2007/7/30

超伝導を引き起こす「重い電子」の不思議な振る舞いを捉えた

- 「遍歴・局在転移」の過程が明らかに -

発表者

  • 藤森 伸一(日本原子力研究開発機構量子ビーム応用研究部門 副主任研究員)
  • 芳賀 芳範(日本原子力研究開発機構先端基礎研究センター 研究主幹)
  • 藤森 淳(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 教授)
  • 山上 浩志(京都産業大学 教授)
  • 大貫 惇睦(大阪大学 教授)

概要

独立行政法人日本原子力研究開発機構量子ビーム応用研究部門の藤森伸一副主任研究員らは、同先端基礎研究センターの芳賀芳範研究主幹、国立大学法人東京大学の藤森淳教授、学校法人京都産業大学の山上浩志教授、国立大学法人大阪大学の大貫惇睦教授らと共同で、希土類金属またはアクチノイド(注1)化合物などに存在し、その物質の超伝導(注2)などの特異な性質の原因となる「重い電子」(注3)が示す不思議な振舞い「遍歴・局在転移」の過程を、放射光を用いた実験で明らかにすることに成功しました。

一般的に物質中の電子は、金属中の電子のように物質中を自由に動き回る「遍歴状態」と、絶縁体中の電子のように原子に束縛されて動けない「局在状態」の二種類に分類されます。しかしながら、「重い電子」はその両方の性質を持っており、極低温では遍歴状態、高温では局在状態を示すことが知られていましたが、その具体的な挙動は30年来明らかになっていませんでした。

今回、当研究グループは大型放射光施設SPring-8からの放射光を用いた角度分解光電子分光法(注4)による測定を行い、重い電子系化合物UPd2Al3(ウラン・パラジウム・アルミニウムからなる化合物)の「重い電子」を直接測定することによって遍歴状態と局在状態の違いを詳細に観測することに成功しました。これは世界トップクラスのX線強度とエネルギー分解能を持つ測定装置を開発したことと、ウランなどの放射性物質の取り扱いが可能な原子力機構用ビームラインを用いたことで初めて実現したものです。重い電子系化合物は、従来の金属で観測されている超伝導とは異なる種類の超伝導を示す場合があります。今回の成果によって、重い電子の示す超伝導に対する理解が進み、さらには超伝導現象一般に対する理解が大きく進展するものと期待されます。

本成果は、英国の科学誌Nature Physicsのオンライン速報版に2007年7月1日に掲載されました。

発表内容

図1

図1:重い電子系超伝導体UPd2Al3の結晶構造

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図2

図2:UPd2Al3のバンド構造の温度依存性

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背景:

一般的に固体中の電子は、結晶全体に広がって自由に動き回る「遍歴状態」と、原子周囲に束縛された「局在状態」の二種類に分類されています。たとえば金属において金属光沢や電気伝導の原因となる電子は遍歴状態にあり、ほとんどお互いの影響を受けることなく自由に結晶中を運動する電子(自由電子)と捉えることができます。一方で、たとえば多くの金属酸化物では電子同士の相互作用が強いために電子の移動が困難となり、原子周辺からほとんど動くことができない局在状態にあると考えられています。この電子の遍歴性と局在性は非常によく解明されており、物質の性質を電子レベルで理解し、それを積極的に制御して物質開発を進めようとする現代の物質科学の基礎を成しています。

しかしながら、希土類やアクチノイド化合物におけるf 電子(注5)は、この「遍歴状態」と「局在状態」の中間的な性質を持っており、非常に複雑で奇妙な振る舞いを示します。数Kから数十K程度の低温において、f 電子はあたかもその質量が真空中の数百倍以上重くなった遍歴電子として振舞う様子が観測されます。これは「重い電子」と呼ばれており、約30年前に希土類化合物において初めて発見されました。この性質は、f 電子がお互いに相互作用を持って避けあいながらも、結晶中をある程度自由に移動していることに起因しています。一方高温において、この重い電子はほとんど完全に局在した電子として振舞うことが知られています。これは重い電子の最も基礎的な特徴ですが、どのようにしてf 電子がこの遍歴・局在の相反する性質を示すかについては、長い間具体的には理解されていませんでした。

実験および実験結果:

今回、研究グループはf 電子状態を観測する強力な実験手法である放射光を用いた角度分解光電子分光を用い、重い電子の原因となるf 電子を直接的に捉えることによって「遍歴」から「局在」への遷移の直接的観測を行いました。試料は独立行政法人日本原子力研究開発機構(以下、原子力機構と言う) 先端基礎研究センターの芳賀芳範研究主幹および大阪大学 大貫惇睦教授らのグループによって作成されたUPd2Al3高純度単結晶試料が用いられました。図1にUPd2Al3の結晶構造を示します。角度分解光電子分光装置実験は、世界トップクラスのX線強度とエネルギー分解能を持っており、放射性物質の取り扱いが可能な原子力機構専用ビームラインSPring-8 BL23SUにおいて行いました。

図2に実験結果から得られた低温におけるバンド構造(注6)(左側)および高温におけるバンド構造(右側)を示します。低温において、フェルミ準位(注7)付近のエネルギーをもち遍歴的な性質をもっていたf 電子が、高温においてそのエネルギーが変化してフェルミ準位より離れることにより、局在的な性質を示すことが明らかになりました。この遍歴から局在への具体的な過程は今回の実験において初めて捉えられたものであり、小さな温度変化で、どのようにして両極端の性質が現れるのかが初めて具体的に明らかとなりました。また、フェルミ準位近傍のバンド構造の変化に加えて、重い電子とは直接的には関わっていない電子にまでも変化が観測されました。これは予想外の変化であり、今後、重い電子の性質をさらに詳しく理解する上で非常に重要な発見であると考えられます。

また、重い電子系における超伝導機構を解明するためには、そのバンド構造を解明することが必要不可欠です。今回は、実験によって重い電子系超伝導体のバンド構造が明らかにされましたが、これは初めてのケースとなります。現在、重い電子系化合物の超伝導を理解するために、さまざまなモデルが提案されていますが、今後、それぞれのモデルが直接検証されることにより、重い電子の示す超伝導、さらには超伝導現象一般に対する理解が大きく進展するものと期待されます。

用語解説

希土類金属・アクチノイド類:
イットリウム(Y)やイリジウム(Ir)及びランタノイド類(周期律表において、57番目のLaから71番目のLuまで)を希土類金属と呼びます。周期律表において、90番目のThから103番目のLrがアクチノイド類です。これらの原子は外殻にf 電子と呼ばれる電子を持っており、原子によってその個数が異なります。
超伝導:
超伝導とはある温度以下で電気抵抗がゼロになる現象をいい、通常の状態から超伝導に移り変わる温度のことを臨界温度又は超伝導転移温度(Tc)とよびます。超伝導が初めて見いだされた物質はTc=4.15 K(-269°C)の水銀で、オランダのカマリン・オンネスが1911年に発見しました。単一の原子からなる金属では、Pb(鉛)、Nb(ニオブ)などがそれぞれ7 K,9 K以下で超伝導体となります。超伝導の特長を利用して、超伝導マグネット、リニアモーターカー、電力輸送、電力貯蔵など様々な分野への応用が期待されています。
重い電子:
金属中において、電気伝導を担っているのは伝導電子です。重い電子とは、磁石の材料などに用いられている希土類や、アクチノイドを含んだ化合物において、金属的な電気伝導を示すにもかかわらず、伝導電子の質量が、自由電子の質量の数百倍~千倍も「重く」なっているかのように観測される現象です。
角度分解光電子分光法:
物質に紫外線などの光を照射し、試料表面から放出される光電子の個数とエネルギーの関係を調べることにより、物質内の電子状態を調べる実験手法を光電子分光法と呼びます。この手法により、物質内の電子のエネルギー分布を直接観測することが可能です。角度分解光電子分光法では、光電子の角度分布を計測し、固体内の電子の運動量も計測することが可能であり、バンド構造とフェルミ面を実験的に決定可能です。
f 電子:
希土類やアクチノイド化合物の超伝導や磁性などの起源となる電子。比較的高い運動エネルギーを持ちながらも、その軌道の空間的な広がりは大きくないという特徴を持っています。そのため、化合物を形成した際には、結晶中を動ける状態と、動けない状態の中間的な複雑な性質を示し、理論的な取り扱いが困難です。
バンド構造:
固体中の電子のエネルギーと運動量の関係をバンド構造と呼びます。固体によって独自の構造をとっており、電子の性質ならびに物性を特徴づける物理量です。
フェルミ準位:
絶対零度において、金属的なバンド構造の底から電子を詰めていったとき、最も高いエネルギーの持つ電子のエネルギーをフェルミ準位と呼びます。フェルミ準位付近のエネルギーを持つ電子は、有限温度において電気伝導や熱伝導などの伝導現象に寄与します。