2007/9/4

宇宙でも同位体(注1)を使って化学反応を追跡

発表者

  • 山本 智(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 教授)
  • 坂井 南美(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 博士課程)
  • 池田 正史(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 2000年3月博士課程修了)
  • 高野 秀路(自然科学研究機構国立天文台野辺山宇宙電波観測所 助教)

概要

自然科学研究機構国立天文台野辺山宇宙電波観測所の45m電波望遠鏡および米国立電波天文台の100m電波望遠鏡(注2)を用いて、星間空間に存在する炭素鎖分子CCSの13C同位体種からの微弱な電波を検出した。その結果、星間分子雲におけるこの炭素鎖分子の生成ルートを、はじめて観測的に明らかにすることができた。

発表内容

図1

図1:自然科学研究機構国立天文台野辺山宇宙電波観測所45m電波望遠鏡と米国立天文台100m電波望遠鏡で捉えた13CCSとC13CSのスペクトル線。

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図2

図2:これまで考えられてきたCCSの生成ルート

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図3

図3:13C同位体を含む2種類のCCS分子

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図4

図4:明らかになったCCSの生成ルート

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1.これまでの研究でわかっていた点

星と星との間にはガスと塵からなる薄い雲が存在している。星間分子雲と呼ばれるものである。星間分子雲はおもに水素から成るが、1万分の1以下の割合で酸素、炭素、窒素、硫黄などが含まれている。星間分子雲は自己重力で収縮し、新しい恒星や惑星系を作る。私たちの太陽系もおよそ46億年の昔に、そのようにして作られたと考えられている。

星間分子雲は温度が零下260度、密度が地上大気の10兆分の1と、低温低密度の極限的な環境にある。そのような状況でも、10万年から100万年の時間をかけて、様々な分子が作られていることがわかっている。これまでに、130種類を超える分子の存在が、おもに電波望遠鏡による観測で確認されてきた。それらには一酸化炭素分子やシアン化水素などの簡単な分子から、アルコール、エステル、カルボン酸などといったかなり複雑な分子まで含まれる。それぞれの分子は、回転運動に伴って、分子種ごとに決まった振動数の電波(波長、数mm-数cm程度)を放射する。これを電波望遠鏡で観測することにより、遠く離れた星間分子雲における分子の存在がわかるのである。これらの分子は、星の形成、惑星系円盤の形成を経て、最終的に地球や木星などのような惑星にもたらされる可能性が高い。したがって、星間分子雲での化学反応の理解は、宇宙における物質進化の理解そのものであるばかりか、場合によっては生命の起源とも関連する重要な研究対象である。

星間分子雲には、地球上でまったく存在しない分子も多く存在している。その中で最も特徴的なものが炭素鎖分子である。炭素が直線上に並んだ分子で、一番長いものでHC11Nが知られている。そのほかにも、水素を含むもの(CnH、CnH2)、酸素を含むもの(CnO)、硫黄を含むもの(CnS)などが見つかっている。このような炭素鎖分子は、化学反応性が高く、地上ではまったく存在しないことから、低温低密度の環境で育まれる分子と考えられる。なかでも硫黄を含む炭素鎖分子、CCS、CCCSは1987年に野辺山宇宙電波観測所の45m電波望遠鏡で初めて発見された分子で、その後、星形成に伴う星間分子雲の化学進化を調べるための重要な分子として、世界中の多くの研究者に利用されてきた。

2.この研究が新しく明らかにしようとした点

これまで、星間分子雲での化学反応についての研究は、「考えられる」様々な化学反応を考慮したモデルを構築し、そのモデルが予想する存在量と観測される存在量を比較するという、「巨視的」な方法で行われてきた。この方法は星間分子雲でおこっている化学反応を大枠でとらえることに成功していると考えられる。たとえば、CCSについては次のような反応ルートが「考えられて」きた。

(1)アセチレンルート HCCH + S+ → HCCS+ + H, HCCS+ + e → CCS + H
(2)CCHルート(1) S+ + CCH → CCS+ + H, CCS+ + H2 → HCCS+ + H,
HCCS+ + e → CCS + H
(3)CCHルート(2) S + CCH → CCS + H
(4)C2ルート C2 + SH → CCS + H
(5)CSルート CS + CH → CCS + H

しかし、一方で、個々の分子が具体的にどの分子とどの分子の化学反応で生成しているかについて、観測的・実験的に明らかにした例はほとんどなかった。上記の反応が、もし、実験室内の反応であれば、炭素の同位体を人工的に導入して、それがどこに含まれるかで反応ルートを調べることができるだろう。今回、私たちは、炭素鎖分子CCSについて、自然に存在する炭素の同位体を精密に観測して、上記うち(5)が主要なルートであることをはじめて明らかにした。

3.この研究で新しく得られた結果、知見

通常の炭素(12C)は質量数が12であるが、星間分子雲には質量数13の炭素(13C)が1/60ほどの割合で含まれている(地上では1/89ほどの割合で含まれている)。そこで、CCSの左端の炭素が13Cになっている分子(13CCS)と真ん中の炭素が13Cになっている分子(C13CS)の電波スペクトル(注3)線を国立天文台野辺山観測所の45m電波望遠鏡で探した。13Cを含む分子は重さが異なるので、通常のCCS分子とは違う周波数に電波スペクトル線が出る。33GHz(ギガヘルツ)帯での観測の結果、C13CSの電波スペクトル線は予想される強度で検出されたが、13CCSの電波スペクトル線は見つからなかった。すなわち、CCSの2つの炭素原子で、13Cの割合に大きな違いがあることが示唆された。

このような大きな違いはこれまでに例がなかったので、別な観測装置による独立な確認が不可欠であった。そこで私たちは米国ウエストバージニア州グリーンバンクにある米国立電波天文台(National Radio Astronomy Observatory)の100m電波望遠鏡を用いて、20GHz帯での観測を行った。その結果、C13CS、13CCSの両方の電波スペクトルの検出に成功し、13CCSの電波スペクトル線はC13CSの電波スペクトル線よりも1/4の強度しかないことを明らかにした。C13CSのCCSに対する存在比は、星間空間の同位体比(1/60)とほぼ同じであったが、なぜか13CCSのCCSに対する存在比は(1/230)であり、星間空間の同位体比の1/4にまで少なくなっていることがわかった。このような13Cの割合の違いは、HCCCNという分子について報告はあるが、これほどまでに大きな違いではなかった。

以上の結果から2つの重要な結論が得られる。第1は、C13CSと13CCSの存在量が違うことから、2つの炭素原子は生成時に同じでなかったということである。したがって、上で述べた「考えられる」ルートのうち、(1)と(4)はいずれも元の分子の2つの炭素原子が対称なので、CCSの主要な生成過程ではないと結論できる。また、(2),(3)についても、CCHという分子の2つの13C同位体には大きな差がないことから、同様に主要な生成過程ではあり得ない。従って、CCSの生成過程は(5)に絞り込まれることになった。CCSの発見以来20 年間、(1)がCCSの生成ルートとして最も重要だと考えられてきたが、今回の結果、実際はほとんど効いていないことがわかった。

第2の重要な結論は、13CCSの13Cの存在量が通常の同位体比よりも少ないことである。CCSが(5)の化学反応でできているとすると、左端の炭素はCHから供給されることになる。したがって、13CCSの13Cが少ないことは、13CHが少ないことに対応する。一般に重い同位体は分子に濃縮される傾向が知られているが、逆に分子での存在量が減少することは異常である。その原因としては、星間紫外線(注4)による光解離によって、13CHが選択的に壊されていることが考えられる。CHという分子は、CCS以外にも様々な星間分子の生成において重要な役割を果たしている。CHの同位体比の異常は、他の分子にも転移していることが考えられ、その追跡を通して星間分子の生成過程を詳しく調べることができるだろう。

4.研究の波及効果、今後の課題

この結果は炭素がもう一つ伸びたCCCSという分子についても適用できる。米国国立天文台の100m望遠鏡による我々の観測では、13CCCSの存在量が13Cの存在量よりもずっと少ないことがわかっている。CCCSがCCSとCHの反応でできていると考えると、13CHの13Cの割合は少ないので、その結果を自然に説明できる。このことは、CHの反応によって炭素鎖が伸びていく新しいメカニズムを示唆している。このようなメカニズムはこれまでまったく認識されていなかった。

このように、13C同位体を含む分子の観測によって、星間分子雲で起こっている化学反応を追跡できることがわかった。この方法を適用すれば、どの分子がおもにどの分子から形成されているかを、観測から調べることができる。これは、宇宙の化学を理解する方法として画期的な展開である。同位体を使って化学反応を調べることは、実験室などでも行われている。観測感度が向上してきたことで、この方法が星間分子雲に対しても適用できるようになりつつあると言える。今後、ALMA(注5)(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array)が完成して観測感度が大きく向上すれば、同位体を使った化学反応の追跡は非常に容易になり、星間分子雲における化学進化の理解を大きく促進するであろう。

5.論文の参照情報

この成果はアストロフィジカルジャーナルの2007年7月10日号に掲載された。

用語解説

同位体:
化学的性質は同じで質量だけが異なる原子。ここでは、崩壊を起こさない安定な同位体を指している。
電波望遠鏡:
宇宙からの電波を観測する望遠鏡。パラボラアンテナが用いられる。
電波スペクトル:
分子は分子ごとに特定の波長の電波を吸収、放射する。これが電波スペクトルである。分子の回転状態が変化することで、吸収、放射が起こる。
星間紫外線:
星と星とのあいだの空間には星から出る光が満ちている。そのなかでも紫外線は分子の破壊(解離)やイオン化を引き起こす。
ALMA:
Atacama Large Millimeter/submillimeter Arrayの略。南米チリのアタカマ砂漠の高地(標高5000m)に建設中の12mアンテナ54基、7mアンテナ12基からなる大電波望遠鏡。日本、北米、欧州の共同プロジェクトで、わが国は自然科学研究機構国立天文台が中心となって推進している。