植物の幹細胞を維持する制御因子の機能と分業の解明
発表者
- 平野 博之(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 教授)
概要
植物の葉、茎、花や根のなどの器官や組織は、すべて、幹細胞といわれるあらゆる細胞に分化する能力を持っている1群の細胞に由来しています。この幹細胞を如何に正確に維持するかは植物の形づくりにとって非常に重要です。今回、私たちは、イネを研究材料として、この幹細胞を維持するために必要な、2つの負の制御因子の機能とその分業を明らかにしました。
発表内容

図1:FON2を過剰発現させると、花の器官の数が減少する。
(左)正常な(野生型)のイネの花
(右)FON2を過剰に発現させた花。おしべの数は、6本から1本にまで減少し、めしべは作られなくなる。これは,過剰なFON2によって、花器官を形成するための幹細胞増殖が強く抑制されたためだと考えられる。

図2:FCP1とFON2の過剰発現の違い
(左)FCP1を過剰に発現させたイネの芽生え。葉は異常に肥厚し、数枚を作るのみ。この後に芽生えは枯死する
(右)FON2を過剰に発現させたイネの芽生え。ほとんど正常な芽生えとかわらない形態で、この後正常に成長し、花をつけ種子を生産する

図3:FCP1を過剰発現させると、茎頂分裂組織が消失する
(左)正常(野生型)なイネの芽生えの茎頂分裂組織。
(右)FCP1を過剰に発現させたイネの芽生え(図2左)の茎頂部分。野生型で見られるドーム状の茎頂分裂組織はなく、葉の原基も形成されていない。これは、茎頂分裂組織内の幹細胞の増殖が、過剰なFCP1によって強く抑制され、幹細胞が発生初期に使い尽くされてしまったためであると考えられる。
植物のシュート(茎葉部)の先端には、茎頂分裂組織や花分裂組織(注1)が存在し、この中に、幹細胞が維持されています。幹細胞は自分自身を複製して増殖するとともに、その一部を葉や花などの器官に分化するための細胞として提供しています。この自分自身の増殖と細胞分化とのバランスを保つことが、幹細胞の維持制御といわれています。最も研究の進んでいる真正双子葉植物のシロイヌナズナでは、ブッシェルという正の制御因子(注2)とクラバータ伝達系(注3)を構成する負の制御因子(注4)との細胞間コミュニケーションにより、このバランスが巧妙に保たれていることが知られています。
負の制御因子に変異が起きると、幹細胞が増えすぎ、茎が肥大したり、花やめしべなどの数が異常に増加します。逆に、正の制御因子が機能を失うと、幹細胞が発生の早期に使い尽くされて枯死してしまいます。このように、幹細胞の維持制御は、植物の生存や発生・形づくりにとって、きわめて重要です。
これまで、私たちは、クラバータ系と同じような(負の制御)因子群が、シロイヌナズナとは異なる単子葉植物のイネにおいても、花をつくる幹細胞維持の負の制御系として機能していることを明らかにしてきました。
私たちは、このイネの制御系をフォン伝達系と呼んでいます。フォン伝達系の遺伝子に変異がおこると、負の制御がなくなるため花分裂組織の幹細胞は異常に増殖し、おしべやめしべの数が多くなります。
一方、フォン伝達系のFON2(注5)というシグナル分子の量を人為的に過剰発現させると幹細胞が欠乏し、その結果、おしべやめしべの数が大きく減少してしまいます(図1)。しかしながら、フォン伝達系に異常があっても、葉や茎は全く影響を受けず、正常に発生します。
これまでの結果は、葉や茎をつくり出す茎頂分裂組織では、フォン系とは別の制御系が存在することを示唆しています。今回、私たちは、FCP1(注6)という因子を発見し、この因子が茎頂分裂組織の幹細胞を負に制御することを明らかにしました。 FCP1を人為的に過剰発現させると、小さな異常な葉を数枚分化した後に、枯死してしまいます(図2左)。このような個体を詳細に観察すると、茎頂分裂組織が消失しており、幹細胞が使い尽くされていることがわかりました(図3右)。このようなことは、FCP1と類似したタンパク質であるFON2の過剰発現では、全く起こりません(図2右)。
FCP1とFON2 は、最終的に、12個のアミノ酸からなる小さなペプチド性のシグナル分子として機能すると考えられており、2つのペプチドの間では4つのアミノ酸が異なっています。わたしたちは、このうち、10番目のアミノ酸が、FCP1の機能にとって重要な働きをしていることを明らかにしました。FON2の10番目のアミノ酸をFCP1のアミノ酸に変えるだけで、その過剰発現はFCP1と同じような効果が現れます。その他に、FCP1は根の分裂組織も制御していることを明らかにしました。
私たちの今回の研究の主要な点は、イネには、幹細胞の維持を制御する2つの制御系が存在し、その中で働くシグナル分子に機能分化がおきていることを明らかにしたことです。これは、シロイヌナズナでは、クラバータ伝達系のみが幹細胞の負の制御系として知られているのとは対照的です。FCP1の受容体や正の制御因子を見いだすことが、今後の課題です。
幹細胞の増殖は、花の数(最終的には種子の数)や茎の太さなどと関連します。したがって、幹細胞の維持の基礎的メカニズムの解明は、将来的には、米の増産や倒れにくい太い茎を持ったイネの作出などへの応用研究ともつながる可能性があります。
なお、本研究は、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター 、農林水産省「アグリ・ゲノム研究の総合的な推進」(IP-1005)、文部科学省科学研究費補助金などの研究助成を受けて行われました。
用語解説
- 茎頂分裂組織・花分裂組織
- ともに未分化な細胞の集まりで、茎頂分裂組織からは葉や茎が発生し、花分裂組織からはおしべやめしべなどの花の器官が発生する。↑
- 正の制御因子
- ここでは、幹細胞の増殖を促進する因子のことをいう。↑
- クラバータ伝達系
- シロイヌナズナの幹細胞の増殖を抑制するシグナル伝達系で、CLV3というシグナル分子が負の制御因子として働いている。↑
- 負の制御因子
- ここでは、幹細胞の増殖を抑制する因子のことをいう。↑
- FON2
- イネの花分裂組織における幹細胞の増殖を抑制する因子(シグナル分子)で、シロイヌナズナのCLV3に類似している。↑
- FCP1
- 今回発見した因子で、イネの茎頂分裂組織における幹細胞の増殖を抑制する因子と考えられる。↑
発表雑誌
Takuya Suzaki, Akiko Yoshida and Hiro-Yuki Hirano: Functional diversification of CLAVATA3-related CLE proteins in meristem maintenance in rice.
The Plant Cell (8月号に掲載予定:オンラインでは、8月1日より掲載)
これまでに、本研究に関連して発表した論文。
Suzaki, et al. (2004). The gene FLORAL ORGAN NUMBER1 regulates floral meristem size in rice and encodes a leucine-rich repeat receptor kinase orthologous to Arabidopsis CLAVATA1. Development 131, 5649-5657.
Suzaki, et al. (2006). Conservation and diversification of meristem maintenance mechanism in Oryza sativa: function of the FLORAL ORGAN NUMBER2 gene. Plant Cell Physiol. 47, 1591-1602.