2007/5/15

新しい計算手法によるマントルの最深部(D"層)の詳細構造

- 二重相転移の存在を示唆する研究成果 -

発表者

  • 河合 研志(東京工業大学流動機構 研究員 兼 地球惑星科学専攻 客員共同研究員)
  • ロバート・ゲラー(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 教授)

概要

地球内部は、我々が立っている地殻の下に岩石で構成されるマントル、さらにその下に金属で構成されるコアからできている。コアと接するマントルの最下部の厚さ約200kmの領域は、D"(ディー・ダブル・プライム)層と呼ばれている。D"層は他のマントルの領域に比べて、地震波の平均速度が顕著に速いことが、これまでの研究で分かっていたが、D" 層内の詳細な地震波速度モデルは推定できなかった。

本研究では、「波形インバージョン」と呼ばれる新しい高解像度のデータ解析手法を用いて、D" 層内の詳細な地震波速度モデルを推定することに成功した。

推定されたモデルは、高速度領域がD"層の上半分100kmに集中していることを示唆している。この結果は、D"層の物質組成分布について重要な示唆を与える。D"層の最上部において、下部マントル主要鉱物であるペロブスカイト(注1)がその高圧相であるポストペロブスカイト(注2)に相転移し、さらにD"層の真ん中ほどの高さ(D"層最上部から100km下)より下で、再び低圧相であるペロブスカイトに相転移すること(理論的に提案されていた二重相転移モデル)を支持している。これは、二重相転移モデルの直接的証拠の、世界で初の発見であり、地球内部ダイナミクスを理解するための手がかりになると期待される。

発表内容

図1

図1:(左)今回の解析に用いた南米下の震源(赤い点)と北米西部の観測点(青い点)。震源群と観測点群を結ぶ曲線は、地震波の伝播する経路(波線)を示しており、途中の赤い部分(中米下)で地震波がD"層を通過している。(右)1つの震源からの波線。(注:この図では便宜上波線を示すが、実際の研究では単純な波線理論的近似ではなく、高精度な理論波形計算を行った。)

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図2

図2:標準的地球モデル(PREM)と本研究で得られた3つのモデル(SVD3,SVD2,DAMP)を示す。異なったインバージョン手法によって得られた3つのモデルの共通点は、標準モデルと比較して、高速度域はD"層の上半分にあり、D"層の下半分は標準モデルとほぼ等しいということである。これはDouble crossing (二重相転移)の存在を示唆する。本研究ではじめて正確にD"層内の詳細構造が推定できた。

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研究の背景

マントル最下部の厚さ約200kmの領域はD"(ディー・ダブル・プライム)層と呼ばれ、地球内部ダイナミクスの観点から重要な境界層の一つである。近年、D"層の温度圧力条件において、下部マントルの主要鉱物であるペロブスカイトがその高圧相であるポストペロブスカイトに相転移することが実験的に発見された。この実験事実は、近年の地震波解析から得られたD"層の上の顕著な地震波速度ジャンプと調和的であった。

しかし、その一方、地震波を使った研究ではD" 層内の詳細な地震波速度の深さ依存性を推定した研究はこれまで行われなかった。

波形インバージョンとは

地震波の速度構造は地球ダイナミクスの手がかりとなる。

多くの従来の研究において、(i) 地震波の走時(読み取った到達時刻)を用いた逆推定、もしくは (ii) 非系統的に理論波形と観測波形を合わせて構造を推定する方法が用いられてきた。それらは、多くの成果を上げてきたが、一方で限界が指摘されてきた。波形インバージョンは、(i)と(ii)両者の長所をとりいれた理論波形と観測波形を客観的に比較する手法である。また、波形インバージョンは、上記(ii)のような非系統的に理論波形と観測波形を合わせる手法に比べて、より多くのデータを定量的に扱うことが可能となり、それ故、一本一本の観測波形では識別できないほどわずかな特徴でさえも解像できる。そのため地球深部の微細構造をより正確に推定することが可能になった。

波形インバージョンに必要なツール

実体波データを分析する上で、波形インバージョンが有効かつ望ましい手法であることは広く認められていたが、それを実現するために必要な“ツール”(理論的及び計算科学的なもの)が不十分であったため、実際のデータ解析においては、実体波の局所的波形インバージョンはこれまで行われてこなかった。そこで、過去数年間において、ゲラー研究室では、波形インバージョンのための手法開発を行ってきた。

まず、正確かつ効率的な理論波形計算手法が必要である。ゲラー研究室では、近似を用いず、不必要な基底変換をせずに、弾性体の運動方程式を直接解く理論及び計算アルゴリズム (Direct Solution Method; DSM) を開発してきた。この計算ソフトウェアは、本学のウェブページにおいて一般公開され、無償でダウンロード可能である。現在の公開ソフトウェアは球対称に対するものであるが、非球対称のモデルに対しても応用可能である。

次に、モデルパラメータに対する偏微分係数の計算が必要である。ゲラー研究室では、球面調和関数を基底として用いた全地球的なモデルパラメータおよびピクセルを基底として用いた局所的なモデルパラメータに対する定式化を行った。そして、推定対象 (本研究ではD"層) 以外の影響については適切な補正を行った。今回の研究成果は局所的な地震波速度構造の深さ依存性の推定であるが、今後3次元の詳細速度構造モデルの推定への拡張が可能である。

新たな計算手法によって確認されたDouble crossing (二重相転移)

D"層の最上部においてペロブスカイトはポストペロブスカイトに相転移を起こすが、大きな温度勾配によってポストペロブスカイトが再びペロブスカイトに相転移することが理論的に示唆されていた。この現象は、地温勾配が相転移曲線に二回交差するため、Double crossing (二重相転移)と呼ばれている。しかしながら、直接的な証拠は過去に報告されていなかった。今回の結果は、理論的に提案されていたD"層内のペロブスカイト-ポストペロブスカイト間の二重相転移モデルを支持している。これは、世界初の直接的な証拠であり、D"層内の温度など地球内部ダイナミクスを理解するための手がかりになると期待される。

用語解説

ペロブスカイト:
マントルは、深さによって大きく二つに分けられ、それぞれ上部マントルおよび下部マントルと呼ばれている。下部マントルの主要鉱物はペロブスカイトと呼ばれる鉱物である。
ポストペロブスカイト:
2004年に下部マントルの主要鉱物であるペロブスカイトはD"層の温度圧力条件においてその高圧相であるポストペロブスカイトに相転移することが発見された。

発表雑誌

雑誌:
米国地球物理連合学会(American Geophysical Union)のGeophysical Research Letters vol.34 no.9(紙媒体出版は5月16日、電子媒体公開は5月9日)
引用情報:
Kawai, K., N. Takeuchi, R. J. Geller, and N Fuji (2007), Possible evidence for a double crossing phase transition in D" beneath Central America from inversion of seismic waveforms, Geophys. Res. Lett., 34, L09314, doi:10.1029/2007GL029642.