ペプチドホルモンを介した植物栄養通路の制御
発表者
- 福田 裕穂(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 教授)
- 平川 有宇樹(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 大学院生)
概要
東京大学の福田裕穂教授を中心とするグループは、植物の師部と木部という2つの維管束組織の間のコミュニケーションの仕組みを解明しました。この解明により、植物の栄養分輸送の改良やバイオマス生産の増大などへの新たな道が拓かれました(図1)。
発表内容

図1:新規ペプチドホルモン(TDIF)/受容体TDRシステムによる維管束幹細胞の発生運命の制御とその応用への可能性。信号内の緑(上)は促進、赤(下)は阻害、黄色(中央)は影響なし、を示す。
A. 師部細胞から分泌されるペプチドは維管束幹細胞からの木部分化を阻害し、幹細胞の分裂を促進する。
B. 今回の発見は、様々な作物や樹木の改良に応用可能な基盤を提供する。
植物には、木部と師部の2つの養分輸送装置があります。木部は根から水分、塩類、シグナル分子(注1)を運び、師部は葉でつくられたショ糖やシグナル分子を運びます。この2つの装置は違った役割をするのですが、それぞれがうまく連動して初めて、植物内の栄養や情報のスムーズな伝達が可能になります。作物の成長促進、あるいは種子などへの栄養の貯蔵の改良には、この2つの組織の連動の仕組みの理解が不可欠です。しかしながら、この仕組みは長い間謎のままでした。
私たちは、連動の鍵は木部と師部の形成過程にあると考えました。そして、この2つの組織の間にある維管束幹細胞に注目しました。この維管束幹細胞からは木部と師部がつくられます。樹木では形成層と呼ばれる維管束幹細胞から木部と師部がバランスをもってつくられ、このうちの木部が材をつくっていきます。この材が地上の最大のバイオマスとなります。したがって、師部と木部の連動の仕組みを明らかにすることは、このバイオマス形成の制御にとっても重要ということになります。
2006年に、私たちは12個のアミノ酸からなる新規ペプチドホルモン(注2)、TDIFを発見しました。今回、このTDIFの受容体を同定するとともに、TDIFの働きを詳細に検討した結果、以下の新しい仕組みが分かってきました(図1A)。 1)TDIFは師部組織によりつくられ、細胞外に分泌される。2)分泌されたTDIFは維管束幹細胞に到達する。3)維管束幹細胞にはTDIFと結合する受容体TDRがあり、TDIFのシグナルを細胞内に伝える。4)その結果、維管束幹細胞から木部への分化が阻害される。一方、維管束幹細胞の分裂は促進され、未分化な状態の幹細胞が増えることになる。このようにして、師部からのシグナルが、木部細胞への分化を抑制し、過剰の木部をつくらせない仕組みが分かってきました。また、このシグナルは維管束幹細胞の増殖に働くことも分かりました。
これらの結果から、単純に木部だけ、師部だけをいじってもそれぞれの組織量を増やすことが出来ないことが明らかになりました。今回の結果は、様々な作物や樹木の改良に応用可能な基盤を提供しています。たとえば、食糧増産のためには光合成産物をつくる場所(ソース)とためる場所(シンク)の間の輸送能を高める必要があります。この働きをするのは師部ですが、TDIFを与え、維管束幹細胞を増したあとで、師部誘導因子を与えれば、師部増産が可能になると考えられます(図1B)。一方で、師部におけるTDIF生産を抑制することで、木部の形成を促進し、材・バイオマスの増産が可能になるかもしれません(図1B)。また、TDIFやTDRにはよく似たホモログがあります。これらホモログの働きを解析することで、さらに精緻な木部、維管束幹細胞、師部の間のコミュニケーションに迫り、これらの微調整により、人為的な木部、師部の構成比を作物ごとにつくりだすことが可能になることを期待しています。
本研究は、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 生物系特定産業技術研究支援センター「基礎研究推進事業」、文部科学省「科学研究費補助金特定領域研究」などの支援を受けて行われました。
用語解説
- シグナル分子
- ここでは細胞の外から細胞に作用して、細胞内に情報を伝える分子をいう。植物では、植物ホルモンや細胞外タンパク質などのシグナル分子が維管束を通って運ばれる。 ↑
- ペプチドホルモン
- ペプチドは、アミノ酸が「ペプチド結合」を介して結合したアミノ酸の鎖で、タンパク質と基本的に構造が同じであるが、その中で短いもの(特にアミノ酸が100個以下)をペプチドと呼ぶ。
- 植物ホルモンは、動物ホルモン(動物の特定組織で作られて、標的となる細胞で生理活性を調節する因子)と異なり、生産腺や標的器官が特定されてなくても極微量で生理作用を示す種々の化合物を呼ぶ。
- TDIFはCLEペプチド群に含まれる。シロイヌナズナには30種類以上、イネには40種類以上のCLEペプチドをコードする遺伝子があるが、その機能はほとんど分かっていない。このCLE遺伝子群には、線虫が植物に感染するときに植物の細胞を改変するために使用する遺伝子も含まれている。 ↑
発表雑誌
米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:PNAS)オンライン版(米国東部時間9月22日午後5時)に掲載予定。