにもその性質が利用されています。また、タイヤなどのゴムもこの硫黄による架橋が使われています。一方、硫黄のもう一つの特徴として、形式的にオクテット則(注1)を超えた数の価電子を有する超原子価状態(注2)をとることが挙げられ、4価4配位の状態をとることが知られています。しかし、これまでは、硫黄が超原子価状態をとるにはフッ素、酸素、窒素といった電子求引基による安定化が必要であり、4価4配位硫黄と2価2配位の硫黄との超原子価結合様式は、通常極めて不安定であるとされてきました。過去の研究例では、極低温でしか存在できないものや、ガラス容器中で分解するもののみで、その結合に関して構造的知見や性質はわかっていませんでした。

この研究で得られた結果、知見

チオール(注3)部位(-SH)とスルフィド(注4)(-S-)部位を分子内にあわせ持つ化合物を合成し、その酸化反応によって、4価4配位の硫黄と2価2配位の硫黄との超原子価結合(以後、便宜的にS(IV)–S(II)結合とする)を持つ化合物の合成に成功しました(図1)。成功の鍵となったのは、川島教授らがこれまでに活用してきた二座配位子を用いたことと、S(IV)–S(II)結合を四員環内に固定した効果の二点であると考えられます。S-S結合の長さは2.2138Åであり、一般的なジスルフィド結合のS-S間の長さ(1.97-2.08Å)と比べてかなり長く、一方の硫黄原子が超原子価状態をとっていることを反映していました(図2)。

S(IV)–S(II)結合がどの程度分極しているかを調べたところ、4価の硫黄は形式的には10個の価電子を持つことになりますが、逆に4価の硫黄原子は正電荷を帯びており、2価の硫黄原子はやや負電荷を帯びていることがわかりました。

このS–S結合を持つ化合物は空気中室温で扱えるほど安定でした。しかし、溶液中で加熱すると分解し、硫黄原子と二つの炭素原子からなる三員環化合物が容易に生成しました(図3)。これは、4価4配位硫黄上で結合の組み替えが起こることを意味し、生体内反応での新しい反応様式を提供するもので興味深い知見です。2価2配位の硫黄原子を含む四員環化合物は熱的にはるかに安定であるため、このような反応性は4価4配位硫黄を持つことに由来すると考えられます。

S(IV)–S(II)結合を還元すると、S-S結合がS-O結合とともに切断されて、チオールとスルフィド部位をあわせもつ化合物へと変換されました。この化合物を酸化すると再びS-S結合が再生することから、S(IV)–S(II)結合も酸化還元によって可逆的に結合の形成・切断が行えることがわかりました。つまり、ジスルフィド結合を構成する硫黄の片方を4価4配位にしても、ジスルフィドとチオールの関係のような結合の形成・切断というS-S結合に特徴的な性質が保持されるということになります。

研究の波及効果

新しい結合様式の硫黄−硫黄結合が安定に合成できることと、その性質の一部が明らかになりました。生体反応の反応機構は、既知の化合物を元に仮説の立案、実験による実証が行われる場合が多かったため、今回の結果を契機にして、従来は想定されていなかったこのようなS(IV)–S(II)結合を持つ物質の生体内現象への関与が、今後発見されるかも知れません。

今後の課題

今回はS(IV)–S(II)結合の性質の一部を明らかにしたに過ぎず、まだその結合の特性を完全に解き明かしたとは言えません。今後、4価4配位硫黄上の置換基をかえるなどして、結合の特性をさらに解明していく予定です。

用語解説

オクテット則
分子やイオンを構成している典型元素の最外殻電子の個数が8である場合に、それらが安定に存在するという法則のこと。 
超原子価状態
形式的にオクテット則を超える数の荷電子を有する化合物の総称。通常は不安定な場合が多いが、置換基の種類によっては安定なものも存在します。超原子価状態をとる原子を含む化合物のことを、超原子価化合物と呼びます。 
チオール
アルコールの酸素原子を硫黄原子に置き換えた化合物で、硫黄と水素の結合を有します。有機置換基をRとしたときに、一般式RSHで表されます。メルカプタンとも呼ばれます。 
スルフィド
エーテルの酸素原子を硫黄原子に置き換えた化合物で、2価の硫黄原子に二つの有機置換基が置換した化合物です。 

発表雑誌

本研究成果は、平成20年10月31日、ドイツの科学誌「Angewandte Chemie International Edition(応用化学誌 国際版)」のオンライン速報版で公開されました。

論文タイトル:
" Structure and Properties of a Sulfur(IV)–Sulfur(II) Bond Compound: Reversible Conversion of a Sulfur-substituted Organosulfurane to a Thiol"(4価硫黄−2価硫黄結合化合物の構造と性質:硫黄置換有機スルフランからチオールへの可逆的変換)

本論文は掲載号の口絵に選ばれました。

また、Nature Chemistry誌のウェブサイトにReseach highlightsとして選ばれ、掲載されました。
http://www.nature.com/nchem/reshigh/2008/1108/full/nchem.90.html