光でON–OFFする磁石の開発
発表者
- 大越 慎一(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 教授)
概要
大越慎一教授(東京大学大学院理学系研究科化学専攻)の研究グループは、光スイッチング磁石としては、これまでで最も優れた特性を示す物質を開発した。この物質は、コバルトイオンとタングステンイオンがシアノ基で架橋した3次元構造体で、840 nmの光を照射すると、非磁石(常磁性状態)(注1)から磁石(強磁性状態)(注2)に転移する。この光誘起磁石は、磁気相転移温度(注3)が40 ケルビン(K)(= 摂氏 マイナス233度)、保磁力(注4)が12 キロエルステッド(kOe)と、これまで知られている光磁石の中でいずれも最も優れた値を示した。また、この光磁石状態に532 nmの光を照射すると元の状態に戻り、2種類の波長の光により可逆的にスイッチングできることが確認された。
発表内容

図1:Co3[W(CN)8]2(ピリミジン)4・6H2O の結晶構造、色相および可逆的光磁性(Ferromagnet:強磁性体、Paramagnet:常磁性体)。なお、この図のオリジナルは米国化学会雑誌 Chemistry Materials(ケミストリー マテリアルズ)2008年5月13日号~6月17日号の表紙として掲載されます。

図2:(a) Co3[W(CN)8]2(ピリミジン)4・6H2O における光誘起強磁性。840 nm 光照射前後の磁化-温度曲線;(□) 光照射前、 (●) 光照射後、 (▲) 熱処理後(hν1 = 840 nm光、 ⊿ = 熱処理、 Tc:磁気相転移温度)。
(b) 840 nm 光照射前後の磁化-磁場曲線;(□) 光照射前、(●) 光照射後、(▲) 熱処理後(測定温度=3 K;hν1 = 840 nm光、⊿ = 熱処理、Hc:保磁力)。
(c) 2種類の波長の光による可逆的光磁性。840 nm 光および532 nm 光照射前後の磁化-温度曲線;(□) 光照射前、(●) 840 nm光照射後、(○) 532 nm光照射後(hν1 = 840 nm光、hν2 = 532 nm光)。
(d) 可逆光磁性のメカニズム(HS:ハイスピン状態、 LS:ロースピン状態, hν1 = 840 nm光、hν2 = 532 nm光)
今世紀は、光通信や光メモリーなどのオプトエレクトロニクスの時代と言われている。現在、オプトエレクトロニクス用の材料として、光で物質変化する材料(光相転移材料・光変換材料)の研究開発が活発に進められており、学会ならびにメディアなどを通じ様々な研究成果が報告されている。光により直接的に磁気特性をスイッチングできる磁性材料は、光による書き込みが可能なため、高密度化および高速化が可能であるため、光通信や光メモリーおよび光コンピューターなどの光磁気メモリー媒体や光アイソレター素子などへの応用が期待されている。今回、大越教授らは、コバルト(Co) イオンとタングステン(W) イオンがシアノ基(CN) で架橋した3次元構造体Co3[W(CN)8]2(ピリミジン)4・6H2Oにおいて、2種類の波長の光により磁石と非磁石の状態間を可逆的にスイッチングする光磁性現象を示すことを見出した(図1)。この物質に840 nmの光を照射すると、色相が青色から赤色へと変化すると共に、強磁性相転移温度(Tc) が40 K、保磁力(Hc) 12 kOeの強磁性相に転移することが観測された(図2a、2b)。光照射前の金属イオンの電子状態はCoIII (S = 0)−W IV (S = 0) 状態をとっているが、840 nm光(hν1)照射によって、W IV から CoIIIへの電荷移動が起こり、CoII (S = 3/2)−W V (S = 1/2)状態に光誘起相転移することが分かった。一方、光誘起強磁性相に532 nm(hν2)光を照射すると磁化は消失し、元の非磁性 (ここでは常磁性) 状態に戻ることが分かった(図2c)。この逆光反応は、532nm光励起により逆電荷移動(CoII → W V )が起こっていることに起因している(図2d)。観測された光誘起強磁性相の磁気相転移温度および保磁力の値は、これまでに報告されている光磁石の中で最も優れた値である。本物質でこのような高い性能が観測された理由としては、(i) この物質が、電荷移動型スピン相転移物質(注5)であること、(ii) 磁性金属イオンが3次元シアノ架橋型構造をとっているためスピン間の磁気的相互作用が強く働いたこと、また(iii) 非磁性状態と磁石状態で吸収する光の波長が大きく異なっていることによると考えられる。
用語解説
- 常磁性(Paramagnetism)
- 非磁石の状態のひとつ。外部磁場が無いときには磁化を持たず、磁場を印加するとその方向に弱く磁化する磁性を指す。熱ゆらぎによるスピンの乱れが強く、自発的な配向が無い状態である。↑
- 強磁性(Ferromagnetism)
- いわゆる磁石のこと。隣り合うスピンが同一の方向を向いて整列し、全体として大きな磁気モーメントを持つ物質の磁性を指す。そのため、物質は外部磁場が無くても自発磁化を持つことができる。↑
- 磁気相転移温度(TC)
- スピンがバラバラな常磁性状態からスピンが秩序だった強磁性状態(いわゆる磁石)に相転移する温度。強磁性相転移温度あるいはキューリー温度ともいう。↑
- 保磁力(HC)
- 磁化された磁性体を磁化されていない状態に戻すために必要な反対向きの外部磁場の強さ。↑
- 電荷移動型スピン相転移
- Co3[W(CN)8]2(ピリミジン)4・6H2Oの電荷状態は、室温ではCoII(S= 3/2)-W V (S= 1/2)であるが、温度を低下させると 208 KでCoIIからW V へ電荷移動し、CoIII(S= 1/2)-W IV (S= 0)に変化すると同時に、CoIIIのスピン数がS= 1/2からS= 0にスピン転移し、低温ではCoIII(S= 0)-W IV (S= 0)の状態をとる。また、温度を上昇させると、298 Kで逆の転移が起こり元の状態に戻る。このように、本物質は電荷移動とスピン転移が複合した熱的な相転移現象を示す。↑
論文情報
この研究成果に関しては、2008年5月13日号の米国化学会雑誌Chemistry Materials(ケミストリー マテリアルズ)に掲載されると共に、同誌の5月13日号~6月17日号までの表紙として掲載される予定です。
- タイトル:
- Crystal structure, charge-transfer induced spin transition, and photoreversible magnetism in a cyano-bridged cobalt-tungstate bimetallic assembly(Co-W集積型金属錯体の結晶構造、電荷移動誘起スピン転移、可逆光磁性)
- 著者:
- Shin-ichi Ohkoshi*, Yoshiho Hamada, Tomoyuki Matsuda, Yoshihide Tsunobuchi, and Hiroko Tokoro