2008/7/25

水中での有機合成における革新的技術を開発!

- ホルマリンから薬ができる? -

発表者

  • 小林 修(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 教授/独立行政法人科学技術振興機構(以下、JST)ERATO小林高機能性反応場プロジェクト 研究総括)

概要

ホルムアルデヒドの水溶液(ホルマリン)を原料として、水のみを溶媒とする触媒的不斉ヒドロキシメチル化反応を行う技術を新たに確立しました。

発表内容

図1

図1:疎水性の分子と水溶性の分子

AとBがどちらも疎水性なら同じ疎水性反応場に分布するので反応しやすく(左)、Aが水溶性だと水に溶解して疎水性反応場から逃げてしまうので反応しにくい(右)ことを示しています。

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図2

図2:ホルムアルデヒドの構造

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図3

図3:ホルムアルデヒドとシリルエノラートとの反応

スカンジウム触媒存在下、水中でホルムアルデヒドとシリルエノラートが反応し、対応するヒドロキシメチル化体が生成します。

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図4

図4:ヒドロキシル化反応に用いたさまざまなシリルエノラート

これらのシリルエノラートは、ホルマリンと反応して対応するヒドロキシメチル化体を得ることができます。

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図5

図5:不斉ヒドロキシメチル化反応の適用

モデル化合物として香料の一種の合成を試みたところ、高い選択性で目的物が得られました。

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東京大学およびJST基礎研究事業の共同研究の一環として、東京大学 大学院理学系研究科の小林 修 教授らは、ホルムアルデヒドの水溶液(ホルマリン(注1))を原料として、水のみを溶媒とする「触媒的不斉ヒドロキシメチル化反応(注2)」を行う技術を新たに確立しました。

水のみを溶媒として用いる有機合成は、環境にやさしい有機合成として近年活発に研究開発されていますが、水には触媒や試薬が分解しやすく、有機化合物が溶解しにくい、という有機合成上の問題点があります。

小林教授らは以前より溶媒としての水に着目し、水の中で分解することなく機能するルイス酸触媒(注3)を見いだし、そのルイス酸触媒に界面活性剤の機能を持たせることにより、水中に疎水性(注4)の反応場を構築し、有機化合物の水への非溶解性の問題を克服してきました。その結果、触媒的不斉合成(注5)のような精密な反応制御を必要とする有機合成までもが、水の中で行えるようになりました。それでもホルマリンのような水溶性の有機分子では反応性が低いという課題が残っていました。

本研究では今回、ルイス酸-界面活性剤一体型触媒(LASC)としてスカンジウムトリスドデシルスルフェート(注6)を使うことにより、水溶性の分子であるホルムアルデヒドを用いる触媒的不斉ヒドロキシメチル化反応を、水の中で極めて効率的に進行させ、高い収率・高い不斉選択性で目的物を得ることに成功しました。原料であるホルムアルデヒドは市販のホルマリンのまま用いることができ、簡便な操作で反応制御が可能です。従来の触媒的不斉ヒドロキシメチル化反応は、有機溶媒か有機溶媒と水の混合溶媒を必要としていましたが、水のみを溶媒として、ホルマリンから医薬品などの種々の有用物質を精密合成する道が開かれました。

本成果は、東京大学と以下の事業・研究プロジェクトとの共同研究によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究

研究プロジェクト:
「小林高機能性反応場プロジェクト」
研究総括:
小林 修(東京大学 大学院理学系研究科 教授)
研究期間:
平成15年11月~平成21年3月

JSTはこのプロジェクトで、化学反応が起こる“場”をナノスケールで精密にデザインすることにより、反応場自体に高度な機能を付与し(高機能性反応場の構築)、これを活用した高効率かつ環境調和型の新プロセスの開発を目指しています。

研究の背景と経緯

地球環境の保全は現代の重要課題であり、水のみを溶媒とする化学反応プロセスは、有害な有機溶媒を用いない点において理想的です。しかし、水には触媒や試薬が分解しやすく、有機化合物が溶解しにくい、という問題点があるため、水中での有機合成を行うには、これらの問題を解決する必要がありました。本プロジェクトはこれまでに、スカンジウムトリフラートのような水の中で分解することなく安定に機能するルイス酸触媒を見いだしたうえ、スカンジウム触媒に長鎖アルキル基を導入することで界面活性剤の機能を持たせることにより(石けんの原理)、有機化合物が溶媒の水に溶けやすいように工夫してきました。そして、このようなルイス酸触媒と不斉配位子(注7)を組み合わせることによって、精密な反応制御を必要とする触媒的不斉合成反応も水の中で行うことができるようになりました。

一方、水中での有機合成には、水溶性の分子では反応性が低いという問題がありました。これまでの手法では、界面活性剤の作用で水中に疎水性の場所を作り、そこを有機合成の反応場として構築していました。非水溶性分子の場合、反応する分子がこの疎水場に濃縮されるため、もう一方の反応分子との接触が起きやすくなり、反応速度が向上するメリットがありました。しかし水溶性の分子の場合、分子が疎水性反応場ではなく水そのものに溶解してしまうため、疎水性反応場内のもう一方の反応分子との接触が起きにくくなり、反応速度が大きく低下してしまいます。そのため精密な制御を必要とする触媒的不斉合成反応も非常に起こりにくいのです(図1)。

ホルムアルデヒドは、炭素原子1個を有する重要な有機合成原料ですが、従来はパラホルムアルデヒドのような複数のホルムアルデヒド分子が連結した形で用いられ、水溶液であるホルマリンとして用いられることはほとんどありません。ホルマリンとして使われた場合でも水とホルムアルデヒド有機溶媒の混合溶媒が必要であり、今回のように水のみを溶媒とする場合の反応制御は困難でした(図2)。

研究の内容

1.水中でのルイス酸触媒によるヒドロキシメチル化反応の検討

水のみを溶媒として、スカンジウムトリスドデシルスルフェート=Sc(DS)3、ルイス酸—界面活性剤一体型触媒(LASC)の1つ=を触媒として、ヒドロキシメチル化反応を行いました。ホルムアルデヒドの使用量を、もう一方の反応分子であるシリルエノラート(注8)に対して増やしたところ、増やすに従って収率の増加がみられましたが、5倍量以上は増やしても変化がありませんでした。また、スカンジウム触媒の濃度の濃度としては0.5-2モル/リットルが良いことが分かりました(図3)

2.さまざまなシリルエノラートとの反応

ホルムアルデヒドの反応の相手であるシリルエノラートとしてさまざまな置換基を有するものを用いたところ、いずれの場合も反応がスムーズに進行し、最高94%で目的とするヒドロキシメチル化生成物を得ることができました(図4)。

3.不斉ヒドロキシメチル化反応

上記の反応系に不斉配位子を加えたところ、さまざまなシリルエノラートを用いる条件で、高収率・高不斉選択性(最高96%)で目的とするヒドロキシメチル化生成物を得ることができました。

4.有用化合物への適用

有用化合物のモデルとして、香料の一種の化合物の合成をSc(DS)3を用いたし水中で反応させたところ、シリルエノラートから2段階の反応で高い不斉選択性(91%)で目的とする化合物が得られました(図5)。1段階目の水中での反応では、反応液をそのまま遠心分離にかけることにより、有機溶媒を用いることなく水相と有機相を分離することができました。また、2段階目の水素化反応では、本プロジェクトが開発した高分子カルセランド型パラジウム触媒(PI Pd)を用いることで反応が円滑に進行しました。

今後の展開

ホルムアルデヒドのような水溶性の低分子を、水のみを溶媒として有機合成反応させることに成功しました。その反応合成の収率と選択性はともに高いものでした。この知見は、ホルマリンによるヒドロキシメチル化反応のみにとどまらず、水中で水溶性分子を反応させる方法論の確立のための重要な足がかりとなると考えられます。この技術を用いることにより、水を溶媒とする環境にやさしい化学プロセスが今後ますます発展し、化成品や医薬品の合成へ応用されていくことが強く期待されます。

用語解説

ホルマリン
ホルムアルデヒド(構造:CH2=O)の水溶液のこと。有機合成以外の用途として、生物試料の形状固定や防腐のため、消毒用にも用いられる。
触媒的不斉ヒドロキシメチル化反応
反応分子に比べて少ない数の触媒を用いるだけで、ヒドロキシメチル化反応の生成物の片方の鏡像体が優先的に得られる反応。ヒドロキシメチル化反応とは、ヒドロキシメチル基(HOCH2-基)を導入する反応。
ルイス酸触媒
反応分子の構造に含まれる酸素や窒素などの原子から電子を受け取ることにより触媒作用を示す触媒。
疎水性
水との親和性が低い性質。
触媒的不斉合成
少ない量の不斉触媒を用いて生成物の一方の鏡像体を多く得る合成手法。不斉とは、鏡に映した像が元の像と重なり合わない性質(右手と左手の関係)。触媒的不斉ヒドロキシメチル化反応は触媒的不斉合成の一種。
スカンジウムトリスドデシルスルフェート
Sc(DS)3、ルイス酸—界面活性剤一体型触媒(LASC)の1つで、金属部位としてスカンジウムを有する。
不斉配位子
不斉の性質を有し、金属触媒と結合しうる物質。
シリルエノラート
ケイ素を含む反応剤の一種。

発表雑誌

本研究成果は、平成20年7月25日(ドイツ時間)にドイツの科学誌「Angewandte Chemie International Edition(応用化学誌 国際版)」のオンライン速報版で公開されます。論文タイトル:"Lewis Acid Catalysis in Water with a Hydrophilic Substrate: Scandium-Catalyzed Hydroxymethylation with Aqueous Formaldehyde in Water"(水中での親水性基質のルイス酸触媒反応:水中におけるホルムアルデヒド水溶液によるスカンジウム触媒によるヒドロキシメチル化反応)