2007/6/12

植物の出生20億年の秘密を解き明かす

- “超”植物界 (“Super” Plant Kingdom) の復権 -

発表者

  • 野崎 久義(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 准教授)

概要

20億年前に起きた「植物」のはじまりはシアノバクテリア(藍藻)(注1)を捕獲し、自らの色素体(葉緑体)としたことに始まるが、その後の進化に関しては様々な説があった。今回、太古の進化の推測に適切と考えられる保存的遺伝子だけを用いて大規模なスーパーコンピュータ解析を実施した結果、色素体の獲得後、様々な系統で色素体を失ったという説を支持した。この結果は、現在は色素体を欠く多くの鞭毛虫等の生物群も「植物」として分類すべきであるという2003年に我々が提唱した”超”植物界(“Super” Plant Kingdom)の復権を意味する。

発表内容

図1

図1:真核生物の系統と色素体の進化に関する対立仮説(Nozaki 2005 に基づく)。

A.一次共生植物が単一起源で、色素体一次共生したものがそのまま「植物」に進化している一般的な仮説(Cavalier-Smith 2002, IJSEM, 52: 297; 2003, IJSEM 53:1741)。色素体二次共生のホストは一次共生と直接的に関係しない。

B.一次共生植物の紅色植物が基部の系統に位置し、一次共生の後、多くの生物群で色素体の欠損が起きたと推測される。この系統関係に基づいて「植物」の概念は一次共生色素体を現在もたない生物群(エクスカバータ、アルベオラータ、不等毛類)まで拡張された(”超”植物界)(Nozaki et al.2003)。色素体二次共生のホストは一次共生を経験した生物群に限られる。

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図2

図2:Rodriguez-Ezpeleta et al. (2005) の使用した遺伝子から進化速度の遅い遺伝子だけを選択し、Hps90 を加えて計19遺伝子(5,216 アミノ酸配列)で解析した真核生物全体の系統関係(本研究、Nozaki et al. 2007)。

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図3

図3:7大系統群 の信頼度最上位8個(105個中)の樹形の対数尤度の比較と統計的検定(本研究、Nozaki et al. 2007)。7大系統群の略号(SA, Green 等)は図2を参照。AU, KH検定の両者で棄却されない樹形は7個(赤ワク)で、すべて紅色植物または紅色植物+エクスカバータが基部に位置する。

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図4

図3:本研究(Nozaki et al. 2007)で解明された真核生物の系統関係に基づく色素体の進化。Nozaki et al. (2003) の色素体進化の新仮説と”超”植物界(”Super” Plant Kingdom)(図1B)を支持する。

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1.これまでの研究でわかっていた点

太陽からの光エネルギーは最初に植物の葉緑体(色素体)に取り込まれ、我々の地球上のすべての生命活動を支えている。色素体は約20億年前に一細胞のシアノバクテリア(藍藻)が真核生物に取り込まれて(細胞内共生)誕生した(色素体一次共生)ものと考えられていたが、シアノバクテリアを取り込んだホストの真核生物の系統進化に関しては様々な議論が展開されている。シアノバクテリアを取り込んでそのまま色素体とした「一次共生植物」は3群、緑色植物(陸上植物と緑藻類)、紅色植物(紅藻)、灰色植物(主に単細胞性の淡水産藻類)が知られている。最も有力だった説はこれら3群だけが共通の祖先を持ち、その共通の祖先で色素体を獲得したというものである(図1A)。この説に従えば現在色素体をもたないアメーバや鞭毛虫の従属栄養生物は色素体一次共生とは無縁ということになる。ところが、我々が2001年から開始した原始紅藻シアニディオシゾン(通称、シゾン)のゲノムプロジェクト(Matsuzaki et al. 2004)で得られたデータから抽出した4個の保存的核遺伝子(アクチン、EF-1アルファ、アルファ・チューブリン、ベータ・チューブリン(注2))の配列データを用いて系統解析したところ、一次共生植物の3群は共通の祖先を持たず、従属栄養と独立栄養の2鞭毛性の真核生物(バイコンタ)の中で紅色植物が最も基部に位置した(Nozaki et al. 2003)(図1B)。従って、一次共生で取り込まれた色素体の祖先であるシアノバクテリアが、現在の一次共生植物3群ではそのまま色素体として残存し、 バイコンタ(注3)の他の群では色素体の欠損があったという「色素体の新進化仮説」と「植物」の概念を現在色素体をもたない原生生物群まで拡大する「”超”植物界(“Super” Plant Kingdom)」を提唱した (Nozaki et al. 2003; Nozaki 2005)(図1B)。

その後、世界中で進行した様々な生物群におけるゲノムやESTプロジェクトの結果、莫大なゲノム配列データが公開されるようになった。最近、これらのデータを寄せ集めた143個の核遺伝子を用いた系統解析が実施され,高い信頼度で一次共生植物3群が共通の祖先をもつことが示された(Rodriguez-Ezpeleta et al. 2005)。これは我々の「色素体の新進化仮説」と「”超”植物界」に対する大きな反論であった。ところが,この研究の143個の遺伝子には進化速度が高いものが多く含まれており,解析されたバイコンタの生物群は限られており、一次共生植物以外は不等毛類(注4)とアルベオラータ(注5)(渦鞭毛植物、アピコンプレクサおよび繊毛虫)だけであった。

2.この研究が新しく明らかにしようとした点

太古の進化過程(即ち、大進化)の根元の系統を正しく解き明かす場合、なるべく多くの生物群を用い、遺伝子置換が飽和(遺伝子の変化が何回も起こりすぎて、過去の情報が消失することを意味する)していない進化速度の遅い遺伝子を用いるべきであるとされている(Phillippe & Lairent 1998)。最近、多細胞動物の系統解析で、146個の遺伝子を寄せ集めて系統解析すると節足動物と線形動物からなる「脱皮動物」は多起源であると解析されるが、進化速度の遅い遺伝子だけを用いると単一起源と解釈され、後者は形態等のデータと一致し、真実であると解釈された(Phillippe et al. 2005)。従って、進化速度の遅い(即ち、保存的な)遺伝子だけを用い、解析に含める門レベルの分類群を増加させて、Rodriguez-Ezpeleta et al. (2005) が唱えた一次共生植物の単一起源説を検証し、20億年の色素体進化の真実を明らかにしなければならないと考えた。

3.そのために

Rodriguez-Ezpeleta et al. (2005)の143遺伝子から大系統の解析に適切と思われる進化速度の遅い遺伝子(生物間の単純比較で基本的に60% 以上のアミノ酸配列が同じもの)を選択し(EF-2, アルファ・チューブリン、ベータ・チューブリンは不自然な結果をもたらす可能性があるので不使用)、大系統解析に好都合なHps90 を加えて計19遺伝子(5,216 アミノ酸配列)を使用した。また、最近続々と公開されているゲノム・EST(注6)データから抽出したハプト藻(注7)(二次共生植物(注8))とエクスカバータ(注9)(従属栄養性の鞭毛性単細胞生物のヘテロロボセア、ジャコバ類)のアミノ酸配列データを加えて、転写と翻訳が特異な繊毛虫および寄生性のミトコンドリアを欠くエクスカバータ(ギアルディア、トリコモナス等)・キネトプラスト類(注10)(トリパノゾーマ等)を排除して、合計33分類群を系統解析した。系統解析には最節約法(注11)、最尤法(注12)、ベイズ法*(注13)を用いたが、最も自然な系統関係が期待される最尤法やベイズ法の安定した統計的支持率を得る解析(最尤法のブートストラップ1000回、ベイズ法のシミュレーション1,000,000世代を実施する)には、今回の大規模なデータの場合、通常のコンピュータを用いた場合は10年以上時間がかかることが予想された。従って、本研究では東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターのスーパーコンピュータシステムを利用した。

4.この研究で得られた結果、知見

ベイズ法、最尤法、最節約法のいずれも、紅色植物または紅色植物とエクスカバータがバイコンタの中で最基部に位置することを支持した(図2)。また、配列の欠損の多い灰色植物を除いたデータによる樹形比較のAU検定(注14) (p<0.05) と KH検定(注14) (p<0.01) の両者で紅色植物と緑色植物の単系統性(単一起源であること)は棄却された。両-test が p<0.05 で棄却されないすべての樹形(7個)は紅色植物または紅色植物/エクスカバータがバイコンタの中で最も基部に位置することを表していた(図3)。従って、Rodriguez-Ezpeleta et al. (2005)の一次共生植物が単一起源となった結果は進化速度の速い遺伝子と遺伝子進化が特異な寄生虫等の生物による不自然なものであると考えられた。

5.研究の波及効果

本研究で明らかになった一次共生植物が単一起源ではないという生物の歴史的事実は、光合成をする「植物」が誕生した後に多くの生物群で色素体の欠損が起こり、現在色素体を持たない生物群においても過去の「色素体共生」の経験をもつことを示唆する(図4)。従って、本研究は真核生物を系統関係に基づいて分類する確固たる基盤となり、「植物」そのものの概念および真核生物の大分類に大きく影響するものと考えられる。本研究は2003 年に我々が提唱した真核生物を3個の大きなグループ(動物と菌類からなる後方鞭毛生物界(注15)、アメーバ界、”超”植物界)に分類する真核生物の新分類体系(図1B)を復権するものであり、リンネが提唱した「植物界」は色素体一次共生を経験した現在は色素体のない原生生物をも包含する”超”植物界(”Super” Plant Kingdom)に変革すべきであることを強く示唆する。

6.今後の課題

今回、灰色植物は欠損データ(ギャップ)の割合が高く、本植物を加えた場合の解析結果の支持率の低下をもたらしたと考えられた。また、遺伝子データが少なく本研究に使用できなかったバイコンタに所属する生物群(二次共生植物のクリプト植物、クロララクニオン植物等)がかなり残されている。従って、これらの生物群のゲノム・ ESTデータの構築・補充や個々の遺伝子の配列決定も、より自然な植物の系統関係を探索する上で必要となってくる。

本論文と同時にオンライン出版された論文(Hackett et al. 2007)は一次共生植物の単一起源を解析結果に出している。これは、彼らが使用した遺伝子と我々の遺伝子の差異(緑色植物と紅色植物を異常に強く結びつける EF-2 遺伝子が使用されている)、ギャップが多い(平均22.75%; 我々のデータは8.26%)、遺伝子置換が通常でない繊毛虫や寄生虫が使用されていることが原因と考えられる。しかしながら、繊毛虫や寄生虫並びにギャップの多い遺伝子を使用すると不自然な系統樹ができることを理論的に示した研究がなく、このあたりの研究も必要となってくる。

7.論文の参照情報

  • Hackett et al. (2007) Phylogenomic analysis supports the monophyly of cryptophytes and haptophytes and the association of ‘Rhizaria’ with chromalveolates. Mol. Biol. Evol. Advance Access published May 7, 2007.
  • Matsuzaki et al. (2004) Genome sequence of the ultrasmall unicellular red alga Cyanidioschyzon merolae 10D. Nature 428:653-657.
  • Nozaki (2005) A new scenario of plastid evolution: plastid primary endosymbiosis before the divergence of the "Plantae," emended. J. Plant Res. 118: 247-255.
  • Nozaki et al. (2003) The phylogenetic position of red algae revealed by multiple nuclear genes from mitochondria-containing eukaryotes and an alternative hypothesis on the origin of plastids. J. Mol. Evol. 56: 485-497.
  • Phillippe & Lairent (1998) How good are deep phylogenetic trees? Curr. Opin. Genet. Dev. 8: 616-623.
  • Phillippe et al. (2005) Multigene analyses of bilaterian animals corroborate the monophyly of Ecdysozoa, Lophotrochozoa, and Protostomia. Mol. Biol. Evol. 22: 1246-1253.
  • Rodriguez-Ezpeleta et al. (2005) Monophyly of primary photosynthetic eukaryotes: green plants, red algae, and glaucophytes. Curr. Biol.15: 1325-1330.

用語解説

シアノバクテリア(藍藻):
高等植物と同じタイプの光合成をする原核生物(バクテリア)。太古の昔に共生して葉緑体の起源になったと考えられている。
アクチン、EF-1アルファ、アルファ・チューブリン、ベータ・チューブリン、Hsp90、EF-2:
大系統解析にしばしば用いられる進化速度が遅い核コード遺伝子群。
バイコンタ(Bikonts):
従属栄養と独立栄養の基本的に2鞭毛性の真核生物で、アメーバ類、後生動物や菌類とは大きく異なるものと考えられている。
不等毛類:
遊泳細胞(遊走子、配偶子)が鞭毛小毛を持つ前鞭毛(片羽型鞭毛)ともたない後鞭毛(むち型鞭毛)をもつ、独立栄養と従属栄養の生物群から構成される。大型海藻の褐藻類以外は主に単細胞性~群体性で、淡水から海水まで広く分布する。光合成をするものはクロロフィルa・cをもつ。
アルベオラータ:
渦鞭毛藻類と 繊毛虫類、アピコンプレクサ類 (寄生性の生物群、マラリア原虫などを含む)を含み、細胞膜直下にアルベオール(alveole; alveola)とよばれる小胞をもつ点で共通している。
EST:
expressed sequence tag の略であり、遺伝子転写産物 (RNA) の一部(普通5'末端か3'末端)に当たる短い配列で、転写産物の“目印”として使われる。cDNAライブラリーからランダムに多数のクローンを選び、それから簡単なシークエンシングによって長さ 500-10,00ヌクレオチド程度の配列を決定したもの。比較的小規模で実施でき、大系統解析に用いられるタンパク質コード領域が選択的に配列が決定されるので、最近は系統学者を中心として様々な生物群で実施されている。
ハプト藻:
不等毛植物と同様にクロロフィルa・cをもつ光合成真核生物であるが、細胞構造は不等毛植物の仲間と大きく異なり,独自の分類群を構成している。
二次共生植物:
二次共生とは、一次共生によって誕生した一次共生植物が、別の真核生物が取り込まれ色素体に進化することであり、その結果できた植物。不等毛植物(不等毛類の色素体をもつもの)、ハプト植物等さまざまな系統群がある。
エクスカバータ:
通常、2、4、ないしそれ以上の鞭毛を持ち、細胞口前方が微小管で裏打ちされているという独特の微細構造で特徴づけられる真核生物の主要な系統。系統分類上のエクスカバータには自由生活性や共生性、ミトコンドリアを持つものや持たないものまで幅広い単細胞生物が含まれている。ミトコンドリアを欠く寄生性のエクスカバータとしてギアルディア(ランブル鞭毛虫)やトリコモナス原虫がある。
キネトプラスト類:
寄生性の眠り病原虫(トリパノゾーマ)等を含む鞭毛性の単細胞生物。
最節約法:
系統樹を求める方法論で、形態的形質から系統樹を構築する分岐系統学的解析(cladistic analyses)の原理が分子情報に応用されている。シンプルなモデルであり、進化モデルの選択をしなくて解析ができる。
最尤法:
系統樹を求める方法論で、変化のパターンを考慮したモデルを設定し、それに基づき実際のデータが実現する確率 (尤度) を計算し、系統樹を導く方法が最尤法であり、その中で最も尤度が高い系統樹を最尤系統樹と呼ぶ。正式に実行すると多大な計算時間がかかる。
ベイズ法:
系統樹を求める方法論で、ベイズの事後確率(Bayesian posterior probability)が最大となるような系統樹を求める方法。多数の種類が複雑なモデルを用いて比較的短時間で解析できる。
AU検定、KH検定:
統計的検定法で、最尤法による樹形比較テストがこれらによって行なわれる。AU-検定は近似的に不偏な検定(approximately unbiased test)、KH-検定 はKishino-Hasegawa testの略。
後方鞭毛生物(Opisthokonts、オピストコンタ):
後生動物(多細胞動物の海綿~脊椎動物)、菌類、襟鞭毛虫からなる大系統群。近年の分子データの解析はほとんどこの系統群を支持する。遊泳細胞(後生動物の場合は精子)がある場合、鞭毛が運動方向(前方)とは反対(後方)に位置する特徴をもつ。

発表雑誌

Molecular Biology and Evolution誌(Oxford University Press)に掲載予定。

タイトル:
Phylogeny of Primary Photosynthetic Eukaryotes as Deduced from Slowly Evolving Nuclear Genes
著者:
Hisayoshi Nozaki, Mineo Iseki, Masami Hasegawa, Kazuharu Misawa, Takashi Nakada, Narie Sasaki, and Masakatsu Watanabe