鉄系新高温超伝導体の理論を提唱
発表者
- 青木 秀夫(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 教授)
- 黒木 和彦(電気通信大学電気通信学部量子・物質工学科 教授)
概要
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻の青木秀夫教授と電気通信大学電気通信学部量子・物質工学科の黒木和彦教授のグループは、本年始めに東工大で発見され注目を浴びている、「鉄」の化合物における新高温超伝導(注1)の理論を、世界に先駆けて構築することに成功した。約20年前に発見されて、物性物理学の新分野を拓いた銅酸化物における高温超伝導との対比や、今後の発展が期待されている。
発表内容
高温超伝導とは
物性物理学界が今フィーバーに沸いている新超伝導体である。何故フィーバーか? 先ず、超伝導自体、物理学の中でも最も魅惑的なテーマの一つといえる。電子が2個ずつペアを組み、これがボース・アインシュタイン凝縮(注2)したものが超伝導状態であり(電気抵抗がゼロという応用上大事な性質は、それに付随する現象)、ボース凝縮という量子力学的な現象が極微ではなく巨視的な物体で起きていることが人々をわくわくさせてきた。巨視的量子現象は直感を超える性質(ゼロ抵抗など)をもっているが、このような量子現象は、普通は極低温(絶対温度にして数十度、摂氏ではマイナス二百数十度)でしか起きない。だからこそ、1986年に、銅酸化物において絶対温度百度を超える「高温超伝導」がスイスで発見されたときは、物性物理学の革命と言われた。単に超伝導になる温度が高いことが革命的だったのではなく、普通は絶縁体である遷移金属酸化物が高温超伝導、というミスマッチがさらなる謎であった。その後の研究により、普通の超伝導では電子が、格子振動の量子であるフォノンをキャッチボールして引力相互作用するために起きるのとは対照的に、高温超伝導では、クーロン斥力相互作用によって多数の電子が互いに避けあいながら動く「電子相関」効果が重要であること(超伝導の電子機構)が判明してきた。これを契機に、遷移金属酸化物のように電子相関効果の大きな物質を研究する「強相関電子系」という新分野が切り拓かれたので、「革命」と呼ばれたのは妥当といえる。ところが、この15年以上、超伝導になる温度が上昇していない(図1参照)。そのため、「何故高温超伝導は銅なのか、銅以外には無いのか」、という重要な疑問が宙に浮いた状態が続いてきた。
鉄系超伝導発見
ところが今年に入り、ブレークスルーが起きた。主役は「銅」に変わり「鉄」である。東京工業大学の細野秀雄教授らのグループにより、何と鉄化合物(鉄と砒素の化合物にランタンの酸化物が加わったLaFeAsOに少量のフッ素を添加した物質、図2参照)が温度26Kで超伝導を示すことが2月に発表された。これが世界中にブームを巻き起こした。とりわけ中国グループの活躍は目覚しく、論文を電子的に登録・公開するシステム(preprint server)に連日新結果が載り、またたく間に超伝導温度は50Kを超えた。鉄は、磁石になることからも分かるように、普通は強磁性と関連した物質であり、超伝導とはあまり縁が無いというのが常識であったので、この意外性も推進力になったといえる。実際、細野氏がこの発見に至った経緯も、超伝導を最初から目指したものではなく、透明電極という別の分野から発展させた思いがけないヒットであった。
超伝導機構は?
以上の背景で、直ちに知りたいのは、超伝導の機構である。特に、「何故鉄なのか」という点である。青木教授、黒木和彦教授(電通大)、有田亮太郎准教授(東大工学系)の理論グループは、大成誠一郎助教・田仲由喜夫准教授・紺谷浩准教授(名大)、臼井秀知氏(電通大)との共同研究により、この理論を世界に先駆けて構築した。すなわち、細野教授らの論文の第一報を受け、細野教授から提供されたこの物質の正確な結晶構造データに基づき、以下の戦略で理論を構成した。物質中の電子の運動を特徴付ける重要な概念として「電子のバンド構造」がある。量子力学の奇妙な点として、電子は粒子性と波動性を共にもつので、粒子としての運動エネルギーと波としての波長の間には一定の関係がある。自由な電子の場合、運動エネルギーは波長の逆数の2乗に比例するが、結晶中ではこの関係が物質や結晶構造に依存するものになる。これを「バンド構造」という。本理論グループは超伝導理論の出発点として、この物質の精密なバンド構造を理論計算し、その情報に基づいて強い電子相関効果を取り入れるためのモデル作りを初めて行った。銅酸化物のときにはバンドが比較的簡単であったのとは対照的に、鉄系新超伝導体のバンドは思いの他(というより鉄を反映して)複雑なものであった。青木教授のグループは、長年に亘り、電子相関効果がどの様に超伝導や磁性を発現させるかはバンド構造に敏感であることを逆用して、より高温での超伝導や磁性を発現させるという「電子相関物質設計」という概念を提唱してきた。これを机上の空論ではなく現実の物質として実現させるのが最も難しいところとなるが、自然の妙と言うべきか鉄化合物で得られたバンドの特徴は、8年前に黒木教授・有田准教授が高温超伝導を実現するための模型として提唱したものにそっくりなことがわかった。モデルに基づいて電子機構超伝導に関する計算を行った結果、確かにバンドの特徴を反映して、ボース凝縮する電子ペアも特徴的な構造をしていることが明らかにされた。
節目の年
実は、本年(2008)は超伝導関連にとって一つの節目といえる。即ち、超伝導の発見(1911年)後、ほぼ半世紀たった1957年にBCS理論(注3)が提出されてから約半世紀後が今年である。また、超伝導と関連深い超流動を中心とする低温物理学は、カマリング・オネスがヘリウムの液化を1908年に実現したのが事始であるが、今年はその百周年を迎えて、本年8月にアムステルダムで開催される低温物理学国際会議もそれを記念したものである。応用という点でも、我々は日常的に電気の恩恵を受けている際に、電流が流れるとき電気抵抗のせいで多くのエネルギーが無駄になるのに対して、超伝導を利用して例えば電線の電気抵抗を0にすれば、無駄なく電気が送れることになる。しかし、超伝導が低温でしか起きないと、冷やすためにエネルギーが要る。もし室温(日常的な温度、絶対温度でいうと270K以上)で超伝導が実現すれば、そのインパクトは計り知れず、「室温超伝導」は物性物理学の目標の一つになっている。鉄系超伝導体の全体像については、今後さらなる実験、理論の研究を待つ必要があり、実際我国でも目覚しい勢いで研究が勃興しているが、より高温の超伝導を現実化する一つのヒントになり得るかもしれず、本理論の路線に沿った物質探索にも期待がかかる。
本研究は、一部文部科学省科学研究費特定領域研究の補助を受けたものであり、Physical Review Letters誌に掲載されることが決定した。
用語解説
- 高温超伝導
- 1986年にスイスで、銅の酸化物が、従来の超伝導体より高温で超伝導となることが発見された。一群の銅酸化物において現在最高の超伝導温度は絶対温度で約130 K(摂氏約140度)であり、低温で液化した窒素で冷やすと超伝導になることから、応用も期待されている。↑
- ボース・アインシュタイン凝縮
- ボース(インドの物理学者)とアインシュタインが1920年代に発見した、量子力学的な効果。1995年にレーザーで冷却した原子の集団でボース・アインシュタイン凝縮が発見され、2001年にノーベル賞が与えられたが、超伝導も或る意味ではボース・アインシュタイン凝縮状態である。↑
- BCS理論
- 超伝導が1911年に(水銀で)発見された後、超伝導の理論の模索が半世紀近くにわたって続いたが、1957年にアメリカのバーディーン、クーパー、シュリーファーにより理論が与えられた。彼等の頭文字をとってBCSと呼ばれるこの理論は、現在に至るまで超伝導の基礎となっている。↑